都市って何だ?―聖の都市と邪の都市―
(アイキャッチはニューヨーク公共図書館より)
河原温 「中世ヨーロッパの都市世界」 山川出版社(1996)
序論
読書録の記事はこれが初となりますね。どのような話題、文献で語っていこうか、あれこれ勘案しておったのですが、如何せんいい加減な性分ですから、本棚でなんとなく目についた文献の抄録でもつけていこうかなと。世界史リブレットという紙数も少なく、初学者に優しく平易な文体が特徴の書籍だったので、丁度いいかな。
都市をどう見ていくか。自由の淵源として昔はかなり勢いのあった分野かなと私は愚考していますが、読者諸賢の皆さんはどう思われますか?とはいっても最近、某解剖学者?のおじさまが盛んに都市論を語っているのを見かけますから、世代問わず、老若男女に受ける分野なのでしょう。おそらく…
この本がどんな本だって?それは他の読者の方が見事な感性と文才を発揮してレビューを書いておられているでしょうから、そちらをご参照くださいませ()。低学歴ながら要約すると都市論の近年の変化…例えば、西洋優越史観、農村・都市二元論、都市自由論、これらを従来の説をなるべく検証する形で、中世の都市の形成から市民の暮らしぶりまでうまくまとめた、そんな一冊ですかね。違ったらごめんなさい←。コミューンとか昔よく聞かされましたけど、領主と国王のコミューン特許状の政争とか見ていると、自由市民による自由自治による闘争などどいう単純な話ではなかったのだなと感嘆した次第です。本論
本論
さて、抄録に移りましょう。執筆したそもそもの目的はボケ防止なので、個人的な重要箇所を引用していき、自分の言葉でまとめていく、そのような形で進めていきます。
「天上の都市」としてのイェルサレムは、多くの絵画に現われ、聖なる都市として位置づけられていたことが読み取れるそうです。中世都市にも教会を取り囲んで形成されたところは多々見受けられますので、「天上の都市」というのは我々日本人にはなかなか意識することは難しいですが、ヨーロッパ人の心象には大きな影響を与えたことでしょう。
ここまでは、いわゆる肯定論としてのそれでしたが、何事も一枚岩ではございませんでして、やはり否定論も存在します。それもキリスト教ヨーロッパ社会には根強く….
教父アウグスティヌスの『神の国』では、天上の都市(神の都市)、地上の都市(人間の都市)が区別され、『旧約聖書』のカインの物語を援用しながら、地上の都市が悪しき罪深い人間の場として捉えられているそうです。悪徳の所業、とりわけ貨幣も容赦なく批判されていたことを想起する方もいらっしゃるかと思いますが、それも十分関係しています。それがユダヤ差別につながっていきますし。まぁ、それもヨーロッパの一面なのかな。
商業への不信はヨーロッパにも根強かったことは近年のヨーロッパの先進性を見れば驚かれる方もいるかもしれませんけど、歴史的に見るとなかなか面白いですよ。コロナ禍での投資が過熱する中で日本人の金融資本主義への無理解が叩かれたりしてましたけど、歴史的経緯に触れていれば、「あほくさ…」と嘆息するばかりですよ。このことに関してはまた別の機会に書く予定です。大変読み応えのある本も読ませていただきましたから。乞うご期待()。
そのような中にあっても、解決、抜け道を作り出すのがカトリックの魅力でもあります。「煉獄」しかり。ドミニコ会修道会総長アンベール・ド・ロマンの著作ではこのように述べられているそうです。
今まで、反都市的に解釈されてきた、旧・新約聖書の文言を肯定的に解釈したのです。これだから、歴史は面白い。
結論
ここでは主に観念論を扱いましたが、 当時から都市の在り方を巡って、侃侃諤諤の議論があったことは現代人の我々も頭の片隅に置いといてもいいのではないでしょうか。 あらゆる媒体から「都市の在り方はどうだー」「それに比べて農村、田舎はー」などど日常的に飛び交っておりますけど、人類が累々と積み重ねてきた知の営みに目を向けてみれば、もう出尽くされた話や、そうなった深い経緯の一端を知ることができるのです。
本書はこの他にも都市について幅広く書かれていますので気になる方は是非。世界史リブレットなので新書より読みやすく、ページ数も100頁いくかいかないかぐらいの量です。格式高く、安くまた平易なので個人的にもおすすめできるかな?(世界史リブレットで記事稼げるからやろ…)←。
さて、本日はこれぐらいでお開きにしましょう。それではまた。
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