シェア
今神栗八
2022年2月6日 23:42
<プロローグ> P-01 プロローグ(1) P-02 プロローグ(2) P-03 プロローグ(3) P-04 プロローグ(4) P-05 プロローグ(5) P-06 プロローグ(6) P-07 プロローグ(7) P-08E プロローグ(8)<第1章「万三郎」> 01-01 第1章 万三郎(1) 01-02 第1章 万三郎(2) 01-03 第1章 万三郎(3)
2022年2月6日 18:47
六 斎藤と部下たちはたまったものではないだろうが、これが古都田社長なんだと万三郎たちは顔を見合わせてニヤリとした。「社長、元気じゃん……」 そうつぶやいた瞬間、いきなり古都田に名前を呼ばれた。「中浜くん!」「はっ? は、はい!」 万三郎はびっくりして反射的にその場に立ち上がる。古都田社長は間髪入れず、二人の名前も呼んだ。「福沢くん! 三浦くん!」「はい」「はい」
2022年2月6日 18:44
一 何を言っているのか分からないが、ひそひそ話が交わされている。二、三人の男たちの低い声……。それがごくゆっくりと、意味のありそうな音の連続として意識の城壁の外から呼びかけている。だが、まだその会話の文脈を分析するだけの理性は戻っていない。ただ、聞いている。「二人とも、息がある……」「あの……白衣と袴で良ければ、着替え持ってきましょうか」「恐れ入ります。お言葉に甘えます」「こち
2022年2月6日 18:37
十六 その時、掃き出し窓越しに、中庭に自転車が降って来るのが見えた。大枝の時とは違い、平屋建ての前方部分の屋根を越えて吹き飛ばされてきたのだ。映画ではない、実際の光景ではおおよそ考えられないことが起こっている。自転車は能舞台に斜めに飛び込んできて、大枝の頭をかすめ、さっき三人が瞑想していた辺りを直撃したのち、さらに奥まで舞台を滑って、松が描かれた一番奥の壁にぶち当たって大破した。車輪が横の橋掛
2022年2月6日 18:34
十一 一台目カタパルト、万三郎。 二台目カタパルト、ユキ。 三台目カタパルト、杏児。【hope】たちの誘導、案内役、ちづる。 ようやく妨げなしに【hope】の打ち上げが再開された。「次!」 打ち上げ後の機械のメンテナンスを目視で行いながら万三郎が叫ぶと、次の【hope】がちづるに指示されて登場する。「よろしくお願いします!」 万三郎は【hope】と握手をする。握
2022年2月6日 18:32
六 辺りの空間全体が、ぐにゃりとゆがむ。自分の足で立っていた雉島が吹き飛んだ。彼が放射していた念波のエリアも一瞬で消滅した。打ち破られたばかりの恵美の念波のエネルギーも雲散霧消した。そして、恵美も、ちづるも、杏児も、古都田も、新渡戸も、スローモーションのように吹き飛んだ。 皆が吹き飛ばされた方向と反対側に、万三郎とユキが立っていた。二人は、さっき杏児がちづると一緒に念波放射した時と同じ、並
2022年2月6日 18:29
一 古都田に意識がないのを認めた新渡戸は、それ以上古都田を攻撃しようとはしなかった。横を向いて、棒を持っていない方の手を口に当てて、吐き気に顔をしかめて上体を屈めた。「おじ様ッ!」 恵美が古都田に駆け寄って跪き、大きく揺さぶる。新渡戸が悲痛な声を絞り出した。「恵美ちゃん、すまない。親代わりの人を……。でも、こうするしかないんだ」 恵美は、ネガティヴィティー波を受けた胸のむかつき
2022年2月6日 18:20
十六 そう言ったのは万三郎ではない。ユキが雉島の右背後から、万三郎の手首をつかんでいる雉島の上腕に斜めに手刀を振り下ろしながら言ったのだ。ところが、雉島は背後のユキに気付いていた。肩口から肘関節のあたり目がけて振り下ろされてくるユキの手首を、雉島は左手で素早くつかんだ。「あっ!」 ユキが叫ぶ間もなく雉島は、手首をつかんだままの左手を、自分の頭の周りをぐるりとめぐらせて、万三郎とは反対側
2022年2月6日 18:18
十一 スピーカーから発せられたその宣言は、辺り一帯に焚かれたかがり火の光の届かないずっと先の方まで響いていった。光の向こうまで、すでにワーズたちで埋め尽くされているようだ。その声が群衆を撫でつけたかのように、チャントはざわめきへ、ざわめきは静寂へと入れ替わっていく。「前の人から順番に、ステージへ」 最初の三人の【hope】が上ってきた。皆、吊り半ズボンに白ソックス姿だ。顔も本家と同じに
2022年2月6日 18:16
六 その時、杏児の隣りで万三郎が手をポンと打った。「分かった! このテンション、祖父谷たちが先にレシプロして、ここでワーズたちを盛り上げておいてくれたんだ」 すると、【hope】が笑いながら万三郎に答えた。「ああ、そういえば、さっき祖父谷さんたちが来た。僕に以前のことすごく謝ってきて、それから皆の方に向き直って、急に古代の神官ばりに偉そうに胸張って両手広げて言ってたよ。『聞け、
2022年2月6日 18:13
一 防犯、防災の両方への用心から、雨戸のある家は雨戸を全て固く閉ざし、商店や事務所はシャッターを下ろしていて、人はもちろん、野良猫一匹街を歩いていない。 長引く停電で外灯はおろか信号すら消えている。樹木が暴風に翻弄されて起こる枝擦れの音も、路面を激しく叩く雨音のホワイトノイズに塗りつぶされ、他には何も聞こえなかった。 内宮の神苑を縁取って流れる清流五十鈴川。この川にかかる宇治橋のたもと
2022年2月6日 18:08
二十一 万三郎は、次に京子に手を差し出して、その手を握りながら言った。「京子さん、今日どうしたの? とっても可愛いじゃない」 京子はちょっとムッとして言った。「なんか、今まで可愛くなかったみたいな言い方やな」「いや、まつ毛。今日、すごく自然でいい感じじゃない?」「イヤやわ……」 京子はちょっと顔を赤らめて目をそらした。万三郎の記憶の中で、いちばん四葉京子らしくないリアク
2022年2月6日 18:06
十六 民間車通行止めになっている名古屋高速はスイスイ走れるだろうと予想していた杏児の期待は裏切られた。凄まじい横風に恐ろしいほどハンドルを取られるのだ。ジャンクションを経由して伊勢湾岸自動車道に入ると、伊勢湾を渡ってくる暴風が横からまともにぶち当たり、ハンドルを切り誤ると、車体が浮いてひっくり返ってしまうのではないかと思われた。ヘリの副操縦士が、普通の台風の真っただ中と同じレベルだと二時間前に
2022年2月6日 18:04
十一 琴代志乃は、そこにいるように見える。鑑三郎の目には。 今の鑑三郎は、二枚の布を上下にうねる縫い針のように、リアル・ワールドとことだまワールドをほとんど瞬時に、自在に行き来していた。その意識の往復運動があまりにも早く、あたかも彼は、両方の世界に同時に存在しているように見えた。今や鑑三郎は究極のレシプロケーターだった。 志乃は、ことだまワールドで、鑑三郎が気に入って購入したこの中古の