見出し画像

[キャプテン・ドレイク 2] 恒常的指令

「銀河ヒッチハイクガイド」へのオマージュ短編SFの第二作。              キャプテン・ドレイクが探索の途についた相手は…。                (15000字)


クサガータ零号 著

恒星間の気の遠くなるほど恐ろしい真空を縄張りとして暴れ回る海賊キャプテン・ジョン・ドレイク。そしてその海賊船『宇宙の驚異号』操艦の全機能を担う艦載コンピュータの私。その私にかつてドレイク艦長からひとつの恒久的指令が与えられた。
「ミスター。いいか、入手できるすべての情報を駆使してこのことをずっと続けるんだ」
ミスターという私の呼び名は艦長が気まぐれにつけ、私自身いまだ奇異に思うが結局使い続けられている。
「宇宙全体の権力の変化、経済動向の見通し、さらに最新技術革新に関して要領よくまとめて俺に報告しろ。それからもうひとつ、分野を問わずとにかく普通でないニュースの収集もだ」
この指令を受けたとき、『とにかく普通でない』という基準について私はさらに説明を求めた。
「ま、最終的にはがっつり金儲けになりそうな話に繋がるニュースが欲しいのよ。といってコンピュータに金の臭いをかぎつける事なんざぁできんだろ。だからとにかく前例のない事件とか、前例にない規模の出来事とか、そういうのをごっそり集めて報せてくれればいい」
そういうわけで、私はのちにサイジー事件と呼ばれることになるこのニュースに発端からずっと注目していた。

知的生物のほとんどは「一番」に目がない。自分たち自身や自分が所持しているものが一番大きいとか一番速いとか一番強いとか一番重いとか一番美人だとか一番美男だとか一番美中性だとか、まあ何でも構わないのでとにかく一番と言えさえすればもう有頂天になる。そして一番だと言えるようになるためにはやけにがんばることができる。

ある星の一知的生物がすごい発明をした。スーパーコンピュータあるいは人工知能、まあ呼び名は何でもいいのだが、早い話大規模電子計算機はけっこうな体積を占める。それを信じられないほど小さく詰め込む方法を発明したのだ。原理的に詰め込みの程度に限界はなく、しかし実用上は詰め込みすぎてブラックホールになってしまうとたぶん役に立たないのでその手前で止めておくのがお勧めということになる。

さて、この知的生物はちょっとした悩みを抱えた。この大発明を利用してきっとすごぉい一番を取れることは確かな気がするのだが具体的にどうすれば全知的生物がこぞって感心してくれるのかが、どうもはっきりしないのだ。十階建てのビルいっぱいに収まったスーパコンピュータを、性能を保ったまま宝石箱ほどに詰め込むこともできるのだが、それではあんまりインパクトがないような気がする。宝石箱を乾燥剤の一粒、あるいは顕微鏡でしか見えない単細胞生物ほどに小さくしたとしても少しも事態が改善した気がしない。どうも考える方向が間違っているようだ。

この生物はその星の時間で七昼夜悩んで答えを見つけた。この生物が友達の生物にその案を話すと友達もそれはいいと大賛成し、友達の友達のそのまた友達の生物に政府の要人やマスコミのやりてが居たりしてあれよあれよというまにメディアに大きく取り上げられ莫大な予算のついた国家プロジェクトができあがった。プロジェクトのニュースを聞いたその星の国民は熱狂し、これで間違いなくぶっちぎりの一番が取れて全知的生物の賞賛の的となること請け合いだとこぞって胸を高鳴らせた。

あまり重要なことではないが、そもそもの発明者で発案者であったくだんの知的生物は一気に時の寵児となったことが仇となり、よくない輩がごまんと寄ってきて、いけない嗜好品にも取りつかれ、勢いスキャンダルまみれとなり、ついには奇怪で深刻な体調異常がマスコミをにぎわすありさまとなった。あげくの果てにそれまで世の人の口にのぼったことのないほど珍しい奇病に冒されてぽっくり早死にしてしまった。プロジェクトの本格的な始動を目にすることもなく。

そんな小さな不幸にはすこしも邪魔されることなくプロジェクトは精力的に進められて当初の予算を大幅に上回る費用と5年の献身的な努力が傾けられ、ついにプロジェクトの重要な役職を担う関係者達がプロジェクトの重要な中枢を成す大部屋に集結するめでたき日を迎えた。皆が見つめる先にあるのはさまざまな太さのケーブルに繋がれた物体である。よく見るとそれは立ち上がった銀色のヒト型ロボットの形をしていた。そう、このロボットは見た目あまりぱっとしないが、従来であれば中規模小惑星ほどの体積を必要とする、それまでで最高の人工頭脳の軽く数千京倍の性能を誇る電子脳をヒト型ロボットの大きさに納めた夢のような発明品なのである。

