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#476 PDCAはイノベーションを産まない!?

改めて「リスクを過剰に管理する」のがPDCA、ですからね、という、メモ。


1、当たり前を疑う?

PDCA。本当によく聞きます。
私は当たり前を疑うことが多い(それもあって自称質問力マニアな訳ですが…)ですが、こうしたよく聞く言葉にも「あれ?」っと思ってしまうのです。

「PDCAを回していきます」とか聞くと「具体的に何すんの?」と思ってしまいます。こうした「言うとそれっぽく聞こえてしまう言葉」は思考停止を招きますので特に「あれ?」と感じます。

と言うわけで、過去にもPDCAに関して以下のような投稿をしています。


今回は、2月25日付の日経新聞を読んでいて、改めて「だよなぁ」と思ったことをメモします。


2、PDCAの罪?

日経新聞のコメンテーター中山淳史さんが書かれている『「座間」30年の逆・指数関数』という記事です。

1995年に閉鎖された日産自動車座間工場の跡地の話から、日本の産業、特に電気産業の衰退と、それとは対照的なアメリカのGAFAMの指数関数的な成長と、それとは正反対な動きが予想されている日本のクラウドサービス収支赤字に触れ、国際競争力を保つ日本の自動車産業も、従来の稼ぎ方では逆指数関数の罠に陥りかねない、と指摘する内容です。

この記事自体も結構衝撃的だったのですが、この中で、PDCAに関して気になった以下の部分を引用します。

 イノベーションを生むには、経営者や技術者の直感と組織の共感が不可欠になる。直感を共有するには「知的コンバット」、例えば徹底的に議論し尽くすホンダの「ワイガヤ」のような壮絶なプロセスが必要だが、日本企業の多くは30年で「分析重視に重心を変え、美点を遠ざけた」とみる。
 つまりリスクは「果敢に取る」より「過剰に管理する」傾向だ。象徴的なのが、PDCAに代表される数値重視の経営だろう。

つまり、PDCAはイノベーションを生まないどころか、それを日本企業から遠ざけてしまったフレームワークだ、と言うことです。PDCAの罪、ですね。


3、まとめ(所感)

いかがでしたでしょうか?

先ほどご紹介した過去の投稿の中にも出てくるのですが、PDCAって日本独自のもので、しかも、最初に日本に紹介された趣旨とはかなり異なって今に伝わっているものです。

それにも関わらず書店に行けば多くのPDCAに関して本が並び、耳にする機会も多い。

なぜなのでしょう?

これは主に工場での生産性向上のためのツールとしては有効であったことから、一般化した、というのが私の見立てです。トヨタ自動車の「なぜを5回」なんかもその典型ですね。

もちろん、効果があったからこそ普及したのですが、工場は作るものが決まっていて前提となる条件もある程度決まっています。その中で歩留まりを上げ、生産性を上げていく、のにはふさわしいフレームワークでも、そもそもどんな市場に向けて、何を作るのか、どこで作るの、どれくらい作るのか、といった、多様な前提条件や変化する外部環境を考慮すべき経営判断などには向かないのです。

そこに対しては、記事でもあったように「ワイガヤ」といったフレームワークが本当は日本にもあったのです。でも、日本全体が高度成長ののち、オーナー企業から上場企業となり、説明責任を課されるようになり、ガバナンスも強化されると、「PDCA」はリスクを管理したい経営者にとって便利なツールになったのでしょう。


最後までお読みいただきありがとうございました。

日経新聞の記事を読んで、PDCAという当たり前に使われているフレームワークが実はイノベーションを阻害する「罪」があるのでは、と思った、という内容でした。

例によって、当たり前を疑ってみました、という内容ですが、どこか参考になれば嬉しいです。

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