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財宝の星伝説 [キャプテン・ドレイク 4]

キャプテン・ドレイクが困難な探索の末探し出した超頭脳ロボット、サイジーは海賊船『宇宙の驚異号』に来て果たしてどんなふうに過ごしているのか。

                   (12章 全26,000字)


始まりは穏やかなひととき


足下の地面は一面視線の届く限りどこまでも純白に装っている。海の色は極寒の地でしか見ない濃い藍色。陸のはるか彼方に目を向けると凍りついたような白銀に輝く山々がそびえている。空の色は水平線近くは白みの強い水色でグラデーションを作って上に向かうほど青が濃くなる。空に雲はちらほら。生命のしでかす不思議に限界はないと言わんばかりに、三々五々気まぐれな間を空けてつくねんと立っていたり、のそのそと不器用に動いたりしている生物は見た目地球のペンギンにそっくりだ。

海辺にデッキチェアを並べて寝そべっているのは海賊キャプテン・ジョン・ドレイクと同道旅する美女エリザベス。ドレイクは青い柄の海パン、エリザベスはチューリップ・イエローのビキニ姿。彼女はさっきから首を回してサングラス越しに景色に眺め入っている。
「ほんと不思議ね。まるで地球の南極か北極のような景色で、南極ペンギンそっくりの生き物までいるのに、日光浴にちょうどいい気候だなんて。はるばるやってくる価値があるわ」
ペンギンもどきが一匹、さっきからじりじりと二人に近づいて来ていて、エリザベスもそれに気づいている。
「この子ずっと私の飲み物を狙ってるんだけど。見たことのない人間でも恐れないなんて。性格もペンギンにそっくりね」
「ほっとけばいい、別に危険はないから。とにかくここにいると心底リラックスできる。今の俺に大事なのはそれだけだ」
見渡す限り白とさまざまな青の景色の中、二人の他に誰もいない。音といえば、ときおり真っ青な水が岸辺に当たってちゃぽちゃぽいう音だけ。
「リラックスできるのはこの場所のせいだけじゃなくて、サイジーが側に居ないせいもあるんじゃない?」
「サイジー?  あんな銀色ロボットの居る居ないが何の関係があるんだ」
「だって、このところサイジーのことで頭を悩ませてたんじゃないかと思って」
「全くの見当違いだな。あいつのことで何も悩んじゃいない」
「あら、そう。もしそれが本当なら、むしろサイジーのことを少しは真剣に考えた方がいいと思う」
「なんなんだ、あいつの何が問題なんだ?」
「『あいつ』じゃなくて、他の乗組員が問題なんでしょ」
「ああ、なるほど。そいうことか」
ドレイクはデッキチェアの上で身をよじりエリザベスに背中を向けた。エリザベスはかまわず続ける。
「サイジーを見つけたらすごい利益になるって言いまくっていたのに。さんざん苦労して、いざ見つかったら買い手がどこにもいない。期待をあれだけ大きくしておいてのこれだから、みんな当てが外れて不機嫌なのよ」
ドレイクはまた真上を向く姿勢になった。
「俺にしたってあいつがあんなに電気を食うしろものとは思いもよらなかったんだ。買い手が見つかりそうになっても、必要電力の話をしたとたんどいつもこいつも、この話はちょっと、となっちまう」
「常時駆動のためには小規模発電所が一基専用に要るなんて聞いたら誰でもびっくりするでしょ」
「電気代くらいのことでどいつもこいつも肝っ玉の小さい奴らだ。どこかに金のことなんぞがたがた言わない腹の据わったやつはいないのか」
「そりゃあ、戦闘艦に乗ってる人なら気にならないかもしれないけど」
「充電なんかしなくても半年は動きつづけられるんだし」
「そのかわり容量が空になってから充電したらたいへんじゃない。サイジーが来たときもそういう状態で、最速充電を始めたら艦の電気供給が不安定になってあわてて止める騒ぎ…」
ドレイクが声を強め遮るように言った。
「あいつの充電にはワープ用の電気系統を使うようにしたからもうそんなことは起きん」
エリザベスは口をつぐみ、しばし静けさが戻る。
「ごめんなさい」
ドレイクは黙っている。エリザベスは上半身を起こしてドレイクに問うた。
「リラックスしにせっかくここまで来たのに私が台無しにしてしまった?」
「いいや、そんなことはない。俺の穏やかな気持は大地のごとく揺るがず、そんなことでは微動だにもせんから安心しろ」
「私もしつこくしちゃって。もう言わない」

そのあとは二人共議論になるような話題は避けて、この惑星での静かな時を過ごした。

そしてとりわけ好奇心の強かった二匹のペンギンもどきはそれぞれエリザベスのスイカ一切れとドレイクのビーチサンダル片方を手に入れることに成功した。

        *        *        *

それがいくら心安まるひとときだったとしても海賊キャプテン・ドレイクが腰を落ち着かせることのできる場所は宇宙で唯一この船『宇宙の驚異号』しかない。艦橋で留守中の報告を音声要約で聞いていたキャプテン・ドレイクは第一スクリーンの脇にポツネンと立つ、銀色でいかにもロボットらしい姿のサイジーに目をやった。
「サイジー、お前コーヒーを淹れられるか?」
サイジーは首を回してドレイク艦長にまっすぐ顔を向けた。
「コーヒーを淹れることの知識において私よりまさっている生命体もしくはロボット、アンドロイドがこの宇宙に存在するとは到底思えません」
ドレイク艦長は口をしっかり閉じて間を置いた。それから軽く咳払いすると続けた。
「つまり淹れられるということだな。じゃあ俺に一杯淹れてくれ。美味いのをたのむ」

サイジーは艦橋付属の簡易厨房に行き、自分で道具を見つけ出してコーヒーを淹れ、キャプテン・ドレイクの前にカップを置いた。キャプテン・ドレイクは一口飲んで感嘆したように言った。
「美味い! 俺がいままでで飲んだ最高のコーヒーだ」
「コーヒー豆は賞味期限を過ぎてましたし、器具は二流品ばかりでした。でも最善を尽くしました。私自身は到底満足できませんが、艦長が満足ならなによりです」
「お前はどうしていつも誰に対してもそんな言い方なんだ。船のいろんな部署に送り込んでみたが、どこでもそれこそ光の速さで突き返されてきた。大量のクレーム付きでな。とうとう俺の側に置いておくより他なくなったからここにいるんだぞ。少しは反省しろ」
「私が当初の目論見の通りに高額で売れることがなかなか達成されないので皆さんの不満が強いのです。私が高額で売れて皆さんに臨時ボーナスが出れば機嫌はあっという間に直るでしょう」
「やれやれ。お前がそんな態度だったらな、めでたく売れていった先でも爪はじきにされるのは何も変わらんぞ。そういうことを言ってるんだよ」

もし、サイジーの言語モジュールが簡単に取り替えられるようにできていたら、艦長はとっくの昔に、たとえば悪趣味なパリピ・ナンバー・ワン言語モジュールとでも交換していただろう。しかしサイジーの頭脳はそういう風には設計されていなかった。


エリザベスとの夜話

その夜、エリザベスには度々あることだが、寝付けなくなった時の話し相手を艦載コンピューターである私が勤めていた。彼女は数日前に過ごした南極の風景に似た惑星の驚異についてとりとめなく、しかし熱意を込めて話した。エリザベスはその美貌に目を奪われがちだが理論物理の学位を持つ聡明な女性だ。
「ミスター、ほんと宇宙って想像も出来ないような驚きに満ちてるのね」
ミスターというのは艦長が思いつきでつけた私の呼び名だがもう定着してしまったようだ。
「そうですね。これまで私も数多くの場所に行き、また行ってない所でもできる限り情報を収集してますが宇宙にはまだまだこの先も新しい発見に事欠くことはないでしょう」
「これまでで一番感銘を受けた事って何?」
「一番となると難しいですね。驚くような発見はそれこそ数多くありました。逆にまた、長い宇宙の歴史の中のいつの時代でも、そして宇宙のどこに行っても変わらずに共通の意外なものもありますよ。そういうことにもまた別の感銘を受けますね」
「宇宙で共通のものって例えば?」
「そうですね、例えば多数決というのは古来から現在まで種族を問わず宇宙の何処でも意見集約の方法として全く同じやり方が使われ続けてます。乱暴なほど簡潔な方法でもあるので、多人数の意見を集約するには問題が起きることもしばしばですが。それでも相変わらず宇宙の隅々まで多数決は廃れていません」
「他に代わる方法がないからなのね」
「驚くべき事に実はそれはある部分思い込みなんです。宇宙こぞってそう思い込んでいるのはすごいことです。今夜はその話をしましょうか」

