記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

人はみな心の岸辺に手放したくない花がある~読書note-12(2023年3月)~

1月のユキヒロさんに続き、桜と共に教授が散っていった。数年前に「音楽の好みは14歳の時に聴いた音楽で形成されている」との『The New York Times』の記事が話題になったが、40年前の中3の時に聴いた「Merry Christmas Mr.Lawrence」も、自分の音楽的素養を築いた一曲だろう。
R.I.P.坂本龍一さん、あなたの鍵盤を弾く姿は、自分の憧れでした。

その前年(中2)のXmasに買ってもらったCASIOのキーボードで、毎朝中学校へ行く前に夢中で弾きまくった。ちゃんとしたピアノスコアじゃなくて、明星か平凡の付録だったので、載ってないところは自分の耳で聴いて音符書いて。今でも弾けりゃカッコイイけど、忘れたなぁ。がん闘病中の昨年配信されたこのスローでやさしいアレンジの動画で勉強して、もう一度挑戦してみるか。

でも、キーボードの練習なんて始めたら、また本を読む時間が減るなぁ。3ヶ月連続で4冊だった。早く月5冊のペースを取り戻さなくては。


1.隣りの女 / 向田邦子(著)

向田邦子さんの本はだいたい読んだ気がしていたが、これは読んでなかった。没後40年、との帯があるのは、一昨年あたりのキャンペーンだったってことか。40年前と今では恋愛事情が違うのは当たり前だが、同じ民族の人間の性(さが)はそう変わるものではない。今でも十分に共感できるものもある。

向田さんが書く主人公は、どこか強がっていて甘えるのが苦手な女性が多い。5つの短編もほとんどがそんな感じ(1つは、異母兄弟の兄が主人公)。エッセイを読む限りだが、向田さんご本人がそういう女性なのだろうか。いや、女性作家が書く女性の主人公は、こういうタイプが多いのは気のせいだろうか。

でも、平凡な主婦がニューヨークへ逃避行してしまう表題作はちょっと違う。アパートの隣りの声が聞こえてくるのはよくあることだが、それに聞き耳を立てて男女関係の全てを知るのは趣味が悪い。でも、それが下品にならず恋に憧れる一人の女性の純な姿として描かれているのが、何とも温かい。

ネタバレになるので詳細は省くが、「上野。尾久。赤羽。浦和。大宮…」あぁ、言ってみたい。


2.鍵のない夢を見る / 辻村深月(著)

先月、久々に辻村深月さんの作品を読んだ際にプロフィールを見たら、お恥ずかしながら直木賞を受賞されていたのを初めて知り、早速購入する。自分の好きな「ツナグ」の方が先だったんだ、その翌年にこれで直木賞受賞して売れっ子作家の道を突き進むことになるのね。

地方都市を舞台にした5つの短編集、先月読んだ「傲慢と善良」からも感じたが、ご自身が山梨出身ということもあり、辻村さんは地方の閉塞感を書くのが抜群に上手い。同じ山梨出身の直木賞作家の大先輩・林真理子さんとの対談も巻末についていて、そこでも書かれているが、東京まで日帰りで行けてしまうということで、憧れもないことはないけれど、憧れるほどでもないという強がりもあると。我が足利市と似てる。

そんな地方都市で暮らす女性たちが、ことごとく暗闇に転がり落ちて行く。最後の「君本家の誘拐」は、ワンオペ育児が招いた悲劇で、リアリティがあって身につまされた。自分の妻も都会から地方都市へ移り、夫の俺はあまり家庭を顧みなかったので、一人で子どもを育ててくれた。何であの頃もっと妻に優しく出来なかったのかなぁと今更反省す。

地方の閉塞感について、林さんとの対談の中で、閉塞感を感じてる人と感じていない人との差が、物凄く開いていると。違和感を持たぬまま地元に残り、家庭を築いているためらいの無さに、眩しさを感じつつも、そこにどうしても溶け込めなかったと。妻が足利を離れた理由の一つもそこなのだろう。


3.和菓子のアン / 坂木司(著)

