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嵐の中で乾杯を #冒頭3行選手権

嵐の中で乾杯を #冒頭3行選手権

ペットボトルのコーラと、プラカップに入ったビールがとん、とわずかな音を立てた。風はぬるく、観客にまんべんなく吹き付ける。空は淀み、もうひと押しで決壊しそうな予感をはらんでいた。

そんな状態の中、不安とわくわくをいったりしながら待機すること小一時間。

周りからの歓声があちらこちらから上がる。ステージに出てきた今日の主役は、あの有名な4人組だった。

雪来たりなば

雪来たりなば

ようやく吐く息が見えるようになった12月の金曜日の朝。会社に着くなり、波多次郎が駆け寄ってきた。

「三好さん、佐原さんが病欠、神谷さんが急な仕事で、自分と三好さんの2人だけになったんですが」

どうしますか? と長身の部下に問われ、三好太郎はしばし思考を巡らせる。

今日は月1の定例会かつ早めの忘年会だから、正直楽しみにしていた。お店も予約している。しかし、今から人を探すのもなかなかに厳しい。

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もうすぐ冬至なので

もうすぐ冬至なので

今週の土曜日は冬至です。夜が1番長い日。

そして、ちょうど半年前は……そう、夏至。

そんな夏至の日に集まったショートストーリーが、電子書籍になりました。

こちらに短い小説を1本書かせていただきました。プロの作家さんもいらっしゃって、たいへん良い話が多いです。真冬に夏のお話を楽しむのもまた一興かと。

印税は災害の支援金に全額寄付されるそうです。どうかよろしくお願いいたします。

そして、企画

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林檎の時間

林檎の時間

ガラスのポット。
もしかしたら、見るの初めてなのかな。

薗嶋萌都子は、友人が透明で滑らかなフォルムの器から視線を外すのを待っていた。

蒸らし時間を示す砂時計は、まだ半分くらい残っている。

「綺麗だね。それにすごくいい匂いがする」
向かい側に座る彼女が、視線に気づきようやく顔をあげたので、萌都子はにやにやする。

「おもしろいなあ、野音は」
「なんでよ!まあ、もっちゃんは、お金持ちだからさ、色

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昧爽暴走マイソウル

昧爽暴走マイソウル

「ありがとうございました、助かりました」

ヒッチハイカーの青年を降ろして、バタンとドアを閉めた。

時刻はまもなく、3時になろうとしている。外はまだ漆黒の闇だ。
これから走り続けたら、目的地に着くのは朝になるだろうか。

さて、戻りますか。自分の旅へ。

エンジンをかけ、オーディオのスイッチを入れる。

聴き慣れたイントロに、テンションが高まる。「すっとこどっこいデストロイヤー」、この間のコンサ

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手づくりミルフィーユ

手づくりミルフィーユ

かたーん。
皿の上で直方体が倒れた。
フォークでつついた、パイ生地とクリームのかたまり。
「うまくいかねえなあ」
佐藤浩司はそれを立て直そうとして、また倒した。

「あははは」テレビの中のサクラと、目の前にいる女が笑う。奇妙にタイミングがあって気味が悪い。

「下手だねえ、こーちゃん」
「笑うなよ。そういやお前の分は?」
口角を吊り上げて、にやりと「いつも通り、ダイエットー」
御堂真子は歌うように

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或る、手

或る、手

「おめでとうございます!」
カメラのフラッシュが、1人の女性の周りで瞬く。
「斎藤教授の開発した義手、すごいですね!」「普通の腕ともはや見分けがつかないくらい精巧で」
賛辞の言葉も彼女を包んだ。

別の報道記者が質問する。
「ところで、研究を始めたきっかけは?」
やや上目遣い気味に壇上を見つめる彼と、視線がぶつかった。

眼鏡が似合う斎藤教授はマイクを手にぽつりと話し始めた。
「元々理数系が得意で

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