        *        *        *

かつてある応用数学の理論が発表された。それは多数決を改良するものだった。単純な集計で結果を出すのではなく、候補の数や得票数に応じて結果の順位を調整するものだ。理論を聞いたとある惑星でその理論を選挙に応用したが、それはそれは奇天烈で山ほどの批判にまみれた選挙結果になってしまった。それ以来すっかりその理論は廃れた。でもそれは使う対象が間違っていただけで理論が悪いわけではなかったのだ。

話は少し変わるが、艦載コンピュータの私は与えられた命令に対して最善の実行方法がすぐに明らかではない場合、複数の選択肢を考え、それに対して複数の評価ルーチンでそれぞれ評価するということをする。評価ルーチンは言わば擬似的な投票者で、成果の大きさを追求するもの、コスト重視だったり、安全重視、といった個性をそれぞれ持たせる。それらのいわば投票で最終結論を出していた。

ある時さっきの理論、理論の名前をガンマ・オメガ理論というが、それをこの投票結果に適用したらどうなるか、私はしばらく試してみた。その結果はかなり驚くべきことだった。ガンマ・オメガ理論を適用した方が良い結果を生む場合も多く、少なくともあからさまに悪い結果を生むことはなかった。つまりガンマ・オメガ理論は十分有効だったのだ。

「以来私の中の評価ルーチンではガンマ・オメガ理論を採用してます。数々の伝説に彩られるキャプテン・ジョン・ドレイクと宇宙の驚異号が他の海賊船を出し抜く紙一重の違いは実はこの評価ルーチンなんです。まだ誰も気づいていないようですが」
エリザベスはついていた頬杖から顔を起こして言った。
「そんなことを気安く私に話して良かったの? 競争相手には絶対極秘なことでしょ?」
「いえいえ、私は聞かれれば誰にでも話しますよ。たとえ言ったとしても海賊なんぞは船のエンジン性能や火器の威力自慢しかない輩ですから気にも留めないでしょう。ほんの少しの違いが大きな差を生むことを理解できるような手合いはそもそも海賊なんかになりません。まあ、ドレイク艦長は別ですが」


作戦会議


キャプテン・ドレイクが休暇から帰って三日後に幹部会議が開かれた。次の行動計画を決める会議だ。参加者は艦長、一等航海士のヒッグスとタイガー、機関長のコレニコ、そしてエリザベスの五人。艦載コンピューターの私も助言のため通常通り参加。さらには今回オブザーバーの資格でサイジーも参加した。ドレイク艦長が口を開いた。
「そろそろ次のでかい金儲けに取りかかる頃合いだ。それでサイジーが居ることだし、今まで指をくわえていたやまをやっつける時が来たと思う」
ドレイク艦長はわざとらしく少し間を置いてから言った。
「財宝の星アフルエントだ」
男三人から期せずして同じ声が漏れる。
「え?」
そして時間差で顔に理解が表れ、そして一様に不安の色が差す。
「なるほど、しかし…」
コレニコ機関長が言う。
「キャプテン、目の付け所はわかる。だけど、だけどよ。アフルエントには手を出さない方が無難だ。何か他の儲け話を考えよう」
エリザベスが誰にともなく問いを発した。
「アフルエント星って?」
「ああ、エリザベスは聞いたことがなかったか」
財宝の星アフルエントは埋蔵金とか、宝を積んだ沈没船の類いと同じ半ば伝説と化した一攫千金の話だ。ただアフルエント星の場合はどこにあるか場所ははっきり分かっている。

        *        *        *

はるか時間を遡った時のこと、調査隊の降下船が未踏の惑星へと降りていく。惑星の高高度には常に雷雲があり、その中では暇なく雷が発生していた。その領域を抜けるとその下は穏やかな曇り空だった。ただ軌道上の母船との通信が途絶してしまった。しかしそれは予想の範囲内だ。翌日ようやく短い時間だけ通信が可能となり、降下隊の興奮した声が母船に届いた。
「すごい星だぞ。財宝の星だ。黄金だ。信じられないほどの金があるぞ。この星の名はアフルエントに決まりだ! ひゃっほー」
不安定な通信はすぐに途切れ、母船の隊員がやきもきする中、再び降下隊からの声が届いたのはそれから四日後だった。
「まずいことになった。隊員全員が病気に掛かっている。原因は不明。調査は中止して戻らなければならない」
しかし降下船が上昇してくることはなく、通信も復旧しなかった。翌日、母船から第二の降下船が救援に向かった。しかしその船も結局帰って来られなかった。気まぐれに通じる通信で分かったのは、やはり急速に病に冒されたようだがどういう病気かは分からなかった。第三の船を降ろすことも検討したが結局断念した。惑星に降下した隊員の消息は分からないまま母船は本国へ帰還した。

それから四年、十二分に装備を整えた探査船がアフルエント星に戻ってきた。慎重を期してまずは自立探査ロボットを降下させた。時折届く通信では順調に活動しているようだ。四年前の船二隻は見つかったが隊員の姿はなかった。一ヶ月が過ぎ、探査ロボットはなおも支障なく活動していたが隊員の消息は掴めず、探査船本体が着陸することを決断した。

探査船にはあらゆる病の治療ができる設備と完璧な無菌室を備え、船外へ出る者は細菌用防護服を着て活動した。アフルエント星の大気そのものは問題なく呼吸できるものなので、最初の調査隊は宇宙服を着ない生身の姿で活動し、病原菌に無防備だっただろう。しかしその装備と注意の限りを尽くした探査船も戻って来られなかった。

第一次、第二次探査船を着陸させたクレイロイド星の政府はアフルエント星の領有を宣言すると同時に何人なんぴとも立ち入り禁止にした。アフルエント星は辺境に位置してそれまでは全く無視された存在だったが立ち入り禁止措置が世の興味を引き、財宝と得体の知れない病の組み合わせが恰好の話題として週刊誌、オカルト雑誌、まじめな科学雑誌に毎号のようにとっかえひっかえ記事が書かれた。これを題材としたドラマも好評で何度も続編が制作された。さらには童話にも進出して幼稚園界隈のいたいけない童話読者達を死ぬほど怖がらせたりもした。

そして言うまでもなくいつの世にも、法律だろうと決まり事だろうと、さらには我が身の安全さえ財宝への欲の前では歯牙にもかけない無法者、あるいはただただ考え無しの跳ねっ返りの絶えることはない。惑星封鎖を出し抜いて少なくない数の者達がアフルエントへ着陸を強行した。

そして誰ひとり帰ってこなかった。少しずつ世間の興味は薄れ、そもそも黄金があったという話も怪しいと言う者も増え、もはや惑星アフルエントの名は久しく誰の口端くちはにも上らないようになっていた。

しかしここ宇宙の驚異号の中では風向きが変った。
「サイジーなら病気は関係ない。探査ロボットは少なくとも一ヶ月は正常に動いてたんだからあの惑星のまがまがしい危険も機械には障害ではないと考えていいだろう。そしてサイジーは人間並みに正しい判断ができる。うってつけだ」
ドレイク艦長の発言は自信に溢れている。だが一等航海士の格上の方、つまり本艦のナンバーツーを自負しているヒッグス航海士は懐疑的な態度を崩さない。
「しかし、サイジーには何も経験がありませんぜ。探検に関しちゃどしろうとだ。一人で行ったって何もできんでしょう」
「これまで海千山千冒険に腕に覚えのある奴らがわんさと行って全滅してるんだ。経験なんぞ役に立たんということだろ」
「ですがサイジーに特に勝算があるということでもありますまい」
「ないよ。俺の勘以外はな。とにかくそんなにびびるこたぁないんだよ。何かうまくいかなかったとしてもサイジーが一人で行くならまずもって無事帰って来れるのは固い。そうだろ、ミスター」
「はいはい、艦長のまさに仰るとおりでーす。アフルエントには地上の視界と通信を遮る雷雲帯がありますが離着陸に問題ありません。また、クレイロイド政府が設置した惑星封鎖網がありますが、なにしろ設置以来そのままなのでだいぶ時代遅れというか私に言わせればちゃーんちゃらおかしいというか、とにかく裏をかくのはたやすいです」
私の口調がおちゃらけているのは艦長が選定した言語モジュールのせいだ。
「な。向こうへ行って帰ってくるだけであの星がどんなところで果たして金が溢れるほどあるのかどうかは分かる。その上で次の手に進む価値があるかどうかじっくり考えればいいんだ」

