2021年を振り返って
渡航制限や国内の緊急事態宣言もあり、思うように動けないもどかしい年でしたが、4月のCEO就任以来、これまで担当しなかった事業や数年ぶりとなるところを中心に、努めて製造拠点の現場を訪問した一年でした。
今回は少し、そのあたりの様子を綴ってみたいと思います。
現場で何をしているのか
社長に就任した4月以降、私は23の拠点を巡りました。
香川、春日井、津、伊勢、郡山、神戸、甲府、豊中、門真、宇治、藤沢、八日市、山形、浜離宮、静岡、敦賀、新潟、姫路、徳島、守口、大泉。
現場を訪問する目的は、いわゆる「視察」や「見学」ではなく、現場の皆さんと「議論」をすることです。
現場で仕事をしている皆さんと、許される限り長く時間を過ごす。丸一日を過ごすこともあります。
生産ラインでもじっくり歩き、話を聞き、見て、触れて、ディスカッションをする。時には設備の配置改善や廃材にも目を向けて、改善について議論をする。
会議室や談話室で、輪になって座り、事業部長や工場長などの経営層と、部課長と、係長・班長や若い従業員と意見交換をする。
業務上の課題から些細な悩みごと、あるいは私個人への質問まで、なんでも耳を傾ける。素晴らしい取組みの話は称え、皆さんと一緒に喜ぶ。課題は一緒に考える。
現場の全員と双方向の意見交換をすることはできませんが、その日の議論や意見交換の内容を、夕会のような集会で皆さんと共有します。
私は製造のエキスパートでもなく、また、その現場で働いているわけではありませんから、現場の皆さんからすればハズレのアイデアを投じることも多々あります。
しかし、私が行くこと、私と対話をすることで、改良・改善に挑戦していく現場の皆さんにいつもとは違う緊張感が生まれ、気づく、考える、見直す、ひらめく、きっかけになるよう努めています。
変えないために変えたこと
私は社長という立場になってから、強く感じていることがあります。
それは、「社長」というだけで、周りが必要以上に気をつかう。それどころか遠い存在として、あがめられてしまいがちなことです。これは、他社の社長の方に「パナソニックさんは特にそうですよね」と言われたこともあります。
これはまったく本意ではありません・・・。
私は、社長であれ、事業部長であれ、部長であれ、課長であれ、組織の責任者は、その組織の一人ひとりの活き活きとした活躍を支えるのが最大の役割であると思っています。そして、部下に「いざとなれば上司が支えてくれる」と信頼してもらえれば、不要な気遣いや忖度なく、誰もが「言うべきことを言える」、そして「やるべき」と思うことに思いっきり挑戦できる組織風土に変われると考えるのです。
そのためにも、周囲の方が、私に対して「気を遣わないといけない」、「社長を煩わせてはいけない」と思うのではなく、(相手が社長でも)「好きなことを言っていいんだ」と思ってもらうことが第一歩だと思っています。
なので、社長になる前や、むしろそれ以上に、現場の皆さんが話しやすいよう、言うべきことを言ってもらえるように、私自身の言動を意識的に変える努力をしています。
もっとも、懇談や議論の中で、ボケを交えて笑いをとりつつ話をするのは、関西人の生まれつきの習性で、今さら努力しているわけでもないのですが、ここは変えない方が少しでも身近に感じてもらえて良いかな、と思っています。
いずれ近い将来、「パナソニックの人って、上司はもちろん、事業部長や社長にも全然遠慮しませんよね」と言ってもらえるようになりたいものです。
競争力強化の源泉は現場にあり
来年は、開発や営業をはじめ製造以外の拠点にも、また、渡航制約が緩和されれば、海外拠点にも訪問したいと考えています。
工場でも、営業でも、いま目の前にあること、あり様が、完成形やゴールではありませんし、永遠に正解であり続けるものでもありません。
日々、もっと良いやり方はないか、全能力を傾けてより良い方法・手段を生み出し、それを果敢に実行して、改善を続けていくこと。その挑戦を、従業員一人ひとりが臆することなく実践できる会社であること。
私が現場に通うことや、こうして発信することが、少しでも現場の皆さんへの刺激とエールになり、パナソニックが再びお客様のご期待や信頼を取り戻すことにつなげていきたいのです。
これからも、私は現場に通います。