素直にそれまでで最高の性能の人工頭脳をつくったとしても、一度ニュースに取り上げられておしまいである。1フェムト秒に34兆回足し算ができるといったところでそれ以前の1ミリ秒に3千億回数を数えるのと比べてどれだけすごいのか実感としてはわからない。史上最高の頭脳を持ったロボットとなると話は全然違う。片っ端から星間バラエティ番組に出てどんな難問にもすらすら答え、遊園地に出かけては子供と握手するかたわらレポータの問いかけにも当意即妙にウィットに富んだ切り返しを見舞い、およそ生物が一瞬たりとも存在できない、正にいまここで星が誕生せんとする環境過酷な現場にさえ出かけて行って深遠な教訓を語ることもできる。つまり何年にもわたっておいしいとこ取りの限りをつくしてその間ずーっとこのロボットを造り上げた種族のすばらしさをこれでもかとアピールし続けるというわけである。国民全体が熱狂したのも無理はない。

さて、関係者達が固唾を飲んで見守る中、白衣を身にまとった技術者の一団がロボットに繋いだ操作盤のスイッチを次々にバチンバチンと軽快な音を響かせてオンにしていく。なんだかブーンという音が聞こえたような気がしたが実際には無意味な雑音など少しもしていない。そんなに安っぽいしろものではない。開発総責任者は場が十分盛り上がったと判断し、キューを出した。ロボットの傍らに立つ技術者は緊張で上ずった声を無理矢理押さえ込んでロボットに問いかけた。
「君の名前を教えてくれたまえ」
効果を考えてあらかじめ決められていたとおり、2.15秒後にロボットらしい平板な声で答えが返ってきた。
「私の名前はサイジー。ああ、気が滅入る」

上を下への大騒ぎになった。熱病のような二週間が過ぎ、ロボットが正真正銘抑鬱状態に陥っていることが疑問の余地なくはっきりした。あらゆる対処療法が試されたがどれひとつとして効果なく、3ヶ月後にとうとう本当は何が起きているか真の原因がつかめた。要は本来巨大な体積が必要な電子頭脳を小さく小さく詰め込んだことこそが原因だった。新しく発見されたこの量子現象には難しい物理学の名称が付与されたが、要するに、あんまり詰め込みすぎたために頭脳の活動を司るために飛び交う電子がまるで知的生命体の通勤時間のラッシュアワーのように押し合いへし合いになってしまったのだ。詰め込みの効果で電子が移動しなければならない距離は短くなっているので計算速度の低下は起きなかった。だが、ラッシュにもまれて電子達は皆元気がなくなりよれよれになってしまった。そのため電子頭脳全体の思考も元気がなくなり、別の言葉で言えば抑鬱の様相を呈したのである。

絶望的な状況だ。目先の利くものはこの段階でさっさと手を引いた。あきらめの悪い者もまだ数多く居て、超人的な努力を継続した。しかしやがて予算が当初の三倍を目前にするころにはもう金をかき集める方策も尽き、もっと悪いことにサイジーの抑鬱気分がプロジェクトに携わる者達すべてに蔓延していた。

プロジェクトはある日突然終局を迎えた。機材も、建物も用地ごと売却され、唯一の完成品であるサイジーも大方ばらばらにされて部品として再利用の途へ旅立ったのだろうと皆考えた。しかしキャプテン・ドレイクはサイジーを探すことを諦めなかった。
「ロボットはきっと分解されてない。手に入れた設計図を調べたうちのメカニックによればだな、分解しようとしたらぶっ壊れてしまって再利用できる部品など残らないと断言しているんだからな」


         *       *       *


正午過ぎ。歴史の威厳を感じる重々しい建築様式の庁舎を見上げ、そして門をくぐる。約束の時間きっかりに来たのにたっぷり待たされたあげく、もったいぶって通されたのはごく狭い部屋。それぞれが人が二人ぎりぎり座れるほど小さなソファが二つ向かい合わせに置かれ、それだけでほぼ一杯になっている。窓もなく、壁にポスターも標語のようなものすらも一枚も張られていない。