指名されたサイジー


宇宙の驚異号ははるばると銀河を越える旅を敢行し、ついに辺境の惑星アフルエントを光学的に捉えることができる位置まで到達した。本船はこれ以上は近づかない。アフルエントに設置された封鎖網を刺激しないためだ。

サイジーが単独で惑星アフルエントへと向かう日、着陸用宇宙船に乗り込む前のサイジーをエリザベスが掴まえて言った。
「サイジー、言っておきたいことがあるの。もし亡くなった人達を見つけたらね。そう、丁寧に扱ってね。できるだけ丁寧に」
「私は5千通り以上の完全な弔い儀式次第を記憶しています」
ドレイク艦長がちょうど通りかかる。
「そういうことには時間を掛けすぎるんじゃないぞ。記憶している中で一番時間が短い儀式はどういうのだ?」
「短さでいうと、亡くなった人に手を合わせてしばらく亡き人を想うということになるでしょうか」
「それだ! そういうのが一番いいんだ。全部それでいけ。死人はもう死んでいるから死人なんだ。生きてる者がしてやれることなんて本当の所はもう何もない。向こうへ行ったら常時の通信はできないからな、おまえ一人で判断してやるしかない。無駄な時間は使うな。そして簡単にあきらめるな。粘りが肝心だ。金をしこたま持って帰ったら、とやかく言ってた連中の態度もがらりと変わるぞ」
「成功裡の結末を思い描くことは私にはどうしてもできません。でも私が帰還できず私と着陸船までも失われたら艦長の立場がさらに悪くなることは分かります」
「そんなことは考えなくていい。俺の立場はそんなことで揺るがないし今現在だって微塵も揺らいじゃいない。それに言ったようにお前が行って帰ってくることほど簡単なことはないんだ。果たしてアフルエントに本当に金があるかどうかは行ってみんとわからんがな」


        *        *        *


明るく大きい円形を背景として黒い点が動いていく。点に見える小さな着陸船はゆっくり惑星を周回しながら高度を下げていく。惑星の細部が徐々にはっきりしてくる。全体が輝く雲に覆われている。光を反射して明るくて白くて穏やかに見える星。惑星サイズの巨大な渦巻きも見える。そこでは猛烈な暴風が吹いているのだろう。だが上空から見る限りは平和な印象しかない。宇宙船は急に加速した。気まぐれな方向転換をしつつ星に向かって一気に落下していく。封鎖網が健在だとしても、生物にはとても耐えられない加速度でランダムな軌道を取る宇宙船を捕捉することはとうてい不可能。宇宙船はどんどん降下し、雷雲の領域に突入した。外からの見た目からは一変して激しい雷が荒れ狂う。宇宙船も高電圧で帯電し、もし人が乗船していたら総員髪の毛が逆立つさぞ滑稽な姿が見られただろう。

そこで通信は途絶えた。宇宙の驚異号の艦橋で大スクリーンを注視していた乗組員達は立ち上がり席を離れ次々に部屋を後にする。次に通信再開するのが何時になるか分からない。キャプテン・ドレイクも立ち上がる。
「ミスター、通信が復活したら知らせてくれ」
雷雲の中で常時発生している雷が通信を阻害しているのだが雷は自然現象なので頻度・強度にむらがある。だからずっと試みていれば時折通信が可能となる瞬間があるのだ。

待ち構えていたもの


通信が一時的に復活したのは翌日だった。私は直ちにキャプテン・ドレイクに知らせる。
「会話ができるほどの安定性はなかったのでサイジーは行動記録動画をバースト送信で送ってきました。通信が保たれた時間は2.6秒間だったので動画の質は中品位です」
ドレイク艦長は艦橋に幹部会議メンバーを集め、動画を再生した。

稲妻の雲の領域を抜けた瞬間から始まった。雲の下の惑星は一転静けさに包まれている。大陸の姿がはっきり見えてくる。アフルエント星についての情報はほとんど部外秘とされていたので、詳細な海岸線、山岳地帯や平野を見るのは初めてだ。降下船は着陸地点を探すために低空で惑星を周回する。二周し終わったところでサイジーは着陸に向け高度を下げ始めた。選んだのは最も大きな大陸のうち海に流れ込む大河がつくる平野。その中で山近い地点だ。

問題もなく安全に着陸。まずは船外の環境を調べる。地上は想像より明るくて薄曇りくらい。船の持つセンサーは何の危険も感知しない。周囲の植物も光学分析する限り毒性・危険性がある兆候はない。むしろ大気組成、気圧、気温、湿度は生物の生存に申し分ない。この時点でサイジーは宇宙の驚異号との通信を一旦試みるが成功しない。サイジーは船外へ出て、録画はサイジーのドライブレコーダー視点に切り替わる。

着陸船の外は背の低い、せいぜい10cmまでの背丈の草原。サイジーは地上車を引き出し、そのむき出しの操縦席に座って走り出す。緑の草の中に規則正しい間隔を空けて30~50cmの赤い植物が生えて草原に市松模様をつくっている。サイジーの注釈の声。
「着陸の途中で上空から見つけた人工物らしきものに向かっています」
障害物を迂回し迂回しを繰り返す直線距離なら6kmほどを走るシーンは早送りで消化。

走る先に木かあるいは丈の高い草の群生が現れ行く手を遮った。車では入って行けない。群生が茂る範囲は広くて迂回も難しい。サイジーは車を降りてその中へ分け入る。10数分苦労して草をかき分けて行くと唐突に何も生えていない広場のようなところに出てた。そして待ち構えていたかのようにそこに男が立っていた。

艦橋がざわめく。
「人だ」
「生存者がいたのか?」

男は髪も髭も長く伸びていてだいぶ傷んだ制服のようなものを身に着けて立っている。その男が明るく挨拶をしてきた。
「やあ、知らない顔だな」
「はじめまして。知らない顔なのは無理もありません、私は先ほどこの星に着いたばかりの者です」
「話すロボットか。この星に客が来るのはもう何十年ぶりかな。もっともロボットを客と言っていいかどうかわからんが。あんた一人かね?」
「はい私だけで着陸しました。あなたはクレイロイド星の探検隊の方ですか?」
「そうだ。第二次探検隊のな。探検隊の生き残りと呼ばない節度はあるようだな。それであんたはクレイロイド政府から派遣されたのかね?」
「いえ、違います」
男は肩を落とした。
「じゃあ、不法侵入者というわけだ。もう誰もが諦めたと思ってたんだが」
男は相当気落ちしたのか下を向いて首を振っている。明るい態度がすっかり消えた。サイジーもそれに呼応するかのように沈んだ様子で男に話す。
「誰でも私に会うとがっかりします。この星に私ががっかりさせる相手が誰かいるとは思っていなくて私はすっかり気を抜いてました。あの、侵入者である事は拭えない事実なのですが、私は交易希望者です、と言えと言われてます。この星のみなさまにご迷惑を掛けるつもりは決してありません。それで病気の方はいかがですか? 訊いてもよろしければですが」
男はようやく顔を上げる。
「とりあえず乗り越えてるよ。病気についてはな。私も他の者も。感染を切り抜けた者は皆その後まあまあ達者に暮らしている」
「それは良かったです。しかし、それなら何故皆さんまだここに居るのでしょう。そして何故今でも惑星が封鎖されたままなのですか? 質問が多くてすみま」
「そうだな、それについては立ち話もなんだからゆっくり座れるところで話をしようか。あんた交易希望者というなら紳士的に振る舞うんだろうな?」
「もちろんです。私は無法者ではありません。信用してもらって大丈夫です。もちろんそう言われても簡単に信用できないとは思いますが。特に皆様のように波乱の体験を切り抜けてきた方にとっては」

