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「感覚の領域」 ― 芸術の春、読書の春 ―

朝から三回目のワクチン接種を終え、会場から徒歩20分と少しの国立国際美術館へ。心地よい日差しを浴びながら、中之島の建造物の間を抜ける。多くの桜の木も、その花びらを精一杯に広げている。これはもう春といっていいだろう(何回目だ)

特徴的な形をした美術館と満開の桜の共演。バックには群青の空。

この日のお目当ては先月頭から開催されている特別展『感覚の領域 今、「経験する」ということ』である。実験的な創作活動を行う7名のアーティストに焦点を当てた本展は非常に刺激的なものだった。

入場して直ぐに現れる今村源《きせい・キノコ―2022》

「観客はいつの間にか作品の送り手になっている。別の場所で表現が始まり、見る人がいるかもしれない」

神戸新聞NEXT 3/11より抜粋

飯川雄大氏の言葉である。この言葉通りの仕掛けが施されていたのが下の作品。

飯川雄大《デコレータークラブ―0人もしくは1人以上の観客に向けて》
2022(c)Takehiro Iikawa, Photo: Hyogo Mugyuda

観客が自らハンドルを回し、ワイヤーで吊るされたバッグを上下に移動させるというこの作品。どうやらその動きと連動して、会場内のどこかで変化が起きる仕組みのよう(会場内を歩き回ったが見付けられなかった)。

更に《デコレータークラブ―配置・調整・周遊》という作品は、文字通り壁を押して移動させて道を作りながら進み、また前に現れた壁を押すという体験的な要素が強い作品となっていた。最初はこの作品の存在を認識していなかったため、鑑賞中に突如壁が迫ってくるという出来事には驚いた。

加えて《デコレータークラブ―ベリーヘビーバッグ》も館内にいくつか配置されており、実際に持ち上げたりすることが出来る。無造作に通路に置かれたバッグ、持ち上げるときに「感じる」凄まじい重さ。我々の固定観念、先入観に満ちた「感覚」を問い直す。

中原浩大《Text Book》 2022
(c)Kodai Nakahara, Photo:Shigefumi Kato, Courtesy of Gallery Nomart

体験的な作品という意味では中原氏の《Text Book》も当て嵌まるだろう。この作品は、鑑賞者が自らの手でページを捲っていくことで初めて成立する。記憶が正しければ150ページ程度、鮮やかな色が円形に塗りつぶされたものを観ることになる。

実際の時間にするとかなり長いだろう。私は他の鑑賞者が時間をかけてページを捲っていくのを眺めていた。塗りつぶされた色を凝視して、また次の色を凝視して… という見方をしていると、中盤からは本来の色でない色を知覚したことに加え、あるはずのない模様や色が円形から溢れ出すといった奇妙な視覚体験ができた。

 ある視点から物事を見るとき、そこには同時に死角が生まれる。死角とは物理的にその角度からは見えない部分であるが、同時に意識が生み出す死角もあると言える。見ているつもりが見えていない。視覚では気付きえないものがあるのだ。そう言った意味では、「視覚」と「死角」は表裏一体なのかもしれない。

国立国際美術館ニュース 243号 (冊子)
「視覚の穴」藤原康博 より抜粋

私の体験とも通ずる言葉を残していたのが、本展でも16作品を展示している藤原氏だ。個人的に彼の作品が非常に好きだった。

藤原康博《迷宮~記憶の稜線を歩く~》

上の作品は恐らく布団、シーツの起伏を山に見立てたものだろう。それは下の作品を見ると明らかだ。

藤原康博《あいだの山》

幼い頃、身近な空間、ものを広大な空間やものに見立てて、膨らむ想像を楽しんでいたことを思い出す。寝室のタンスを宇宙まで伸びる超巨大建造物に、岩に囲まれた露天風呂を太平洋の何倍も広い大海原に。手の届く空間だけではない。巨大な入道雲を超弩級の大山脈に、遠くに見える島を巨大戦艦にしたり。