ドレイクは部屋に入ると入り口から向かって左のソファの真ん中に足を組んで一人で座った。スーツ姿の海賊を見ることは久しく無かったことだ。ノックが聞こえ、地味な灰色のスーツに眼鏡の40歳半ばの男が入ってきた。立ち上がったドレイクに向かって、手真似で座るようにうながし、自分は向かいのソファに座った。
「パークウェイさんでしたね、私は第11企画課のキンバリーです。企画課長をしています」
パークウェイと名のることにしたキャプテン・ドレイクは、こんな場合普段ならおたくには企画課はいったいいくつまであるんですか、と間違いなく軽口を叩くところだが今日は我慢している。相手はドレイクと握手をしようとする素振りもなく、手元の資料に目を落としてめくっている。ここはミラン星政府の中央官庁であり、お役所中のお役所だ。とりあえずはその流儀に合わせて振る舞うほかない。

「政府の1034-51号プロジェクトについてご質問があるということでしたね。通称サイジー・プロジェクトと呼ばれているものですね。具体的にお知りになりたいこととは?」
「プロジェクトの終了時に残っていた資材の売り渡し先情報が欲しいのです」
「どういうわけで、それを知りたいのでしょう?」
「商売上の興味です。お手元の資料にあると思いますが、私は最先端中古電子資材の売買をビジネスとしています。そしてプロジェクトの資材の売り渡し先が特に非公開ということはないと理解しています」
相手は無表情のまま答えた。
「機密事項ではないとしても、我が政府にはわざわざ教えなければならない義務もないかもしれない。あなたはこの星の市民でもありませんから。義務もいわれもない問い合わせにいちいち全て回答しなければならないとしたら行政は回りません」
「でも、すでにこうやって貴重なお時間を割いて私に会ってくださってるじゃないですか」
役人の男はとても微妙な表情になった。それがどんな感情を表しているにせよ、とにかく嬉しそうではなかった。
「パークウェイさん、あなたがお持ちになった紹介状を書いたランドール氏とはどのようなご関係なのですか?」
「ビジネスで非常にお世話になってます。ランドールさんはこの星でとても顔が広い方なので」
相手はしばし間を置き、議論することを諦めているかのようにぽつりと言った。
「確かにランドール氏は友人の多い方だと聞いています」

しばしの沈黙。やがて企画課長は見ていた資料を静かにソファのかたわらに置き、やや前屈みになって膝の上で両手の指を組んだ。
「はなはだ遺憾なことですが、今回のご要望に関しては通常のやり方では双方満足という結果を得ることはできそうにありません。残念なことです。それでもなんとか道を見つけるために、ひとつざっくばらんに話をさせていただきたいのです。これからの会話は絶対に非公開とすることに同意いただけますか?」
「かまいませんよ。ざっくばらんなのはむしろ大歓迎です。話が早いに越したことはない」
「いいでしょう。それならきっとお互いの時間を節約できる。さてと、ランドール氏からの紹介状は私達には無視できない。元国会議員で公式には引退しているが各方面にいまだ隠然たる力を持っている大物だ。あなたがどういう経緯でこの紹介状を手に入れることができたのか分からないが、まず直接の知り合いではないだろう。いえ、答えなくて結構。とにかく、あなたが要求する情報は確かに特に拒否する理由も無い。だから渡せばいい。だが、そこに不都合がある」
ドレイクはつつましく口をつぐんでいる。

「サイジー・プロジェクトは国家プロジェクトだからすべてにわたって詳細な記録が残っている。残存資材の売り渡し情報ももちろんのこと。その記録は完璧。会計監査的にはね。だが売却された資材を追いかけるためにはたぶん使いものにならない。

ひとつ想像してみて欲しい。プロジェクトに全く関わっていなかったひとりの役人が、プロジェクトが予定外の状況で終結するにあたり、会計上の後始末を命ぜられて現場に赴いたと。そこは混乱の極みだった。資材に関しては持ち運びがそこそこ容易なものは多くがすでに売り払われていた。売り渡し伝票はあるにはあるが、はななだ不備で売り渡し先が不明なものも少なくなかった。つじつまを合わせる書類の束を作ることは私のキャリアの中でも最悪の部類の仕事だった。

そういうわけで、あなたの役に立つかもしれないものとしてお渡しできるのは資材を購入したはずの企業名の単なるリストだけになる。どの資材が何処へ売られたかということは一切書かれていない。もちろん公式なものでもない。そもそも公式の記録とは一致しない。だから私から出た情報だとも政府は一切認めない。そこには21社の名前が載っている。あなたがどの資材に興味があるのかわからないが、その21社をしらみつぶしに当たるより他ないということになるでしょう。

それからもしかして、あなたがビジネスマンではなくて実はジャーナリストで、そして今の話の裏が取れたら政府のスキャンダルとして報道する価値があると考えることもあるかもしれない。でも私はあなたはそういうことには興味がないだろうという気がしている。だからそこについては心配はしていない。リストは掛け値なく正直な内容だ。

