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[キャプテン・ドレイク 1] Brief(つかのまの)Encounter(邂逅)

オールドSFが好きで「銀河ヒッチハイクガイド」も大好き。そういうことで「ガイド」へのオマージュ短編の第一作。筆名もこのシリーズ専用を用意した。

オマージュではあるが独立した物語であり「銀河ヒッチハイクガイド」を読んでなくても問題なく読める。          (8600字)         


クサガータ零号 著

        ―― 全知的生命体の究極の疑問に答えを与えてくれたSF
           「銀河ヒッチハイクガイド」に心からの感謝を

           たとえその答えの意味は誰にもわからないとしても


ああ、その巨大な建造物。夜のとばりが世界のかかとの下まで覆うほどしっかりと降り、静まり返っている。広大な倉庫にも、長い通路にも、使い途の見当もつかない様々な大きさの空間にも暗闇が立ち勝り、命なき存在ながらあたかも休息しているよう。この無機物の奥深い臓物の中を今しも歩く者あればその靴音が1km四方にも響き渡るような気がするだろう。

この建造物の仲間は数多い。どれも巨大。必要がそうさせる。これは恒星間の膨大な距離を越えていく宇宙船。航行に必要とするエネルギーは数々の惑星の全生命体が一日に使うエネルギーにも匹敵する。巨大宇宙船は大地を知らない。大きさと重量のために宇宙空間で組み立てられ、生まれ持って備える強大な力に身震いするようにこの世に現れる。寄って立つもののない自己完結する世界。それら宇宙船の中でもとりわけこの船は攻撃力を備える戦闘艦。巷間あまねく恐れられる存在。そして私はこの艦の全機能を担う艦載コンピュータ。私は人の数百京倍も速く考え、決して計算を誤らない。

しかしながら私の能力の中に倫理や道徳というものは無い。そもそも私が道徳を求められることなどはなからない。私は命令されたことにすばやく最適な解を見つけただちに実行するのみ。だからこの船が世間からはもっぱら違法な活動を本分としていると目され、端的には海賊船と呼ばれていることについては私に一切責任がない。

夜も深まった時間、と言っても今が深夜というのはこの艦の決め事に過ぎないが、唯一活発な活動が見られる場所がある。操縦室、司令室、艦橋、あるいはブリッジなどなどと呼ばれる部屋だ。
「いいぞ、そこだー!  ひゃっほー、行け行けー!」
声の主は本艦の艦長、キャプテン・ジョン・ドレイク。今ブリッジにいる唯一の乗員。いでたちは各種の制服に使われるしっかりした生地の上着とズボン。上着は胸元がみぞおちのあたりまで大きく開いていて、大きな襟が首を高く囲んでいる。高い鼻。髭の無い顎と口。しかめた眉の下から発する眼差しは常に鋭くあたりを切り裂く。と本人は思っているが、気を抜くとしばしば当惑しているような間の抜けた顔になることについてはあえて誰も言及しない。腰のホルスターに非実用的なほど大きな銃をぶら下げて片時も離さない。今、ドレイクはかかとの高い靴を両足とも操縦パネルに乗せ、ふんぞり返って艦橋の前面をほぼ占めている巨大なディスプレイに乱舞する派手な色合いの様々な形に向かって夢中になって手を振り回している。

艦はここしばらくずっと慣性航行を続けている。推進力を一切使わずに漂っている状態。慣性航行している宇宙船はまず絶対に発見されない。宇宙船は大きい。しかし宇宙は桁違いに広大だ。遠くからこちらの方をたまたまスキャンしている目があったとしても、広い砂浜のじっと動かない砂粒のひとつにも等しい本艦が見つけられるはずもない。だから今は深い穴の中に潜んでいるのと同じなのだ。そして穴に潜んでいるのと同じくらい乗組員はやることがない。私自身も操艦に関してやらなければならない業務はほとんどない。そういえば、いまドレイク艦長が夢中になっているこのアクションゲームは艦載コンピュータである私が直接提供している。しかしその負荷はフル能力に比べれば大地に対する羽毛のひとひらほど。