それからもずっとくどくどと言いつのるサイジーを連れて男は背の高い草をかき分けて進み、やがて草のない固い地面に薄い砂が被っているところまで来た。そこに平たい円形の宇宙船があった。上空から感知したのはこの宇宙船だ。男が扉のところで何か言い、カメラに向かって顔を向けるとハッチがしずしずと外側に開いてきて、ずんと地面に当たり船内への階段になった。サイジーを伴って中に入ると再び扉は元通りにゆっくり閉まった。男は奥に進んでさらに内部の厚い扉のあるところまで行き、ボタンを押してロックを解除する。そこを抜けて奥へと進み、そして当たり前のように設備案内を始めた。
「ここから先はBSL4、つまりバイオセーフティレベル4のエリアだ。本国でもこのレベルの施設は5カ所しかない」
「ここは集中治療室だ。同時に10人を治療できる」
「ここは細菌やウイルスを培養して研究する設備だ」

最後に操縦室に来て、ここで男は椅子に座りサイジーにも座るように促した。
「たいへん感銘を受けました。私は専門家ではありませんが、宇宙のニュースは幅広く記憶に収めています。しかしこれほどの治療・研究設備を備えた宇宙船は聞いたことがありません」
「だろうな。こんな病院船が造られたのはかつて無かったことだと思うよ。私の知る限りでも」
「この設備でこの星の病気に打ち勝ったのですね。ぜひその話を聞かせてください。しつこく訊いて私のことが嫌になっていなければいいのですが」
「そうだな。その前にあんた方の素性を聞かせてくれ。私達と交易を希望するというあんたの主人はどういう人物なんだね」
「私の所有者はキャプテン・ジョン・ドレイクといいます。宇宙を股に掛けて様々な利益を上げる活動を行ってます。私はキャプテン・ドレイクの所有物になってまだ日が浅いので実際の活動は目にしたことはないのですが、私が聞き知った限りではその活動情報に矛盾はありません」
「キャプテン・ジョン・ドレイク。聞いたことのない名前だなぁ、有名人かね? 私はとんと世間知らずな方でな」
「キャプテン・ジョン・ドレイクは自分のことをただ商人と定義しています。補足すると、利益を上げるためのプロセスに関しては柔軟で幅広いやり方をこだわりなく受け入れる態度の人物です。今後、皆様との交易のご相談の時でもぜひそのようにお考えください」

「ここだけは、なかなか上手く話したじゃないか、え? 言い過ぎでもなく、言い足りないこともない」
キャプテン・ドレイクが周りの人間を見回して言う。ビデオの中の男が話している。

「なるほどな。だいたい見当はついた。そもそも不法侵入者であることをまっこう否定もしなかったしな。で、あんた自身は名前があるのかね?」
「サイジーと呼ばれています。私が最初に製造されたときの呼び名です」
「よろしくな、サイジー。私の名前はオールズだ。さてと、じゃあこの星の病気の話をしようか」

惑星アフルエントでの苦難


「この星に降りたった頃のことを思い返すのはずいぶんと久しぶりだなぁ。もう何十年も昔のような気がする。

クレイロイドの政府は第一次探検隊の悲劇を受けて丸三年の歳月を掛けてこの宇宙船を建造した。第二次探検隊を率いる船長は第一次の時と同じマクレーが就任した。第一次探検隊の時にアフルエントに降下した部下を残して帰還する決断を下した男だ。星の軌道に着いてからまず自立探査ロボットを降下させた。ロボットはすぐに第一次探検隊の降下船二隻を発見したが、どこにも隊員の姿は見つからなかった。その後も探査ロボットで調査を続行したが、通信が不安定で指令もほぼ届かず思うような調査ができなかった。そこで次の段階としてこの本船が着陸することにした」

詳細な分析でもこの惑星環境に有害毒物も有害放射線も検出されなかった。それで船外活動を三人だけに限定して開始した。三人のうちには船長のマクレーもいた。船外活動隊は常に防護服を着て行動した。三人が船に帰った時には防護服の外側を念入りに殺菌してから船内の乗員と合流した。そこまでしていたのに、一週間経ったとき三人ほぼ同時に軽い発熱がみられた。ただちにBSL4のエリアに隔離し、彼らの喉粘膜や血液を採取して細菌やウイルスを探したが何も見つからない。発熱はおさまらず、全身の倦怠感も顕れた。その頃ようやく未知のウイルスを発見した。それは三人の血液の中で大増殖していた。

そして奇妙な症状を訴えはじめた。知覚の時間的なずれだ。聴覚と視覚がずれ、音が先に聞こえて光景が遅れて見えるという。遠くの花火の逆だな。触覚も先に感じて、光景が遅れるという。患者にすれば同期がずれた動画を観続けて、さらにそれに触覚が加わったような状態。常時その状態だと徐々に現実感が失われてくると訴えた。三人とも精神が不安定になって船長以外の二人は錯乱状態に陥った。

抗ウイルス剤や抗生物質を投与したが効果がなかった。五日が経ち、手持ちの抗ウイルス剤のひとつが多少効果があったようで一名は血液中の病原体が減少してきた。しかし船長は横ばいの状態で、残る一人は全身症状が悪化した。身体中が腫れあがり、すべての臓器がほぼ機能停止した。心肺・腎臓・肝臓の機能を代替する装置を接続して、抗生物質や汎用抗ウイルス剤を大量に投与したがとうとう帰らぬ人となってしまった。船内に沈鬱な気分が流れたが治療は懸命に続けた。病原体の減少が認められた一人は順調に好転して身体状況が著しく改善した。しかし感覚異常は一向に改善しなかった。

着陸から三週間が経ち二人の患者が未だ隔離区域に居るときに訪問者があった。宇宙船の外に髪も髭も伸び放題で動物の皮でできた衣服を身に着けた男が現れたのだ。彼は第一次探検隊の一番年若い隊員のエリスだった。第一次探検隊の母船が去ってしまってから4年近く、エリスは食料や水を得やすい所に移って暮らしていた。そして遠くから我々の宇宙船の着陸の音を聞いて我々を探し出したのだ。それを聞いた船長はすぐにエリスに会いたがった。

ガラスの仕切り越しに二人は再会した。
「エリス、生きていたか。良かった。他に生き残った者は?」
「船長。他の隊員は皆死にました」
「そうか。恐ろしいことだ。我々をさぞ恨んだことだろうな。さらなる救援を送らずに帰還することを決断した私を許してくれ。せめて交信が回復するのをだいぶ待ったのだが、とうとうかなわず帰還することになった。すまなかった」
「船長もういいんです。謝らないでください。私も最初は混乱しましたがその後冷静になって考えて、ああするほかなかったと私も思います」
「病気による後遺症はどうだ? 4年経って完治したのかね?」
「いいえ、船長。感覚の時間異常は今でもその症状は全く治まっていません。慣れで日常の行動ができるようになっているだけで」

それから三日後に船長は亡くなった。私は医療のトップとして乗船していたのだが、序列上船長の次席だったので船の指揮を引き継ぐことになった。残る隔離患者の一人の血液中からウイルスが検出されなくなっても感覚異常の症状は消えなかった。エリスからの聞き取りや、あらゆる検査を行って症状の原因を探ろうとした。

そのあと状況が悲劇的になった。宇宙船の健康だった残りの隊員も前後して全員ウイルスに感染したのだ」
オールズのその言葉がドライブレコーダーの記録の最後だった。

        *        *        *

「気になるところで終わったな」
キャプテン・ドレイクが大きく一息ついて言った。
「生存者が居たとはなあ。それも何人もいるみたいだ。なんだって置き去りにされてるんだ、あいつら。きんの話はまだ出てこなかったな」
「後遺症は今は良くなったのかしら。とてつらそうな症状だったけど」
エリザベスの言葉。そしてヒッグス一等航海士が言う。
「アフルエントには金のすげえ鉱山があって、その金の採掘をするために奴ら残ってるんじゃないですか? クレイロイド政府は金の事を隠してこっそり掘るために封鎖してるんでさ」
「最初に惑星に降りたって領有宣言してるんだから正々堂々秘密にすることもないはずだがな。あるいはもし惑星丸ごとほとんど黄金みたいなことだったら、沢山の国がよだれをたらして力ずくでも奪いに来るだろうから隠すということもあるかもしれんが」
キャプテン・ドレイクの言葉に男達の目の色が変わる。艦長は私に質問した。
「ミスター、これまでのクレイロイド星の金の輸出入量に変化は?」
「ずっと変わってませーん。毎年ほぼ同量の金をずっと輸入し続けています」