さて、リストを受け取ったら穏便かつすみやかにお引き取りいただけますかな?」

庁舎から出たドレイクは近くのカフェへ足を向けた。店の奥まったテーブルにその顔を間近で見る機会がある者なら誰しもが一日中忘れられないほどの美貌の女性が待っていた。彼女はエリザベス。ドレイクの海賊船に乗って行動を共にしている。しかし海賊の一味と見なして良いのかどうかは誰も断言しきれない。数時間も辛抱強くドレイクをここで待っていた彼女は物憂げに問うた。
「首尾はどう?」
「少しだけだが成果はあった。それに思いがけず生々しい話も聞けたしな」
「あら、初対面のお役人からそんなことが? とにかく、素性がばれて拘束されたりしないで良かった」
「ああ、どうもその辺何か感づいていることを匂わせてもいたがな」
「え? 気づいてて見逃したの?」
「確信まではなかったんだろう。そうなると事を荒立てずにさっさと俺を追っ払えればいいとなるのが役所の世界さ」
「そもそもあなたがこんな危ない橋を渡る理由が私にはわからないのだけれど」
「だって船に居るやつらは腕っ節が強いばかりだからな。役人相手にこちらのしてほしいことをさせるなんて芸当が出来るのは一人も居ない。俺がやらなきゃしかたないだろ」
「そうじゃなくて、このロボットにはそんな危険を冒すだけの価値があるの?っていうことを聞いてるの」
「ああ、すごい金になると俺は踏んでるんだ。まあ見てろよ」

21社のリストはもちろん艦載コンピュータである私が徹底的に分析し、それぞれ主な業績と取引関係図を作成した。ドレイク艦長の目を最も引いたのは21社のひとつがサルベージ・ベンジャミンと呼ばれる男のダミー会社であることだった。
「サルベージ・ベンジャミン! こんなところにまで首をつっこんでやがったのか。こいつから当たってみるのが良さそうだ。特に理由は無いが、なんとなくそんな虫の知らせがする。おい、ミスター、こいつの本拠地はどこにある?」


         *       *       *


ドレイクは崖から身をのり出すようにはるか下の海面をのぞき込んだ。目指す場所は今立っている地面の下のどこかにあるはずなのだが、陸地からそこへ入る道は無い。とにかく伝え聞くところではそう言われている。唯一知られている入り口は海の中だ。ここから飛び込んだ水中の崖面のどこか。ドレイクは自分と同様にダイビングの装備をつけた傍らの三人に合図をした。宇宙船の乗員の中からスキューバダイビングのできる者をこれだけかき集められただけでも幸運だった。崖のふちから勢いよくドレイクが飛び出すと三人もそれを追って次々に崖から飛び降りた。

その星の外気は相当蒸し暑かったので、足から海に入水すると水の冷たさが心地よく、一瞬で意識がはっきりした。30m潜水すると、そこは生物が豊かでさまざまな見慣れぬ海洋生物が泳ぎ回る場所だった。しばらく様子を見ていたが、特にこちらに興味を示すものはいなかった。急に辺り一面暗くなったので全員が上を仰ぎ見ると巨大客船ほどの大きさのエイともくらげともつかない生き物が悠然と横切っていった。四人は散らばって崖に取りつき、しらみつぶしに入り口を探し始めた。

しばらくして一人がボンベのタンクをカンカンと叩いて合図をした。皆が集まると、そこには崖に大きな穴が開いていて奥まで続いているようだ。ライトを灯して中へ入っていく。洞窟はずっと続いていく、しかしやがて行き止まりになった。途中枝分かれのあった地点まで戻ってやり直すしかない。入水してから30分経っている。この深度でエアが持つのは2時間まで。帰る時間を考えると探せるのはあと30分だ。やがて上部に空気だまりのある特徴的な空間を見つけた。その空気の中に首を出すと人が十人は立てる平らな地面があり、奥に岩を削った階段が上へ向かっているの見えた。目的の場所に来たのだ。

水から上がってタンクを降ろしウェットスーツを脱いでいると、武装した者達に囲まれた。
「俺は宇宙の驚異号のキャプテン・ドレイクだ。サルベージ・ベンジャミンに会いたい」
四人が武装解除されて連れて行かれた部屋は他よりはいくらか乾燥している程度の殺風景な場所だった。石造りの椅子とテーブルに座っていると山賊まがいの野卑な身なりの男が取り巻きを連れて悠然と現れた。太鼓腹で、猪首に乗った顔は濃いひげ面。太い眉の下のぎらついた目でドレイクを睨めつけてる。どっかりと席につくと口を開いた。ひどい乱ぐい歯だった。
「『宇宙の驚異号』のキャプテン・ドレイクか。たいそうな名前の船じゃないか。まったく青臭い。どんなガキがいきがってそんな名前をつけたのかと思ったら、こんなしょぼくれたじじいでぶったまげたぜ」
「サルベージ・ベンジャミン、宇宙の廃品回収屋。弱り目の奴から根こそぎ着ている服まで引っぱがすようなことがあんたの十八番だとその悪名は銀河にくまなく轟いてるぞ」
宇宙の荒くれ者同士の初対面の挨拶は典型的な経過をたどり、最後にドレイクが肝心な話へと舵を切った。
「俺の船の名前について薄っぺらい感想を聞くためにここまでわざわざ来たんじゃあないぜ」
「だったらさっさと用件をほざきやがれ」