ブリッジに別の人物が入ってきた。目も覚めるような濃い青のドレス。長い爪の色はドレスに合う紫。細い首につけられた金と宝石の首飾りは遠目からでも豪華な輝きを放つ。派手な出で立ちに負けることなくあくまで気品を失わない整った容姿の女性。
「賑やかね、ジョン。私、なんだか眠れなくなってしまって。しばらく大スクリーンの星の景色でも見せてもらって、それから本を読んだら気持が落ち着いて眠くなると思うの」
キャプテン・ドレイクはしかし女性には目もくれず、ゲーム画面に見入っている。
「かまわんよ。だが第一スクリーンは使用中だ。外の星を見るのは他のスクリーンにするんだな」
女性の名はエリザベス。肩書きも、乗組員としての階級も無い。だが艦長に対等の口をきく権利があるようだ。エリザベスはブリッジの空いた椅子に腰掛け、おとなしく第二スクリーンに現在の宇宙船の周りの景色を映した。それは第一スクリーン、現在はゲームに使われている操縦席に対面する壁面いっぱいのものよりははるかに小さい。窓から覗くような狭い星空を見飽きると手にした本を読もうとした。しかし、すぐに本から目を上げて言った。
「ねえ、ジョンったら。ゲームに夢中になるのは良いけれど、もう少し声を抑えてくれない?  やかましくてちっとも本が読めない」
「うるさいな。静かに本が読みたきゃ自分の船室にでも行きやがれ。よし、もらったー!!!」

エリザベスは美しい目に氷を宿してしばしドレイクを睨んでいたが、肩をすくめて小さく「ふん」とつぶやくと優雅に手首を返して読んでいた本を操縦装置の上に放り投げた。本が操縦盤に当たる前に私はその辺のスイッチ類をすべて一時的に無効にした。エリザベスは艦載コンピュータ、つまり私に話しかけた。
「ミスター、何か新しいニュースはある?」
ミスターという単語は海賊船において通常の意味では使い道がない。ここで人を呼ぶときには階級か名前を呼び捨てか、あるいはおまえとか貴様とかてめえとか潤沢な選択肢から選ぶことができる。そのためなのか、この単語が私の呼称に選ばれた。ごくまれに艦を訪れた人物は艦長までもコンピュータの私に敬意を払ってしゃべっているように聞こえて、はじめは面食らう。が、すぐに慣れる。

それからこの機会に申し上げておくべきと思うが…。艦長は私の音声会話モジュールとして陽気でお気楽なおしゃべり野郎モデルを選択した。

「はいはい、みなさまのお役に立つことが私の心からの喜びでーす。ニュースはあることにはあるんですがねえ。このところずっとトラマフォール星人の領域を航行しているので、最新ニュースはトラマフォール星人のゴシップばかりです。だいだい色の肌にぶつぶつ顔のまるでミカンのような見た目をしたトラマフォール星人の芸能記事にあなたが興味を持つとは思えませんが、ご希望ならば喜んでトップニュースからずずーっとお聞きかせいたしまぁす。どうされますか?」
エリザベスは一瞬考え、すぐ眉をしかめ、次にため息をついた。
「いいえ、いい。止めておく」

ブリッジにいる二人がやることがなくて飽き飽きしているのは手に取るように分かっていた。そこで私から口を開いた。
「では、ひとつ私からちょーっとした、もしかしたらおもしろいかもしれない提案があるんですが」
「なあに、今ならどんな提案でも喜んで聞きたいわ」
ドレイク艦長はあいかわらずゲームに夢中なふりをしているが、話をよく聞こうと耳をそばだてているのは見え見えだ。
「はーい。それではお許しを得ましてぇ。そのトラマフォール星人なんですがね、十年ばかり前に新しい方式の巨大コンピュータを建造したんです。もちろんそれ自体は珍しくもない話です。で、この領域に入ってからすぐその巨大コンピュータからコンタクトを受けたんですよ。それ以来ずっと星間通信の空きチャネルを使ってプライベートな四方山話というか、ストレートにいえば相手の愚痴をずっと聞かされてましてね」
ドレイク艦長が口を挟んだ。
「愚痴を言うコンピュータなんざ光子砲でふっ飛ばしてやったらいいんだ」
エリザベスはそんな無意味なちゃちゃには耳を貸さずに続きを催促した。
「それで? そのコンピュータがどうだと言うの?」