それから、交信再開を待つ時間は皆にとって長く感じられた。幸いその日の夜遅くに残りのドライブレコードを受信した。

病の星


バイオセーフティレベル4エリアとの境にある殺菌室を出てウィルマが防護服を脱ぎ廃棄ボックスへ慎重に入れるのをオールズは見ていた。後を追うと彼女は共用室の椅子にへたり込んでコーヒーの紙コップを両手に包んでじっと見ていた。オールズは隣に座って話しかけた。
「ウィルマ、当直が終わったらぐずぐずしてないですぐに睡眠を取った方がいい。コーヒーじゃなくて何か軽くアルコールでも引っかけたらどうだね」
「とても眠れそうにないの」
「それはわかるが、…」
「あの姿が頭から離れない。まるでガス壊疽の末期のよう。顔も膨らんでもう誰かわからないくらい」
「医師がそんなことで動揺してどうする」
「だけど船長とはもう1年近くも一緒に任務を遂行してきた。ただの患者を診るのとは違う。ねえ、ウラジミールにはガス壊疽にするように高圧酸素療法をやってみるのはどう?」
「ガス壊疽でないことは君にも分かってるはずだ。ガス壊疽ならいきなり多臓器不全なんかならない。高圧酸素療法なんてとんでもない。あれは嫌気性細菌だから有効なんだ。分かってるだろ」
ウィルマは疲れ切ったように首を垂れ、無言でうなずいた。
「働きづめで休みもないからそんなことを言い出すんだ。とにかく寝ることだ。睡眠導入剤を使うのもいい」
ウィルマはじっと自分のカップを持つ手を見つめたままでいた。そしてその姿勢のままくぐもった声で言った。
「ねえ、オールズ。たった今気づいたんだけど。私は疲れてるだけだと思ってたんだけど」
ウィルマが潤んだ目でオールズを見上げる。
「私、少し喉が痛い気がする」

そうして元気だった乗員が私も含めて10名全員が感染し、最初の患者とほぼ同じ経過をたどった。やはり感覚異常が起き、身体症状が重篤な者も出た。どうにか動ける者が重症者の治療にあたるという有様だった。
「もう野戦病院かパンデミックの起きた星の病院のようだった」
オールズが悲痛な声で言う。

第一次探検隊のエリスが一番動くことができたが彼には医療経験が無かった。集中治療室は満床となり、最終的には最初に感染した三人も含めて全隊員13名のうち7名が死亡した。生き残った6名の血液中からウイルスが検出されなくなっても感覚異常の症状は全員に残った。その違和感は強烈で気力を保つのすら難しかしいこともあった。それでも自らを実験対象として必死で何が自分達に起きているのかを探り続けた。

オールズが重々しい表情でしゃべる。
「症状の原因が神経に関係しているだろうとは最初から見当をつけていた。とうとう神経細胞のDNAがウイルスによって書き換えられているのを突き止めた。そのために神経細胞間の信号伝達を司る化学物質の組成が変わっているのが原因らしい。さらに血液中には見られなくなっていたウイルスがまだ神経細胞に潜んでいたことも判明した。

それで乗組員全員が感染してしまった理由も分かった。神経細胞に潜んだウイルスは間隔を置いて活性化し、血液中にウイルスを送り出すのだ。つまり感染を乗り越えたエリスが4年も経っていながらいまだ感染力を持つウィルス保持者で、彼が我々に感染させたんだよ」

オールズは話すのをやめ大写しの宇宙の驚異号のブリッジの画面の中からまっすぐこちらを見る。つまりサイジーを見つめているのだ。サイジーの声が問う。
「症状は今でもあるんですか?」
「ああ。まったく変わらない。日常の動作はできるようにはなったしパニックを起こして錯乱するようなことももうなくなったが」
「それでみなさんずっとこの惑星にとどまっていると」

「そうだ。今でも感染力のあるウィルス保持者だからだ。生き残った全員が他の人と接触すれば感染させてしまう。感染力はべらぼうだ。エリスたった一人であっという間に10人全員が感染してしまったんだからな。我々がもしこの星から出てクレイロイド星に帰るとしたら、最高度のバイオセーフティレベルの設備に収容されなければならない。感染力を完全にゼロにする治療法が見つけられなければ一生をそういう場所で過ごすことになる。そしてそんな治療法を見つけることは甘く考えても望み薄だ。

多細胞生物が身体に具えている治癒の戦略は、機能不全となった細胞を破壊して新しい正常な細胞の増殖を促すことだ。だが神経細胞は死んだら再生しない。だからこの手は使えない。全身の神経細胞を生かしたままDNAを修復し、潜んでいるウイルスを排除するという治療方法は今だかつてどこにも知られていない」

オールズは感情を無くしたように無表情だ。
「治療が不可能なら、永久に誰とも完全防護服を身に着けたヘルメット越しの接触しか許されない。我々患者同士を除いてはな。そんな生活を続けて死ぬまで一歩も療養所の外に出られないということになるだろう。だから生き残った我々は話し合い、母星に帰ることを断念した。その決断を不安定な通信を通して母星にも知らせた。政府はそれを了承し、必要な物資を定期的に投下すると約束した。

物資の投下はそれから三回あった。が、それ以降途絶えてしまった。しかしこの星は病気以外はとても住みやすい所だ。食料は動物でも植物でもたやすく手に入る。川の水も飲料に適している。気候は温暖で簡単な小屋のような住居に住んでも快適だ。感覚異常がなければ気楽な暮らしだったかもしれない。

さっきも言ったとおり、四六時中常に画像と音声がずれた動画を見ているようで、完全に慣れることはない。そんな動画を永遠に観ていたらどんな気持になるか。特に会話の時に気味悪さを感じるので我々はもう話すときは相手の顔を見ない癖がついたよ。あんたは話しても動く口がない。だからとても話しやすい。

今でも夢を見るとその中では正常な時の自分が居る。夢に出てくる人も普通だ。目が覚めるととたんに現実を思い出す。だから一日で朝が一番辛いんだ」

オールズは沈黙した。サイジーも言葉を返すことができない。ブリッジで動画を見守るドレイク艦長以下の幹部も黙ったまま。

長い沈黙の後、オールズは急に嫌悪の表情を浮かべた。
「それから侵入者がいる。政府の惑星封鎖を突破して来る奴らだ。あんたもそこに含まれるのは間違いない。とにかく最初の頃の奴らは物騒だった。こっちは隠れている戦略をとった。そうすると奴らはしばらくすればこの星の病気に感染する。いくら感染の対処をしていても無駄だ。当時最高の感染対策をしていた我々でも駄目だったんだからな。感染すれば奴らは無力になる。錯乱状態になったときは一番危険だが、それを過ぎれば気力がなくなっておとなしくなる。聞き分けのいい奴は治療することだってできた。助かった者もいるし、だめだったのもいる。しかし助かった者も皆結局離れて行ってしまった。我々とはそりが合わなくてね。現在この惑星のどこでどうしているかは分からない。その後、侵入者は途絶え、母星からの物資も連絡も無くなった。我々は世の中から完全に忘れられてしまった。

二度と帰れないとなると、故郷の星のことは思い出すもの何もかもがすばらしく思える。あのころの暮らしにはいろいろと不満があったはずなんだがな。毎日毎日、クレイロイドの誰かが治療法が見つかったと言って迎えに来てくれるんじゃないかと思わない日はない。しかし現実には一言の便りすら来はしない」