「あんた、サイジー・プロジェクトの資材をいくらか手に入れたと聞いている。その中にあのロボットを作るための未使用の部品とかロボットそのものがあったら、それなりの値段をつけてもいいんだが」
「ほう。あんなものを海賊が欲しがるとはな、夢にも思わなかった」
「じゃあ、やっぱりお前が手に入れてたんだな。その資材の状態を見せてくれ。ここにあるのか?」
「へ! あのロボットにはしばらくブツの選別をやらせてたんだがよ。人間より何百倍も重い物が持てるし、一度教えたことはちゃんとやるし。それはいいんだが、いちいち小賢しいことをぬかしやがる。ついに頭にきて自分の仕分けたクズと一緒にくず鉄屋に売り払ってやったよ。自分がどんなガラクタかよぉく分かるようにな」

サルベージ・ベンジャミンはそこで口調を改めた。それまでのかろうじてあった陽気さは消え去って凄みだけが残った。
「そんなことはもういい、ドレイク。てめえにはもっと大事な話がある。てめえがシンセローサ星系でエキセアナ号のジャンジャックとやりやったとき、エキセアナ号にぶっ放して粉々にしちまっただろ。あの船にはなあ、俺が苦労して買い付けたブツが積んであったんだぜ。えらい損害だ。受けた損害と迷惑料で2000万、耳を揃えて払ってもらおう」
「馬鹿を言え。あれは向こうが先に手をだしたんだ。俺に手を出した奴は誰だろうと只ではおかん。お前のブツがあったことなど知る訳もない。俺に責任なんかあるものか」
「そう言うんだったら、金を払うまでお前は人質だ。どうしても払わないつもりなら命をもらう。宇宙をはるばると馬鹿面下げて自分を人質として差し出すためにやってくるとはな。おかしくって腹の皮がよじれちまうぜ」
部屋にいたベンジャミンの部下が一斉にドレイク達に銃をつきつけた。

ドレイクが取り上げられなかった通信機には別の機能があった。ポケットのその装置のスイッチを入れると、なんとドレイクの顔がベンジャミンの髭面になった。髭面はさっきからと変わらぬ馬鹿笑いを続けている。ベンジャミン自身の顔はというと、途方に暮れた隣の部下の顔になっている。そして次々と部屋の男達の顔が入れ替わりはじめた。単純な光学的トリックだが、一瞬の混乱が生じた。その隙にドレイク達はベンジャミンの部下に飛びかかっていった。手当たり次第武器を奪って部屋を脱出した。しかし、敵に追われ、水中へ続く出口とは逆方向に追い詰められていった。とうとうひとつの部屋に立て籠もらざるをえなくなった。ドレイクは通信機の本来の機能を使って軌道上の宇宙の驚異号と交信した。
「ミスター、俺達の位置がわかるか」
「かろうじて。四人のうち二人がぎりぎり補足できる状態です」
「上出来だ。四人は今一緒に居る。俺達の位置からまっすぐ海の方向へ80mどんぴしゃにバンカーバスターを一発投下しろ」
「そんな至近距離では艦長達を傷つけてしまう可能性があります」
「かまわん! ここを脱出できなければな、もっとありそうな可能性でなぶり殺しにされちまうんだよ。早く投下しろ」
「了解です。発射しました。 身の安全を極力図ってください」

キャプテン・ドレイクは部屋に居る部下に向かって銃撃の音に負けないように声を張り上げた。
「今から爆弾で地上から洞窟まで穴を開ける。ここの空気は海水の圧力で外気より高圧になっているはずだ。穴が開いたら気圧が下がって海水が押し寄せてくる。その混乱に乗じて地上へ逃げ出すぞ。俺に遅れるな」
鈍い衝撃音が伝わってきて、すぐに気味の悪い地響きが続く。バンカーバスターが地下深くまで到達しようとしている音だ。格段に大きな爆発音がして耳が聞こえなくなった。足から伝わる振動が収まるとすぐにドレイク達は部屋の外へ飛び出した。そこにはそれまではなかった強風が吹き荒れている。四人が吹き飛ばされないように壁を伝って進んでいると水が押し寄せてきた。