そんなことを思い出した。「記憶の稜線」ってのもまた良いよな… 冷たさをも感じる青に吸い込まれそうにもなった。

藤原康博 展示風景画像
Photo: Shigefumi Kato

ここで名前を挙げていないアーティストさんの作品も新鮮且つ刺激的なものが多かったです。5月22日まで開催されているので、機会があれば是非。


続いて『コレクション2:つなぐいのち』を鑑賞。詳細は割愛させていただくが、印象に残った作品を一つだけご紹介。

チョン・ソジョン《最後の喜び》2012年
国立国際美術館蔵 © Sojung Jun

綱の上の世界、綱渡りにおける精神を渡り士の男が語っているのをバックに、実際の綱渡りの映像が流れる。私が知らない未知の世界、そして同じく未知の感覚を知ることが出来たとともに、身体の感覚の上に生きる彼に何かを説かれた気がした。『新日本風土記』に似た懐かしさも。


というわけで美術館を後にし、大阪梅田駅近くの東宝シネマにて『ベルファスト』を鑑賞。その時のことは下の記事に。感動しました。

映画館を後にしてから、阪急の駅下にある紀伊國屋書店へ。このお店は駅構内ながら広大な面積且つ豊富な品揃えを誇る。実店舗でなかなか見つけられなかった、お世話になった教授の『〈トラブル〉としてのフェミニズム: 「とり乱させない抑圧」に抗して』を見付けたのもこの店舗だ。

この日はまさにこの書籍の出版社にもなっている青土社の特集?のような催し物コーナーが作られており、青土社が出版している思想系雑誌『現代思想』がバックナンバー含めて沢山置かれていた。

手に取ったのは『現代思想 2020年3月臨時増刊号』である。無論、「インターセクショナル・フェミニズムから/へ」という題目の下に教授の名前が載っていたからだ。

授業で学んだ内容よりも、更に細かく記されていた。インターセクショナリティに関しては下の記事でも触れている。記事に出てくる教授こそ、先の書籍の著者である。

とまあ。いいものに出会えた、ということで店内を散策。様々な種類の本を手に取ったが、その中でも最も興味をそそられたのが『分析美学入門』なる書籍。美術館での体験が尾を引いているのは言わずもがな。

第I部:美学
Chapter 2 環境美学――自然の美
Chapter 3 〈美的なもの〉について1――美的経験
Chapter 4 〈美的なもの〉について2――美的性質

第II部:芸術哲学
Chapter 5 芸術とは何か
Chapter 6 芸術作品は、いかなる種類の対象なのか
Chapter 7 解釈とそこに関わる意図の問題
Chapter 8 再現1――フィクション
Chapter 9 再現2――描写
Chapter 10 音楽・詩における表現性
Chapter 11 芸術的価値
Chapter 12 価値と価値との相互作用――倫理的価値、美的価値、芸術的価値
Chapter 13 建築の価値

目次 勁草書房より

んー!欲しい!いま買える金額でもないし、近くの図書館を探してみようかしら… 結局この書店では先月発売された岩波文庫の新刊、正岡子規の『病牀六尺』を購入。

以前の記事でも書いた通り、司馬遼太郎『坂の上の雲』が大好きなので、その主人公の一人でもある子規の、そして作品を執筆するうえで参考文献にもなったであろう『病牀六尺』を読むのは純粋に楽しみ。彼の思想、精神を自らにも流し込みたい所存。


紀伊國屋書店を出て、向かいの「阪急古書のまち」なる通りをこれまた散策。古書店が並ぶ通りとは思えない清潔さ。加えてちょっぴりハイソな雰囲気。各店舗のショーウインドウには、書物だけでなく骨董品や美術品も。

うめ茶小路 / 阪急古書のまち 阪急三番街HPより

古書店に入るのはこれが初めて。京都に住んでいたというのに… 太田書店さんにて森鴎外訳のアンデルセン『即興詩人』上下巻を購入。開封後にふんわりと香る古い紙の匂いが堪らない…

このお店には、私がよく購入している岩波文庫が豊富に揃えられていた。今後も積極的に足を運びたいな…


というわけで。芸術や読書は秋と言うけれど、春もいいなと。そんな誰しもが一度は覚えたであろうことを、例に漏れず覚えた心地よい春の一日でした。


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