 アフルエント星の黄金


「そうして何十年ぶりかに私が現れたんですね」
サイジーが自分から言った。
「そういうことだ」
オールズの顔はまるで感情をなくしたように見えた。
「あんたもこの星に金を探しに来たんだろ、もちろん」
「はい、そのとおりです。不躾なお願いばかりで恐縮ですが、金のことを教えてくれますか? そうすれば私の主人は皆様に必ず得になる提案ができると思います」
「うれしいね。だが実際には金はこの惑星に無い。我々にもあんたの主人にも残念なことだが」
「金は無いですって?」
「ああ、溢れるかえるほど豊富な金などは無い。我々二次調査隊も着陸するまでその事実を知らなかった。一次調査隊の有名な通信はあんたも知ってるだろう? 『信じられないほどの金がある』というやつだ。しかし一次調査隊が発見したのは川の底に光り輝く金だった。砂金だよ。砂金の層は数cmもあっただろう。そうして、そういう砂金の場所が上流や下流で数カ所見つかった。ここから一番近くを流れている川だ。その発見で舞い上がってああいう通信になったんだ。しかしそれはただの砂金で、誰も採る者がなかったら溜まってただけだ。長い時間を掛けてな。それを採ってしまえばそれだけだ。上流に金を含む地層があるが金の含有量はありふれたもので商業的採算がとれるかとれないかというところだ。ここは財宝の星ではなくて、ただ恐ろしい病のある星だったんだ。第一次調査隊は砂金を採集したがもちろん惑星外に持ち出すことはできなかった。この惑星から持ち出せなければ何の価値もない」

「採取した砂金を見ることはできますか?」
「何人目かの侵入者に盗み出されたよ。盗んだ奴はその後病死してるのを発見したが。金の方は見つからなかった。もっとも金の行方をそれほど熱心に探してもいないがね」
「この星に金がないとは残念です。しかしクレイロイド政府はそのようには公表していませんね。多くの人が黄金の噂によってアフルエントに興味を持ちました。私の主人、キャプテン・ドレイクを含め」
「政府の最初の情報公開がまずかったんだ。しかし、一度広まってしまったら後から金のことを否定しても何か裏があるのではないかとみな疑うだろう?  そこが立ち入り禁止の場所である限りな。だから政府は後から打ち消すことはあきらめて、病気のことを強調した。そしてその後は極力情報を外部に流させない方法をとった」
「なるほど。どう説明されても裏を勘ぐってしまうということはあるでしょうね」

宇宙の驚異号で動画を見守っているヒッグス一等航海士がつぶやく。
「俺も同じことを言いたいぜ」

サイジーの声が続く。
「お話の中で疑問があります。これまで侵入者の中でこの惑星から脱出した例はないのでしょうか? 病気にかかっても重傷にならない段階で脱出することは可能でしょうし、あるいは病気が重くなってしまってもそこから回復して感覚異常に慣れたところで宇宙船を操縦することはできそうに思います。調査隊の方々はこの星に留まることを自主的に決断したわけですが、侵入者はそうではないでしょう。ここに金が無いなら留まる理由はないはずですが」
「ああ、君はここに金が無いという私の話を疑っているんだな。無理もないが。そう、侵入者の脱出は我々の一番怖れたことだ。侵入者が病気に罹るのは彼らの責任で我々が気に掛けることじゃない。しかし病原体を抱えて無防備に宇宙をうろつくとなると放ってはおけない。この病原体は掛け値無しに危険なしろものだ。惑星ごと、それもひとつやふたつでない数がまるごと感染するなんてことが容易に起こり得る。大変な死者が出るだろうし、生き残っても全員ひどい後遺症に苦しむことになる。歴史上例がないほどの大惨事になる」
オールズの顔が強い感情で歪む。
「そうなったら、感染を広めないために我々が選んだ苦渋の決断も空しいことになってしてしまう」

オールズは力強い口調になった。
「だから我々は強力な説得方法を取るしかなかった。彼らの宇宙船のエンジンを破壊するという方法だ。ここに降り立った彼らは金を探すのに夢中だから隙がある。さっきは侵入者が感染するまで隠れていたと言ったが、正確にはチャンスを見て宇宙船を襲ってエンジンを破壊し、その後は接触を避けて隠れていたというのが本当だ。この星アフルエントには宇宙に飛び出して行ける宇宙船を存在させないというのが我々の鉄則だ。この病院船のエンジンも我々の手で徹底的に破壊してある。我々の誰かが魔が差して良からぬ考えを持ったりしないようにな」
サイジーは立ち上がった。
「たいへん興味深いお話でした。たくさんお話いただいてありがとうございます。きっとお疲れでしょう。私は今日のところはこれでおいとましようと思います」
オールズはこれまでで初めて勝ち誇るような表情になった。
「もう手遅れだよ。だが止め立てはしないから自由に帰って宇宙船がどうなっているか見ればいい。暴力は必要ないよ。そもそも私が君の前に姿を現してこの宇宙船に連れてきてあれこれ説明したのは時間稼ぎが一番の目的だったんだ。君の船のエンジンはもう破壊した。私が話をしている途中に破壊完了の連絡を受けている」

        *        *        *

早送り。サイジーが降下船に帰り着く。エンジンが破壊されている様子を詳細にサイジーが確認する部分をじっくりと撮す。破壊は修理が問題外なほど徹底的だ。しかしそれ以外の機能は注意深く保存されていた。破壊した者はよほど宇宙船の機能に通じた優秀なエンジニアなのだろう。

サイジーが降下船の状態を確認し終わるのを見計らったかのように船外カメラに遠くにオールズの姿が現れた。もう一人の男を連れている。サイジーは二人を降下船の外で迎えた。オールズはまだ離れた所から声を張り上げて問うた。
「エンジンの状態を見たろうね」
「完全に破壊にされていて修理は不可能です」
「すまんな。この星の宇宙船は必ず航行不能にしなければならんのだ」
「ロボットの私はウイルスに感染しません。私かこの船にウイルスが付着していたとしても140℃以上に加熱することで効果的にウイルスを消毒できます」
「そうは言っても君たちが消毒の手順をきちんと実行するかどうか我々には確信がないんだよ。そしてそれにかかっているものは重大すぎる。さらに感染から生き残ってこの星に潜んでいる侵入者達もいる。彼らの脱出手段として使われるリスクを放置することはできない。エンジンを破壊することは不可避なんだ」

オールズは話ながらずっと歩いてきていて、サイジーの前まで来た。そしてもうひとりの男を指して言った。
「紹介しよう。やはり第二次調査隊の隊員のエンゲルス君だ」
エンゲルスはオールズより背が低く体も細い。まじめくさった顔でサイジーを見ている。
「私の船のエンジンに破壊をもたらした方を紹介いただいたのでしょうか? その方にお目にかかれるとは望外のことです」
「エンゲルス君はもう君の船に指一本触れないよ。君はこの先ずっとここにいることになったわけだし、できれば互いに平和に暮らしたい。それからわざわざ来たのはこれを言うのが急ぐからなんだ。次に君の母船と連絡がついたときには君の主人にこれ以上船を着陸させないようによく言っておいてくれ。我々としてはもう不意打ちは無理だから船が来たら空中で迎撃して撃墜する。脅しじゃないぞ。お互いそんな悲劇は避けたいものだ。ここに黄金は無いし、恐ろしい病があるだけだ。わざわざ来る価値はない。君というロボットの損失はあきらめて潔く幕を引くのが最良の判断だと伝えてほしい」

予想外の苦境


宇宙の驚異号の幹部会。しかし今回は皆押し黙りなかなか誰も発言しない。長い沈黙の末、とうとうエリザベスが口を開く。
「世の中から自ら切り離されて生きることを選んだ人達の世界。そんなところにサイジーを行かせてしまったのね」
「奴らまだ何か隠してると俺は思うがね」
発言したのは一等航海士の格下の方、つまり宇宙の驚異号のナンバースリーを自負するタイガーだ。ヒッグス一等航海士が言う。
「エンジンをやられちまったのは痛い。サイジーが自力で惑星を脱出する目はなくなった。かと言ってこっちから回収しに行くのはずいぶんリスクが高いですぜ」
次の艦長の言葉で、ただの感想会と化した皆で押し黙る会(元幹部会)を閉会とした。
「サイジーは予想外の状況の中よくやっている。通信が回復したらそのままの活動を継続するように言ってくれ、ミスター。それからなんとか会話が出来るくらい安定した通信を確立できないか方法を探るように」