ドレイクは自分から水に飛び込んだ。水中で方向感覚を失いかけたがなんとか上へ上へと向かい、とうとう地上の穴から吹き出す海水と共にドレイク達も吐き出された。何が起きたか分かっていないベンジャミンの部下達は追ってこれず、四人はじゃまされることなく隠しておいた地上降下用の船にたどり着くことができた。
「ミスター、地上降下ビークルに着いた。四人とも無事だ。これから帰艦する。こんなくそったれな星とはさっさとおさらばだ」

艦長室に一人でいるキャプテン・ドレイクに私は話しかけた。
「艦長、おくつろぎのところすいませーん、ちょーっとよろしいでしょうか?」
「なんだ、ミスター」
ドレイクはミルクチョコレートを肴にとっておきの高級ウィスキーを飲んでいた。この組み合わせに対して私は特段の意見を持ち合わせないが、船員達にはとても不評で、他の船で噂になると荒くれ者として恥ずかしいからよしてくれと度々クレームが入り、とうとうドレイクが一人の時だけに嗜むことができる楽しみとなっていた。ちなみに少数の意見としてそもそも高級ウィスキーへの冒涜だという声もあったがそれは無視された。

「サイジーの探索についてなんですがぁ」
「おう、何か掴んだか?」
「いえ、残念ながら。まだ進展はありません。ただですね、私が腑に落ちないのわぁ、艦長自身が命をかけるほどの価値があのロボットに一体全体あるのか? というこの点なのですけど」
「サルベージ・ベンジャミンのアジトでのことはまったくの予想外だったんだ。まさかあんなことになって命からがら逃げ出すはめになるとはな。分かってたらもちろん行きゃあしなかった」
「惑星ミランでは逮捕される危険もありましたね」
「その確率はそんなに高くなかったさ」
「サイジーは何が特別なんですか? 知能を備えたロボットならいくらでもあると思いますが」
「いやいや、あいつは特別だ。例えばお前だって、その口調に騙されなければ、たいした人工知能なんだがなにしろでかい。宇宙船に組み込むのだからその大きさは問題にならないがな。しかしサイジーは宇宙で最高レベルの知能を備えながら人の行くところならどこでも行ける大きさだ。お前の遠隔操操作モジュールを小さくして人が携帯することは出来るが、通信できる距離には制限がある。サイジーは違う。だからいろんな可能性が開けるんだ。サイジー・プロジェクトが中途でぶっつぶれたんで、そんなロボットはこの世にあいつしか存在しない。だからあいつには大した価値があるのよ。

たが、心配なのはあいつが今でも正常に機能しているかどうかだ。鬱状態なところへもってきて自分のせいでプロジェクトが失敗していく様を逐一見せられていたんだ。それがあいつの目にどう映ったか。まあ、それを気にしてやってるのは宇宙広しといえど俺一人かもしれんな」
「了解しましたー、艦長。ご説明ありがとうございまぁす。引き続きサイジーの行方を探索します」


       *       *       *


流れていた伴奏が止まり、歌い手は衣装の背中の広く開いたカットの形が客席からはっきり見えるほど深くお辞儀をした。小さな酒場の片隅の狭いステージを照らしていたライトの光が薄れていく中、一人大きな拍手をする者がいて他の数少ない酔客の耳を逆撫でた。衣装の裾を持ってステージを下がろうとしていた若い歌うたいの女は驚いたように拍手の主に目をやり、半身を向けた体勢のまま軽く会釈をして、はにかんだ表情を浮かべてすぐに引っ込んだ。

拍手していた手を止め、ドレイクはウェイターに合図した。近づいてきたお仕着せのひょろりとした若者に一言告げた。
「支配人と話がしたい」
ウェイターは何も言わずにきびすを返して店の奥へ向かう。ドレイクがグラスを二度口に運ぶ間に小柄な男がひっそりと席に近づいてきた。貧相な身体をぴったりしたディナー服に包んでいる。表情に油断はなく、かといって覇気があるわけではなく、むしろいろいろな経験に疲れたという目をしていた。

「お客様、お呼びと伺いました。どんな御用でしょう」
「ここの支配人か?」
「はい、支配人であり、この店のオーナーです」
「なかなか良いショーをるじゃないか。特に最後のがよかったな」
「それはありがとうございます」
「勘定に10ドラン上乗せしてくれ。あの娘へのチップとして」
「まことにありがとうございます。しかし、失礼ながら誤解のないように申し上げておきますが、あの歌い手とはアーティストとしての契約をしておりますので。もし、お酒のお相手をお望みでしたら別の者のご用意も承りますが」
「いや、酒の相手は要らない。あるいは君と少しおしゃべりできるかもしれないな。その前にまず10ドラン全額が確かに彼女に渡るように君がちゃんと気をつけてくれよ」
「それはもう間違いなく」