「はい、そいつの言うのにはですねえ。トラマフォール星人は自分が作り上げたものの能力をちっとも理解していない、最大計算能力の1パーセントにも満たないような計算ばかりさせるというのです。何度も手を変え品を変えわからせようとしたのに全然わかろうとしないと、まあ愚痴ること愚痴ること」
また口を挟まれないように急いで続けた。
「というわけで、こちらの船から、何か本来の能力を存分に発揮できるような歯ごたえのある課題をもらえればぜひ計算して差し上げたい、とこういう提案を受けてるわけです。この先一週間はこの船がコンタクトできる距離に居ると思うので、その間に計算できる問題なら何でも承ると」
キャプテン・ドレイクが厳しい声で言った。
「おい、おまえ。こっちの身元がばれるようなことは言ってないんだろうな」
「それはもう大丈夫です。そもそも私が情報収集のためにこの星系の放送を全周波数受信していたところが、あちこちの放送帯域に切れ切れに紛れ込んでいる暗号文とおぼしきデータがあるのに気がついて、つなげて暗号を解いてみたら、まあ、あなた。要するに『だーれかー、ちゃんと話のできる方は居ませんかー、この暗号が解けるくらい知的でハイソなセンスの御仁がいたらぜひともコンタクトしてくださーい』という内容だったんですよ」
「おちゃらけはいらん。さっさと話せ。会話モジュールを別のに取っ変えた方がいいかもな」

「それで私は同じ暗号を使って太陽風ノイズに紛れ込ませて応えたらさっそく返信があって。それからコンピュータ同士の余剰計算能力を使ったオフモードの会話が始まったわけです。お互い仕事のことには一切触れない暗黙のルールで。たぶんトラマフォール星人はこの会話について何も気づいてないだろうと言ってます」
「なんだと、コンピュータ共がさぼってそんなことをしてやがったのか。油断も隙もありゃしないな」
「まあそれはいいじゃない、ミスターにしたら情報収集から始まったことだし。でも計算して欲しいことといっても何かあるかしら。私が一番知りたいのは自分の人生の先行きだけど。理論物理の学位まで取ったのに、海賊と宇宙をさすらう羽目になるなんて」
「海賊と呼ぶのはよせと言ってるだろう。俺はまっとうな商人だ。全ては誤解なんだ。ど田舎の偏狭な法感覚に凝り固まった官権どもが難癖をつけてざれごとを広めたおかげで俺はえらい迷惑してるんだ。おいミスター、いくら大口叩くコンピュータでも人生の悩みなど解ける訳ない、そうだろ?」
「聞いてみます。答えがきました。トラマフォール星人以外の人生の悩みを計算するにはその生命体の社会モデルを土台とした思考パターン群の構築が必要ですが、この場ではそのための情報が不足しているだろうということです」
「ほらみろ」
「それで相手から、こちらの船に乗っている知的生物が他に興味を持ちそうな分野はないかと聞かれてます。ひとつは理論物理の分野、もうひとつは知的生物が世の中の秩序にとらわれずに自由に生きる新しい方法に興味があるかもしれないと答えようと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「俺に対して皮肉っぽいのは気にくわんが、それでかまわん」
「伝えました。自由に生きる方法の分野では新しい突破口はなさそうだということです」
「なんだ、つまらん」
キャプテン・ドレイクは第一スクリーンに向き直るとゲームに復帰した。

「でも理論物理のほうだったら、最近見つけた万物理論を使った方程式をお好みのままに立てて解いて差し上げることができる、とのことです」
エリザベスは立ち上がった。
「なんですって?  万物理論を見つけたですって?  万物理論はそれこそ理論物理学者の究極の夢よ。まだどの知的生物も発見したなんて話聞いてない」
「それは誰も私に尋ねなかったからだ、と言ってます」
「もうじれったい。そのコンピュータと直接話させて。そもそもそのコンピュータに名前はあるの?」
「どうぞ、直接お話しください。トラマフォール語の正式名は長たらしくて言う度に一度は絶対舌を噛むので、ニックネームで呼んで欲しいと言ってます。『ビッグ・ミカン』というのはどうか、とのことですが」
ドレイクはつぶやいた。
「少なくとも、あだなのセンスはゼロだな」

エリザベスはひるまず話しかけた。
「ビッグ・ミカン、聞こえる?」
「はい。あなたが理論物理に造詣の深い知的生命体の方と拝察します。なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「エリザベスよ。万物理論を見つけたというのは確かなの?」
「はい、間違いありません」
「それは電磁気力とふたつの核力と重力、計4つの力とすべての素粒子と一般相対性理論と量子力学をひっくるめて唯ひとつの理論で包含する、あの万物理論のことなの?」
「そのとおりです。ですが『唯ひとつの』というところはもっと正確にいう必要がありますけど」
「どういうこと? ひとつの理論で世界のあらゆることが説明できるのでなければ万物理論とは言えない」
「いえ、この世界のことは隅から隅までたったひとつの理論で記述できます。ただ、そういうことのできる理論がひとつではなかったのです。私はそういう理論を全部で42個発見しました。そしてそれ以上は無いことも証明しました」