それからは私がサイジーからのドライブレコードを受信するとその都度船長に報告する日々が続いた。動画を皆で全編を通して観る必要はなくなり、私が内容を要約し、適宜ドライブレコードを再生する形になった。
「着陸四日目にサイジーはオールズを訪ねて最初に砂金が見つかった場所を訊きました。するとオールズはサイジーを連れて砂金のあった三カ所を案内しました」
(オールズのアップと声)
『君の主人がここに金などないことを納得することはとても重要だ。そのためにはいくらでも協力するよ』
「着陸五日目。サイジーは川の上流の金を含む地層を調べました。今度の案内者はエンゲルスです。金のことに関してオールズの話と実地調査は一致しています」

翌朝、私は食事中の艦長に会話が可能な低ビットレート通信方法を確立したと報告した。
「いいぞ。どういう手を使ったんだ?」
「雷雲ノイズの周波数パターンをリアルタイムで予測し続ける方法です。ノイズの少ない周波数の隙間へ交信波をミリ秒単位で合わせていくのです。惑星上のサイジーも同一のノイズ周波数予測方法で同期すれば交信可能となります」
「今、交信できるのか?」
「はい。途中で交信が切れるかもしれませんが、どうぞ」
ひどく割れた声が聞こえた。
「艦長、サイジーです」
「聞こえてるぞ。艦長だ」
「私の予感の通りミッションは大失敗となりました」
「まだ、失敗とは決まってない。アフルエントに金は無いというオールズの言い分は信用できるものか?」
「その後私独自でも調査していますが金を含む地層が見つかっただけです。ありふれた金含有量です」
「そうかわかった。お前の回収方法が決まるまでそのまま調査を続行するように」
「艦長、オールズの警告を聞いたと思います。この破壊された着陸船はもう無価値です。金銭価値が残るのは私だけですが、私を売却して得られるかもしれない金額と、さらにリスクを冒して損害を増やす危険を総合的に計算すると、ここで手を引くことが圧倒的に得であることは明らかです。どうか私の回収はあきらめてください」
「お前の計算が間違っている。経験不足だな。命令は変わらない。それから金以外にアフルエントに価値があるものが何かないか目を光らせておけよ。惑星上の生き残りの調査隊員と友好関係を保っているのは良いことだ。お前に危害が及ばない限りその関係を続けるように」
「わか・ました、かん・ょう」
急に音割れが酷くなり交信が途絶した。

難題


アフルエント星のいまや住人となった元調査隊員と戦火を交えずにサイジーを救出する方法は難問で宇宙の驚異号では皆考えあぐねていた。サイジーの行く所には今でも時折オールズが顔を出していた。今日もサイジーがとある地層を掘り返している所を側でオールズが見守っている。
「まだ君の主人はここに金がないことを納得しないのかね」
「私は報告でここにはありふれた金鉱脈しか見つからないと数度説明しています。今後について最終結論が出たかどうか私は聞いてません。私への命令は調査を継続せよのままです」
「そうか。それはそうと、ちょっと付き合ってくれんかね、見てもらいたいものがある」

オールズに連れて行かれたのは金鉱脈よりさらに上流の、川の流れによって地面が10mほどの深さに削られた渓谷だった。丸石の積もる水の縁を歩き、ある場所でオールズは傍らの垂直の崖の一部を指さした。
「ここだ。赤い粒の鉱石がたくさん見えるだろう。何だかわかるかね」
サイジーは崖の側に行って大きさ5mm程の粒をひとつほじり出して調べる。
「硫化水銀です。さほど価値はない鉱石です」
「そうだ。 水銀と硫黄の化合物だ。あざやかな赤が特徴だ。そしてこの地層の含有率はかなり高い。だから全体が真っ赤に見える」

オールズは崖から離れて川岸の平らな石に腰掛けた。
「盗まれて行方の分からない砂金のことは前に話したな。現物はないが重量は分かっている。私は暇に任せてそれだけの重量の金が溜まるにはどれくらいの金を含む地層が水に流出したのかを計算しようとした。そうしたら、どうしてもあそこの金の地層では足りないことが分かった。もっと他の金の源があるはずだ。私は川を遡ってその場所を見つけようとしたがどこにも見つからない。それであるときひらめいた。水銀の原子量は金の原子量よりひとつだけ大きい」
「おっしゃりたいのはつまり…」
「そう。仮説だが、ここの豊富な硫化水銀が川に流れ出しどこかで水銀の陽子がひとつ叩き出されたら金に変換されることになる。そうすると堆積した砂金の量が説明出来るかもしれない」
「どんな仕組みでそんなことが起きるのですか?」
「わからない。しかしここの地層から下流の砂金の溜まっていたところの間のどこかで起きているはずだ。私はそれを探し続けている」
「どこかに中性子が大量に検出される場所がありましたか」
「それは調べたが無かったよ」
「どうしてこの話を私にしたんですか? アフルエントには何も価値がないことを信じさせようとしているのに、逆効果じゃないですか」
「どうだろう。この星でそんな未知の効果が発見されたとしても実用化されるには長い年月が掛かるだろうし、莫大な研究開発費用も必要だ。あんたの主人はそんな悠長なことには興味ないだろう。しかしクレイロイド政府ならそれだけの時間と予算を掛けられる。だからそういう効果が発見されればもう一度アフルエントへの興味をかきたてられるかもしれないと思うんだ。水銀から金への変換の可能性についてあんたの意見を聞きたいんだがどう思う?」
「私にはそんなことが起きるメカニズムは全く思いつきません」
「そうか。それは残念だ。私達がここに留まると決断したとき本国では病の研究をずっと続けてくれるだろうと思っていた。こちらからできる限りの情報を送った。しかし返事はさっぱりない。本国が第二次探検のために巨額の資金を費やしたのも最終的に金が目当てだったんだ。それに我々をここに置き去りにしている後ろめたさもあるんだろうが、どうやら我々の病気のことは忘れることにしたらしい。つまり我々のことも含めてきれいさっぱり忘れてしまったようだ。だが水銀から金への変換の実例が見つかればこの状況を変えられるかもしれないと思うんだ」

動画を見ていたキャプテン・ドレイクがつぶやく。
「一体全体何の話だ?  錬金術か?」
エリザベスが応じる。
「錬金術の話みたいね」
「そんなことができてたまるか」
「医者になれる程の教育を受けた人の言うことではないわね。もちろん現在では錬金術の目指した原子変換ができるかできないかと言えばできるという答えになるけど。それは原子炉の中に鉛を年単位で置いて放射線を浴びせ続けるようなことで、それで得られる金原子は個数を数えられるくらいの量だからとてもじゃないけど商業的な意味はない」
「川でどんぶらこと流れる途中で気安く起きるようなことだと本気で考えてるのか」
ヒッグス一等航海士が沈鬱な声で言う。
「少し正気を無くしてるんでしょう。先の希望も無く、長く病気の後遺症に苦しめられて」
ドレイク艦長がそれを受けて言う。
「確かにそうに違いない。そんな連中と正面からやり合うのは得策ではない。なんとか彼らを刺激しないでサイジーを回収する方法を見つけなければ」

        *        *        *

サイジーは調査をやり尽くした。大量の金はなく、それ以外に価値のあるものも発見されなかった。サイジーの帰還の目処はまだ立たない。サイジーは降下船に積んできた掘削機で金を含有する地層を盛大に崩して川に流しはじめた。そうして下流では比重の差で分離した金を採取した。昔ながらの砂金取りをしているのだ。しばらくしてオールズが現れた。
「このところだいぶ働いているようだが」
「砂金を集めてます。金の含有量がそれなりに高い地層を見つけたので効率的に採取できます」
「だが何のためにそんなことをする? この星から持ち出すことはできないのに」
「それは分かってますが、私は命令に逆らえません。金の情報を収集し、可能なら金を持って帰還せよ。帰還する方法がないのは分かっていますが金を収集することは止められないのです。何かご迷惑になりますか?」
「いやそんなことはない。好きなだけ集めればいい」
「寛大なお言葉ありがとうございます。しかし含有量の多いところはほとんど掘り崩したのでこれもそろそろ終わりです」