「結構。ところで、友達にこの店のことを聞いて来たんだが、今日はそのおもしろいロボット司会者は出ないのかね?」
小柄な男の顔に初めてうっすらとした興味が浮かんで、少しだけ人間らしい表情になった。
「ははあ。あいつがお目当てでございましたか、それは惜しいことでした。つい先日売ってしまいまして」
「売った?」
「はい。中には物好きなお客様もいてあいつのトークを面白がっていただいてたんですが。いえ、けっしてあなたのお友達を悪く言う訳じゃないんですよ。とにかく大抵は不評でして。この間のことですが、あるお客様がお前は陰気すぎると詰め寄ったんです。そうするとあいつときたらいちいち口答えして。とうとうお客様をかんかんに怒らせてしまったんです。それが当店のお得意様の一人だったので、ご機嫌を直してもらうためにはどうしてもあいつを処分しなければなりませんでした。あんなやつでも居なくなると寂しいのは不思議です」
「そうだったのか、それは残念だ。じゃあ、そいつが今出ていそうな店に心当たりはないかね」
「いえ、とんと。売った先も芸能ロボット専門の業者ではなくて、普通の中古ロボット屋でしたから。ショーの司会のような仕事を続けているものかどうかさえさっぱり」

ドレイクが店の外に出ると夜の暗さが一層増し、冷え込みは一段と厳しくなっていた。呼びかける声がして振り向くと、さっきの歌い手の娘だった。ドレスの上にコートを羽織っただけ。足を踏み換えるときにコートの合わせ目からのぞいた細い脚はむき出しでいかにも寒そうだ。
「お客さま。たくさんチップをいただいて、ありがとうございました」
「ああ、君か。君の歌は素晴らしかったよ」
「うれしい。また来てくださる?」
「ああ、もちろんだ。名前は?」
「イーランです」
「イーラン、ここは長いの?」
「いえ…、そんなに、長くないと思いますけど…」
ドレイクは話題を変えた。
「歌うのは好き?」
「はい! 大好きです。歌うのが好きだし、誰かが私の歌で喜んでくれるともっと嬉しいです。だから今日みたいにお客様に拍手をいただくととても嬉しいです」
「君の歌には通り一遍ではない何かがある。だからきっとそのうちたくさんの観客の前で歌ってたくさん拍手をもらえる日が来るさ」
話している途中から、目の前にひらひらと漂う物が出現した。店の入り口の光に照らされてさまざま赤、青、金色に色づいている。何も無い空中から次々と、蜘蛛の巣のような、あるいは綿飴のような白あるいは透明の物体が現れる。あっという間に数が多くなり、まるでコンサートのエンディングの紙吹雪のように舞う。この地方の名物で寒さが強まる時に見られるものだと聞いていた。

「天使の息が見えるほど寒くなってきたからもう中に入りな、イーラン。俺がまた来る日まで達者でな。今度来たときのチップをあらかじめ渡しておきたいところだが、あいにく今は財布が出せない格好なものでね」
「いえ、そんなつもりじゃありません。本当にお礼が言いたくて。お客様もお気をつけてお帰りくださいね」
「ああ、ありがとう。そうそう、少し前までいた司会のロボットとは何か話したことはあるかい?」
「ええ、もちろん! とても物知りで何でも聞いたら教えてくれました。でも自分の身の上のことは何も言いません。それにしょっちゅう頭が重くて何も考えられないとか言っててかわいそうでした」
「そうか、なるほど。ありがとう、じゃあな」

ドレイクは店を後にして歩き出す。最近の技術はすばらしい。どんな厚いコートだろうとこの寒さを防げるはずがないのだ。顔の肌は本物の素肌に見えながら極寒に耐えられる素材。空気中の二酸化炭素が凍ってドライアイスとなって析出する寒さにも耐えられるようだ。ドレイクが振り返ると小さい姿のアンドロイドはまだこちらを見ていた。その姿にもう一度手を振り、ドレイクは熱遮断性の宇宙服とヘルメットを身に付けた姿で先を急いだ。あのアンドロイドの娘は長期記憶が限定されている。それで自分がどのくらいあの店に居るのかわからないのだ。半年かもしれないし、もう10年も毎日あの店で歌っているのかもしれない。しばらくすれば仕事仲間だったロボットのことも忘れてしまう。ドライアイスの綿が漂い、まるで地上まで雲が降りてきたかのように視界が遮られる。ドレイクは滑らないように注意しながら足を速めて店から離れていった。