先日、ビブリオバトルの中学生大会を開催したのだが、3年前まで市立図書館まつりの中でもビブリオバトルを運営した経験があって、その3年前の大会でこの本を紹介した小学生がいて、その時からずっと気になっていた。本屋でふと見かけ、それを思い出したので購入する。

我が家は曾祖父の代まで団子屋だったので、代々小豆の煮方とか伝授されていて(カムカムのように「おいしゅうなぁれ、おいしゅうなぁれ」とは唱えない!?)、幼い頃から祖母の作る牡丹餅をおやつ代わりに食べてきたこともあり、大の餡子好き人間に育った。

そんな自分同様、餡子というか食べること全般が好きな、ちょっぴり太めの18歳のアンちゃん(本名は杏子)が主人公、高校卒業後に働き始めたデパ地下の和菓子店「みつ屋」では、謎めいた事件(ってほどでもない)が次々と起こる。

見立てや言葉遊びに満ちている和菓子の世界ならではのミステリーとなっていて、個性的で経験と知識が豊富な店長や同僚と共に、アンちゃんも成長しながら謎を解決していく。和菓子を題材にしたミステリーが珍しいのと、何といっても「デパ地下」という舞台設定が良い。あれほど人々をワクワクさせる空間はない。

そして、昔ショッピングセンターの管理事務所に勤めたことがあるが、「バックヤード」は独特の空間で、お店や従業員の表と裏の顔を知ることができ、それがこの小説の展開において大きな役割を担っている。初めてバックヤードの従業員休憩室に行った時の、部屋全体に充満するタバコの煙のもくもくと、下品な言葉で会話するアパレルのお姉ちゃん達の姿は忘れられない。

何はともあれ、この本を読むと和菓子、特に餡子が食べたくなること間違いなし。


4.虹の岬の喫茶店 / 森沢明夫(著)

自分は毎週休日には必ず喫茶店へ行く。美味しい珈琲やスイーツを堪能するためもあるが、やはり、のんびりとしたひと時を過ごすのが一番の理由である。いつも行く店は街なかにあるが、そこに絶景が加わったら、言うことないのではなかろうか。そんな絶景を望める岬の先端にある喫茶店を舞台にした6つの短編集。

この喫茶店にはモデル(千葉県鋸南町明鐘岬の「音楽と珈琲の店 岬」)があり、映画化されたのも知っていて、いつかは行ってみたいと思っていた。森沢明夫さんの作品を読むのは初めてで、同じく森沢さん原作の映画、高倉健さん主演の「あなたへ」は一昨年WOWOWで見た。とても温かい映画だった。

小さな岬の先端にある喫茶店は、美味しいコーヒーと共に、お客さんの人生に寄り添う音楽を選曲してくれる。喫茶店の女店主・悦子さんは、その店に引き寄せられた、心に傷を抱えた人々を、優しさで包み込み、明日から一歩踏み出す勇気を与えてくれる。春・夏・秋・冬・春・夏の6つの章からなり、その章の内容を象徴する曲の名(アメイジング・グレイス、ザ・プレイヤー等)が、章の名になっている。

また、それぞれの章が、店を訪れる者(最終章は悦子さん本人)の目線で書かれていて、一話完結であるにもかかわらず、それぞれの話が微妙に繋がっている。先月はめっちゃ忙しくて、心も体もいっぱいいっぱいだったので、そんな疲れた心にこの本の優しさが染み入ったなぁ。重松清さんや荻原浩さんに通じるハートウォーミングな作品だった。好きな作家がまた一人増えた。

最近、大きなイベントが2つ終わった。上手く行ったものと打ちひしがれたもの。そして、今月も選対の事務局長を務める選挙があるし、会社はリーマンショック以来のピンチだし。人生の終盤は、もっとのんびりと過ごしたかったが、何でこんなにも目一杯、心と体を酷使しなければならないのだ。トホホだよ。

せめて、心の岸辺となる、場所、空間、時間、人、精神的な拠り所を見つけないと人生詰むな。あぁ、妻と一緒にこの喫茶店までドライブに行って、美味しいコーヒーを飲みながら絶景を眺めて過ごせたら、どんなに最高だろう。残りの人生でのやりたいことリストに加えとこう。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?