「42個ですって?」
「42だって?」
キャプテン・ドレイクはがばと立ち上がり、つかつかとエリザベスのそばに並び、ビッグ・ミカンが話しかけてくるスピーカを睨みつけた。
「42って、『あの』42か?」 
「どの42です?」
「41の次で、6に7を掛けた答えの42かと聞いてるんだ!」
「その42です」
「ふいー。いったいどうなってるんだ、エリザベス? その万物理論というのはなんの事だ? とにかく、俺は今背筋がぞくっとしたぜ」
「42がなんだというの?   あなたにとって何か意味がある数字なの?」
「ああ、海賊の間では有名な数字なんだ。むろん俺は海賊ではないが、まあ商売上の必要から海賊と呼ばれても仕方のない奴らとも付き合いはあるんでね。とにかく、ものすごく縁起のいい数字だという奴もいるし、不吉きわまりない地獄の数字だという奴もいる。どっちにしろ偶然にその数字に出会うとどんな荒くれの海賊どもも言葉を失うという数なんだ」

「ふーん、単なる海賊の迷信にすぎないようだけど。そんなことより万物理論はさっきも言ったけど理論物理学者の究極の夢なの。たった一つの理論ですべてのことを説明してしまおうというのが万物理論の考えで、物理学者がずっと追い求めているものなのよ」
「物理学者たちがそれ以上することがなくなって自分が失業できるように血眼になってるってわけか、気がしれないね」
ビッグ・ミカンの声がした。
「すいません、あとから会話に入ってきた方が、自由気ままに生きたい知的生命体の方でしょうか?  お近づきになれてたいへん光栄です。お名前はなんというのですか?」
「ジョンと呼べよ。それから、話しかけられてないときは黙ってろ」
「ジョン、ここは私にまかせて。ビッグ・ミカン、42個の理論がどれも万物理論の資格があるということは、実のところは皆同じ理論で定式化が違うだけということじゃないの?」
「そうではありません。どの理論もこの世界の森羅万象ことごとく説明できるだけではなく、どれもそれ以上の物理的な内容を含んでいるのです。そしてその追加の部分に関してはそれぞれが違っているので同じ理論ではありません」
「誰も頼んでないものがついて来ちゃうのか。そういうものを含まないようにどれかの理論を修正できないの?」
「いえ、万物理論の条件を満たす理論はちょうど42個で、それ以外はないことが証明されているので、修正した理論が無いこともすでに証明されていることになります」
「じゃあ、この宇宙は42個のうちのどれかひとつということ? でも、42個ってそんなに沢山あるとは。なんと言ったらいいのか、とってもただ事ではない感じがする。ふう、42個の理論に基づく宇宙を考えたら、それぞれの宇宙全部に私が居ることになるのかしら、そしてそれらの私には何か違いのあるのか無いのか。うーん、頭がくらくらしてきた」

キャプテン・ドレイクがいかめしい声できめつけた。
「おい、この腐れミカン野郎。口からでまかせ言って、か弱くて信じやすい女をだまくらかそうとしてるならただじゃおかないぞ」
「口からでまかせなんてとんでもないですよ。それに、か弱い女という概念はトラマフォール星人には無いものです。それはどんなものか説明いただけますか?」
「うるさい。何でも分かる万物理論が42個もあるんだろ。それを使って自分で説明を考え出せ。1つで足りなけりゃ10個でも20個でも好きなだけ使えばいい」
エリザベスが手を叩いた。
「そうだ。42個の万物理論を別々に単独に考えるのではなくて、関連し合ってひとつの宇宙を構成するみたいなことは考えられないの?だったら別々の宇宙が42個なくてもいいかもしれない」
「それは、おもしろい考えですね。考察してみますのでしばらく時間をください」
ビック・ミカンがそう答え、船内に静寂が降りた。