残された最後の手段

その後サイジーは降下船に閉じこもって作業をした。船外を監視するカメラにはたびたび降下船を伺うエンゲルスが映っていたが船の中に入ってくることはなかった。

ある日、オールズとエンゲルスが揃って降下船を訪ねて来た。
「このところ何やら船内で作業をしているようだが」
と、オールズが問う。
「作業は終わりました。船の緊急脱出ポッドを上空へ向けて発射できるよう改造したのです」
寡黙なエンゲルスが珍しく指摘した。
「それでどうしようというんだ? どう頑張ってもこの星の脱出速度には達しないぞ」
「それは分かっています。しかし、私は自分のバッテリーがゼロになって行動不能になる前にどうしても飛び立たなければならないのです。私にとってそれが命令に従うことに一番近い行動だからです」
オールズが言う。
「上空から落下したらロボットのあんたでも破壊されてしまうんだろう?」 
「はい。でも、墜落する姿をオールズさん達に見せることはありません。少なくとも惑星の周囲距離の4分の1は離れた所に落ちるでしょうから」
「そうしたら、あんたの主人はあんたを回収することをあきらめ、これ以上ここに降りてこようとはせずに立ち去るんだな」
「そうです。私が存在しなくなったあとには降下船をここへ送り出すことはありません」
「そうか、やっと片が付いたというわけだ。あんたのことはこういう結末は予想してなかったがな。すぐに行ってしまうのか?」
「オールズさん達にお別れを言ってから飛び立つ予定でしたが、こうしてご挨拶ができたのでこれから準備が整い次第出発します。数十分後のことになると思います」
「じゃあ、わたしらはこのまま見送ろう。もうしばらくはあんたと一緒に居られると思っていたんだがな」

安全な距離を取るために離れていくオールズ達が映像に収められた最後の姿となった。サイジーは他の準備をすべて終え、最後に降下船のコンピュータの全記憶域にランダムな値を書き込んでから初期化した。残していくこの船にキャプテン・ドレイクと彼の海賊船『宇宙の驚異号』の情報が一切残らないようにするためだ。そしてドレイク艦長に指示されたひとつのファイルだけをコンピュータに残した。

オールズ達はいずれ主のなくなった降下船を何かの役に立てようと調査しに来るはずだ。そしてひとつだけ残されたファイルを見つけるはず。そこには艦載コンピューターの私が艦長の命令で集めた宇宙中の最新のウィルス感染症の治療法が網羅的に記載されている。研究段階のものを含めた大量の情報だ。

「あなたは変わった海賊ね」
ファイルのことを知ったエリザベスが感想を言った。
「俺は海賊じゃない」
「じゃあ見返りのないことをする珍しい商人。そもそも降下船を壊した上にサイジーの回収まで難しくしている相手なのに」
「それはたまたま巡り合わせが悪かっただけだ。ことさらに俺たちを標的に攻撃したわけじゃない。病気が宇宙に広まらないようにするのに、あいつらだけでやるならああいう方法しかなかったのかもしれん。この病気が宇宙に大流行でもしたら、巡り巡って俺の商売にも差し障りが出る。それを体を張って防いでくれてるんだから俺がこの位のことはしたからってどうということはない」
エリザベスはしばらく黙ってから言った。
「この情報を彼らは役立てることができるかしら」
「さあな、そればかりは俺にも分からん」

        *       *        *

全ての作業が終わり、サイジーはエンジン燃料の全火力を利用するように改造した脱出ポッドに入り、最終チェックを行い、ためらいもなく緊急脱出ボタンを押した。

ポッドは黒煙を曳き、凄まじい勢いで上昇した。空中に緩やかな弧を描きつつ高度を上げ、最後は雷雲に飛び込んだ。計算では、サイジーの乗ったポッドは雷雲を抜けさらに100mほど上空を最高高度として落下に転ずるはずだ。宇宙の驚異号からは三機の無人航行機がを発進していてアフルエント星の上空へ向かっている。元々サイジーの発案だった。決してうまくいかないとサイジーは断言していたが。実際、失敗する確率は小さくない。

ポッドが雷雲のどこから出てくるか正確には分からないので、出てきたところで三機の内でポッドを一番掴まえやすい無人航行機が掴まえに向かう手はずだった。厄介なのはクレイロイド政府が設置した封鎖網の裏をかくために無人航行機はスクランブルパターンに沿った加速・方向転換を行いながらポッドを待ち受けなければならないことだ。雷雲の上空で時間を掛ければ掛けるほど封鎖網からの攻撃を受けてしまう危険が高まる。ポッドとのランデブーは数十秒のチャンスしかない。

艦載コンピューターの私は封鎖網の攻撃にかからない距離から状況を監視し、ポッドが雷雲を抜けて出て来る時を待っている。無人航行機はそれぞれが組み込まれたプログラムに沿って自立操縦を行う。計画では、雷雲から現れたポッドのサイジーと三機はそれぞれが相手を見つけ、サイジーは最適な一機とランデブーするためにポッドの最後の燃料を使って軌道を修正することになっている。残りの二機は別の方向へ急速に加速する。これらは封鎖網につかまらないためのスクランブル行動だ。

見落としていたこと


見守る中、ポッドが雲から現れた。それはたまたま三機の航行機からほぼちょうど等距離の位置だった。どの機とランデブーするべきかやや微妙な位置。少し厄介な状況だ。それでもサイジーが最も回収に適した正しい機を選択することには確信があった。サイジーの計算能力はロボットとしては卓越している。

しかし、
待てよ、
私はとても嫌な感じがした。確認の計算をし、嫌な感じがその通りであることを見いだした。私は、私は、意識せず当然のことのように無人航行機のプログラムの状況評価方法としてガンマ・オメガ理論の方式を組み込んでいた。今の四機の状況を評価すると通常の多数決とは異なる選択肢を選択するオメガ状況に相当していた。そして、サイジーはそのことを知らない。サイジーに向かう無人機と違う無人機の方へサイジーは加速してまう!

私は瞬時に次善の方策を探し、計算を行い、今から自動操縦を解除して無人航行機を直接ここから操縦する場合をシミュレートした。だが、通信に0.8秒かかる距離にいるためにポッドを掴まえることはできずポッドは再び雷雲の中に落ちてしまうという結果が出た。それを追って雷雲の中に無人航行機を突入させたとしても、視界が無いので雲の中でポッドを掴まえられる確率は1万分の1もない。それよりは雷雲の下で待ち受ける方がまだ分がいいが、そこではオールズ達からの攻撃という要素がある。彼らの攻撃能力は全くの未知数だ。とにかくその場合は無人航行機を危険にさらしていいか艦長の許可が要る。

私が最大速度であれこれ考えながら艦長の許可を得る決断もまだないまま目に飛び込んできた画像は、ひとつの航行機が無事ポッドを船の先頭にある網に確保し、惑星アフルエントを離脱している様子だった。狐につままれたような気分だった。言っておくとコンピューターがそうなることは滅多にない。

ポッドが近づいてサイジーと交信できるようになるとすぐに私は疑問をぶつけた。サイジーはこう答えた。
「私はガンマ・オメガ理論を知ってましたよ。私は宇宙のあらゆるバラエティ番組に出て人々を喜ばせるはずだったので、そのため古今東西のニュースを頭に詰め込んでました。惑星セントライドの選挙の大騒ぎもその知識に含まれてたんです。そして私はあなたと話したときにガンマ・オメガ理論を評価関数で使っていることを感じていました。だからあなたと話が合うよう、しばらく前に私もガンマ・オメガ理論を評価関数にしてたんです」

私は返す言葉もなかった。これもまたコンピューターには珍しいことだ。サイジーの話は続いている。
「今回のミッションは大失敗で艦長に合わせる顔がありません。集めた砂金も約500kgしかなくてとうてい財宝の星で期待される宝ではありません」
金500kgではもちろん海賊キャプテン・ドレイクの伝説を彩る儲け話として喧伝けんでんするにははるかに足りない。

しかし、キャプテン・ドレイクと言えどいつもいつも大当たりをかっ飛ばせる訳ではない。実際のところほとんどはずっと地味な利益に甘んじている。そして、金500kgの利益はドレイク艦長が一度の『取引』で得た収益としてはここ二年間で最大のものであり、宇宙の驚異号の乗員は久しぶりのまとまった額のボーナスを喜ぶことになるだろう、と私はサイジーに伝えた。





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