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イマジナリーワールドにようこそ(1)

-ハーメルンの笛吹き男はすぐそこに-

序文

 そのうち書く,と以前に言って,気づけば2ヶ月以上も放置していた.そろそろ新鮮味も薄れ始めてきたので,完成分だけでも先ずは公開しておこうと決意したので,ようやく下書きが日の目を見ることになった.おそらく,全部合わせると些か読むのに疲れる文量になると予想したので,いくつかに分割して投稿する次第でもある.

 筆者は,心理学(本稿のテーマに沿って言えば,いわゆる集団心理学)について,専門的に学んだわけではない.したがって,本稿は素人なりの考察となる.それゆえ,本稿で述べていることに関しては,誤りも認められるかもしれないが,この点については,予めご了承いただきたい.
 だが,素人がまったく考察してはならない,という姿勢については反対したい.如何に素人といえど,健全なる公益に資することを目的として自己の意見を述べることは,市民としての義務によって留保されていると強く確信しているからである.それすらも許されないならば,市民は如何なることについても,如何なる場所においても沈黙することを余儀なくされるだろう.

1.イマジナリーワールド

 英国の作家ピーター・ポメランツェフは,以下のように述べている[1].
「陰謀論は民主的行動の感覚を損ない,人々を受動的にしてしまう」

 ある大きな社会的不安に直面して,種々の陰謀論や誤った情報が流布することは,(歴史的見地からすれば)なんら目新しいものではない.それだから,現在のCOVID-19パンデミックの中でも,何らかの陰謀論が飛び交うこと自体は驚くに値しない――それが,どれほど突飛な発想であったとしても,だ.参考として,以下にその一例を紹介しておこう.

  これらの問題を取り扱っている記事は,以下のnoteにまとめてある(なお,これは本稿の参考資料一覧も部分的に兼ねている).

 ほかにも,探せばいくらでも類似したものや,その他の「斬新な」アイデアを見つけることができるだろう.だが,好奇心から探すことはあまりおすすめしない.誰も好んでミイラになる必要などない.
 人間の想像力は,ときに常人の想像力をはるかに越えて,関連性のない二つの事柄に「イマジナリー」な関連性を見出す.もちろん,平生でも陰謀論は世界に溢れており,特別珍しがる必要はない.それならば,陰謀論の大波が,前例のない世界的な危機を前にして,孤独感や不安感に襲われている人々を呑み込もうとしていることは,看過すべきだろうか?
――答えはもちろん,「No」だ.

2.幻視する人々

 陰謀論者にとって重要なのは,「エビデンス」ではなく,彼ら彼女らが“騙る”「イコン」をもっともらしく,人々の感情や精神(心)に向けて“騙る”ことである――ここにおいて奇妙な点は,(カルト宗教と同様,営利目的の場合はその限りではないが)自らさえもが“騙り”の対象に含まれている,ということである.つまるところ,最初の信徒は自分ということなのだろう.
 それゆえ,これが厄介なところであるが,陰謀論者はときに,悪意ではなく(独善的ではあるものの)善意によって“語る”のである.いわば,騙り手すらもが,幻視しているのである.だが,彼らの「善意」が,どこまでいっても独善的で,排外的で,多様な価値観を許容しない,彼らの「絶対的正義」でしかないのだ.
 そして,残念なことに,普遍的な絶対的正義というものは存在しない[2].それゆえ,彼らが言うところの絶対的正義もまた,偏屈な「相対的正義」の一つに過ぎないのである.

 さて,根本的な問いではあるが,なぜ人々は「陰謀論」を信じるのだろうか.これについては,日経サイエンス2014年2月号掲載の特集「陰謀論をなぜ信じるか」[3]にて紹介されている.同特集については,今年4月のNewsweek日本版のとある記事にて言及があった[4].同記事の言及箇所について,以下に引用する.

陰謀論の基本は「根本的な帰属の誤り」と呼ばれる認知バイアスにある。これは「他者の行動の背景に意図を過大に感じ取る習性」であり、働きだすと、人は複雑な政治問題や、多くの人が関与するような問題であっても、単純な説明で世界を理解しようとする

 「根本的な帰属の誤り」について,前出の二つの記事を例にしてみよう.上述の認知バイアスの作用により,人間は,複雑な問題を単純な説明(=明確な悪,敵の存在)で理解しようとする.つまり,COVID-19感染拡大を助長しているという5Gや,ワクチン接種において,それを口実にビル・ゲイツが国民を監視しようとしている,というような,目に見える「敵」の存在を作り出すことで,現在の複雑な状況を理解しようとするのである.その方がシンプルで分かりやすく,何よりも“攻撃しやすい”からだ.
―「目に見えない敵」よりも「目に見える敵」の方が断然攻撃しやすい.

 そして,厄介なことに,一度「目に見える敵」が現れると,同じ価値観(この場合は陰謀論だが)を共有する人々は繋がり,集団を形成し,結束して敵を攻撃しようとする.上述した心理的傾向は,個人のみならず集団にも該当するのだ.それどころか,集団の場合はより厄介な性質になる.
 前章にて陰謀論を看過すべきではない,と述べた理由はまさにこの点にある.陰謀論は,人々に政府(国家)や社会への不信感を蔓延・増大させ,民主主義社会の基盤を蝕んでいくのだ――.(次回に続く)

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◇引用・参考資料
[1]"Die Coronakrise ist auch eine Desinformationskrise",https://www.spiegel.de/kultur/peter-pomerantsev-ueber-fake-news-die-corona-krise-ist-auch-eine-desinformationskrise-a-a6333a7c-f997-43dd-87ae-5b62de590f1f,(2020.April 4,Spigel by Peter Pomerantsev)
[2]本稿では,前提として相対主義を取っている.正義に関する論争は本稿の趣旨ではないため,ご了承いただきたい.別の機会に,正義について検討する場所を設けたいが,いつになるかは未定である.
[3]日経サイエンス,2014年2月号,http://www.nikkei-science.com/201402_044.html
[4]ケント・ギルバート新著『プロパガンダの見破り方』はそれ自体が「陰謀論」,https://www.newsweekjapan.jp/ishido/2020/04/post-5.php,(4月9日,Newsweek日本版)

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