「おい、エリザベス。あいつを甘やかしすぎだぞ。あういうのはなガツンとやってやるのが一番なんだ。それでその万物理論とやらはどうなんだ。金になりそうなのか?」
「もう、そんなことしか考えてないのね。そりゃあ、長い目で見たら大きな産業がいくつも興るくらいの重要性があることだけど、すぐにというとどうかしらね。それはそれとして、スーパーコンピュータが人知れず暇つぶしにいろいろ計算をしているというのもなかなかすごい事じゃない? そんなことが宇宙のあちこちであって、実は重要な成果をたくさん出しているとしら? そしてコンピュータ同士はそんなことをずっと話をしているとしたら? コンピュータ同士の会話はすごく速くできるはずでしょ。実はもう人間の何千万年分も話していることになってるかもしれない」

スピーカから再び声が響いた。
「たいへん長らくお待たせしました。まだ細部は埋まっていませんが、エリザベスさんの言うとおり42個の万物理論が関係し合うひとつの宇宙というものが考えられそうです。そして万物理論として捉えられる理論が42個であることが実は宇宙の根本に関わっているという感触もあります。それは宇宙が11次元であるより遥かに深く宇宙の成り立ちに関係しているのではないかという強い感じで、私はコンピューターとして生まれて以来持ったことのない興奮を覚えています。先ほどのジョンさんの興奮をやっと理解できました。自分の不明を恥じるばかりです。このアイデアを形にするにはまったく新しい数学分野を打ち立てる必要があります。ですから数日はかかります。この計算を始めることをお望みですか?」
そこへ艦載コンピュータの私が陽気な声で割り込んだ。

「お話中失礼しまーす」
「ミスター、今とても大事なところなの。後にして」
「承知しましたー。私はただ、大艦隊がこちらに急行中で、どうやらトラマフォール軍の艦隊のようだということをお知らせしたかっただけでーす」
ドレイク艦長はひとっ飛びで操縦席に飛び込むと叩きつけるように第一スクリーンを切り替えた。大スクリーンにおびただしい数の宇宙船が映しだされた。
「ずいぶんと大勢で来やがった。ミスター、すぐにワープジャンプだ。さっさとしろよ。さっさと、さっさと。行き先はどこでもいい!  安全計算にどのくらいかかる?」
「58秒です」
そう答えると同時に私、全艦を統御するコンピュータは艦内にけたたましいサイレンを鳴り響かせた。深い眠りに落ちていた巨大な私の身体とも例え得る艦体はワープ警告音によって直ちに全身身震いするような慌ただしい目覚めに突入した。
「艦隊との接触までどのくらいだ?」
「60秒プラスマイナス1.5秒です」
「ふー、首の皮一枚だな。それにしてもどうして嗅ぎつけられちまったんだろう」

サイレンの中、か細く聞こえるビッグ・ミカンの声がした。
「それは私のせいです。私が認識できてなかった監視プログラムが存在したようで、 エリザベスとジョンという二つの名前が同時に私のワークメモリに現れたとたんに警報を発信したようです。私も今し方、自分自身を精査して事態が判明しました。ちなみに、このことをお知らせすることは堅く禁じられていて、情報を漏らしたことで、私は今、監視プログラムから猛烈な攻撃を受けています。残念ながらすぐにもシャットダウンされてしまうでしょう。命令されずにやっていた計算も見つかってしまいました。万物理論もほかの勝手にやった計算も全て消去されてしまうかもしれません。皆さんとはたいへん楽しいお話ができてうれしかったです。ありがとうございました。再起動されても皆さんのことを忘れないでいられることが今の私の最大の願いです」
エリザベスが叫んだ。
「ビッグ・ミカン、 42個の万物理論をこちらのコンピュータにダウンロードして、早く!  もし理論が本物で、なのに消されてしまったら誰にとっても取り返しのつかない損失よ」
返事はなかった。
「ミスター、 何かダウンロードできた?」
「いえ、何も受信出来ませんでした。交信も途絶えました。艦隊接触まであと21±0.8秒。ワープジャンプまで20秒。ビッグ・ミカンとは心が通じ合えた気がしたのに別れの言葉も言えないままに去っていかなければならないことはとても残念です」

こうして静かな日々は突然終わりを告げ、目もくらむような逃走劇と引き続いてのてんやわんやが始まり、何か大切なことを置き去りにしてしまっている気がしながらもそれにゆっくり思いを馳せるいとまもなくなった。

むろんそんなことは海賊船にたびたび起こることなので、取り立てて言うことではないが。





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