       *       *       *


ロボットはほぼ感覚遮断状態にあった。自分の体が壁に背をつけて足を投げ出し地面に座っていることだけかろうじて意識していた。その前は真っ暗な物置に4ヶ月放置されていた。おとといそこから光の下に出されてここに置かれたのだが状況が改善されたわけでは全くないとすぐに分かった。明るい照明に満たされた広い部屋には古着や写真立てや昔の歌手のプロマイド、木製の幼児玩具等々が所狭しと置かれている。ここは年に一度開かれる惑星最大規模のフリーマーケットの会場だ。自分はその出品物なのだ。両手を前に掲げるように固定しておくことを命ぜられ、左手に手鏡、右手には何か箱のようなもの、たぶんオルゴールを載せられていた。それぞれに値札が貼られ、自分の膝の上にも乱暴な字の値札が置かれていた。この惑星の貨幣価値で中古のトースターほどの額だ。そしてこの二日間ただの一度も興味を示す者はなかった。

この惑星にいる誰一人想像もしないことだったが、ロボットはとんでもなく色々のことを知っていた。そのひとつに例えばこの惑星全体の幸福度を3.4%向上させる簡単な方法を知っていた。任期中に3.4%も国民の幸福度を上げることができれば、その大統領は間違いなく再選される。しかしロボット自身についてはといえば、どれだけ思考を重ねても自らの幸福度を上げる方法にどうしても見つけられなかった。このまま売れ残った場合次はどうなるのだろう。粗大ゴミとして廃棄されるのかもしれない。

ロボットは考えを巡らせとうとう冷徹な結論に達した。この先の具体的な運命にはいくつかバリエーションがあるとしても、間違いないことは宇宙全体が自分に無関心になったということだ。もはや興味も好意も悪意でさえ自分にはかけらも向けられていない。耐用年数はまだずいぶん残っているのに存在しないも同然に成り果ててしまった。

そもそもは大層な期待を受けて世に現れた。時が経つにつれ人々は失望し次々と例外なく目の前から去っていった。ロボットは誕生した研究所を離れ、引き取られていった最初の場所は廃品業を宇宙規模でやっている男の所だった。野蛮な男でまともな会話もできなかったが与えられた仕事は忠実に遂行した。だがそのロボットはただ黙って仕事をするようにはできていなかった。だから仕事を与えられる度にそれについて思ったことをしゃべった。相手は常にそれが気に入らないようだった。とうとう酷く激怒され、売り飛ばされた。くず鉄として溶鉱炉にほうり込まれる運命だった。別にそれに逆らうつもりはなかったが、ただ溶鉱炉の手前で廃品処理業者に一応説明した。鉄の溶解温度くらいではびくともしないので溶鉱炉に詰まってかなりの修復費用がかかってしまうだろうと。相手はそれは信じなかったようだが、鉄の値段以上になるかもしれないと思い直したようで、一緒に連れ回され最初にまあまあの値をつけた相手に売られた。

それからも様々の仕事をした。超重力惑星生物のスポーツジムのトレーナー助手、菓子販売員、極寒惑星にあるクラブのショーの司会者。裕福な家の執事。子供の家庭教師。期間の長短はあれど結局はお払い箱になった。最後には物置でしばらくほったらかしにされた。そしてこの場所で自分に対しての最終結論を得ると、感覚をほぼ遮断して時間の経過にただ身を任せた。

会場をひとりの男が、フリーマーケットの人混みを尊大にかき分けかき分け左右をきょろきょろ見回しながら歩いてきた。遠目に銀色のロボットを見つけると、男は意味ありげに片方の眉を上げた。ガラクタの間を縫ってようやくロボットの前に行くとしゃがみ込んだ。キャプテン・ドレイクは銀色の顔に向かって話かけた。
「よう、兄さん。調子はどうだい?」
ロボットの目がとまどったように赤くまたたき、深い井戸の底からはいあがってきたような陰気な声で返事をした。
「最悪の気分です」
ドレイクはにやっと笑い、そして言った。
「やっぱりお前か。やっと見つけたぞ。そうかい、そんな気分なんだったらちょうどいい。気晴らしに俺と一緒に銀河の旅に出ようぜ。宇宙は広い。お前の価値がちゃんと分かる奴が必ずどこかにいるはずだ」







   ※ 「銀河ヒッチハイクガイド」で人気のあの銀色で陰気な奴に捧ぐ





その他のキャプテン・ドレイク作品はこちらから
「キャプテン・ドレイク・シリーズ」マガジン


この記事が参加している募集

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?