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(20-06-10)擬人化された英単語が地球を救う。はあ?【小説】ことだまカンパニー 第二十章 伊勢(6)~(10)
六
その時、杏児の隣りで万三郎が手をポンと打った。
「分かった! このテンション、祖父谷たちが先にレシプロして、ここでワーズたちを盛り上げておいてくれたんだ」
すると、【hope】が笑いながら万三郎に答えた。
「ああ、そういえば、さっき祖父谷さんたちが来た。僕に以前のことすごく謝ってきて、それから皆の方に向き直って、急に古代の神官ばりに偉そうに胸張って両手広げて言ってたよ。
『聞け、ここに集えることだまの民よ。優れた三人のETたちが、まもなくここ、ことだま伊勢神宮に降臨するであろう。民よ! その時には歓喜の叫びをもって迎えるが良い』……って。僕は、それが万三郎さんたちのことだと分かっていたので笑えたけれど、ここに集まっている【hope】たちの多くは皆、地方出身なんだ。いつも顔を合わせているのは、地方のチンステでシートレの編成を担当するソウルズ社員のクラフトマンくらいで、支店長以上の上司に出会ったことがないんだ。だから、ETである万三郎さんたちは、ここではもうハリウッド・スター並みの存在だよ。例えば、ユキさん、ちょっと立ち上がって、手を振ってみて」
言われるままにユキが立ち上がってみた。途端に群集は、「みどり」の連呼を止め、「おお」と言って固唾を飲む。ユキはぎこちなく、こわばらせた笑顔のまま右手を顔の横で軽く振ってみた。
「ハ、ハーイ、みなさん……」
ユキのつぶやきはどこかに設置された集音マイクで拾われ、三人の椅子が置かれた祭壇――いや、「ステージ」と呼んだ方が適切かもしれない――の両脇に積まれた大型スピーカーから、エコーを伴って彼らに発せられた。
「ハ、ハーイ、みなさん……」
ETの言うことを一言も逃すまいと息をひそめていた群衆は、ユキのその言葉に、地響きのようなうねりで応えてくる。
「うおおおおー!」
唸りの波が引くのと入れ替わりに、ユキを連呼する新たな波が押し寄せた。
「フックザワ! フックザワ! フックザワ……」
当惑し、羞恥で表情がこわばっているユキのスーツのすそを引っ張り、【hope】は着席を促しながら、杏児に説明した。
「このパターン、さっき祖父谷さんが練習させてた」
杏児は苦笑する。
「スタジオ前説のADみたいな奴だなあ」
七
ユキが着席すると、誰が先導しているのか、群衆の連呼の内容は、「フックザワ!」から、「M、I、D、O、R、I、ミドリ!」へとクロスフェードしていった。杏児が舌を巻く。
「彼ら、何か勘違いしているんじゃないのか? アポフィス衝突まであと数時間だと言うのに、まるでコンサートかスポーツの国際試合が行われるかのような盛り上がりようだ」
【hope】が若干胸を張るようにして答える。
「そりゃそうだよ。それが、僕らの真骨頂だもの。彼らは、今何が起こっていて、どうしてここへ集まっているのか、ちゃんと分かってるよ。その上であのテンションなんだ。本来、僕らは楽観的で希望に溢れているんだよ」
「あっ、暗くて頬までは見えなかったから気付かなかったけど、ひょっとして彼らは皆、【hope】なの?」
杏児の言葉に、【hope】はちょっとあきれたようにチラリと杏児を見下した。
「全国の【hope】に召集かけたのは、あんたたちじゃないか」
杏児は苦笑いして言った。
「これだけ【hope】がいるということは、総理のテレビ演説を受けて、口に出して祈りをささげている国民がもうすでに相当数いるということなんだろうね。これから深夜にかけて、まだどんどん【hope】が増えていくってことか」
【hope】は小さくため息をついて話を続ける。
「東京でも地方でも、ほかのワーズたちだって皆、力になりたいと思っているんだよ。ましてや伊勢の神宮など、ことだまワールドのワーズたちにとっては聖地だから、みんな来たくて仕方なかったはずだよ。ただ【hope】が来いというのが、あんたたちETの命令だから。そりゃあ、この群衆の中には、居ても立ってもいられなくて、【hope】たちに混じってこっそり一緒に来た他のワーズもいるようだけれど、多くの村々では、餞別として皆がエネルギーを出しあって、それを【hope】に持たせて送り出したんだよ。彼らは村のみんなの期待を背負って来ているんだ」
「なるほど……」
頷いた杏児に、籐の椅子に腰を下ろして多少冷静になったユキが言う。
「でも、これだけテンションが高いってことは、エネルギーに溢れてるってことだから、いいことよね」
【hope】が首を横に振った。
「磁気嵐の中、全国各地からここへ集まってくるだけでも、彼らは相当なエネルギーを使っているはず。それに、ここ、ことだま伊勢神宮は駐車場から遠くて、長距離運転してきた上に、特設駐車場から、ぎゅうぎゅう詰めのシャトルバスで会場入りした連中も多いんで、だいぶ消耗しているはず。もともと僕ら【hope】は、カラ元気を出す性格だから、あのテンションになってるけどね」
万三郎が腕を組みながら言う。
「そんなにエネルギーを消耗しているのは良くないな。日本各地からここへバスで集結するのと、ここからアポフィスへ全力で飛んで行くのとでは、消費するエネルギー量がまったく違う。これからの方が大変だ」
すかさず【hope】が指摘する。
「だからこそ、あんたたちETの力が必要なんだよ」
八
万三郎は苦笑いした。
「まったくその通りだね、【hope】。それが俺たちの存在意義だ」
万三郎は思う。そもそも古都田社長は、英語の能力以前に、万三郎たちが若いことをもって、ETとして採用したのだ。今、その理由が分かるような気がしていた。
社長が重視した、若さ。それは、一途な思いの強さなのかもしれない。英語で言うなら、たとえ下手くそでも、間違いだらけでも、相手にこちらの意思を何とかして伝えようとする、その熱意の強さといえる。
それに、若さは、失敗を恐れないことなのかもしれない。若いから経験がない。だから失敗する。現に、自分と杏児は、無茶苦茶なシートレの編成をして、空中分解させてしまった。だが若さは、その失敗から立ち直り、貪欲に学び、失敗によって自分を向上させるパワーを持っている。だから必要以上に失敗を恐れることなく、自分らしさを発揮できる。実際俺たちは、英語能力を向上させ、国連演説を成功させたではないか。
ニューヨークで必要とされたのは、熱意に加え、ワンチャンスで聴き手の心を打つ、英語の構成力であり、失敗は許されなかった。それをやってのけたのは、ことだま時間で一年に及ぶ英語学習の賜物であったに違いない。
それに対して今、グレート・ボンズを形成するのに必要なのは、英語の構成力ではない。構成も何も、ワーズたちはほぼ全員、【hope】なのだ。シートレを編成することではなく、【hope】たちをいかに高エネルギー状態で次々と送り出すことができるか、つまり、若さのエネルギーをどれだけ発揮できるかが問われる。だが、ETになりたてのあの日と違うのは、ニューヨークと同様、失敗は許されないということだ。
基本的には、ワーズを送り出す時に、ETが自らのエネルギーを少しずつ分け与える、という行為であり、それはワーズの背中をポンと叩いてやるだけでも注入することができるようだと、国連演説の時に経験済みの杏児が言っていた。であれば、そうすること自体は簡単だ。
だが今の万三郎は、自分のエネルギーに自信がなかった。そしてそれを口に出すこともできなかった。
国民からのことだまエネルギーを無為にしたくはない。だが、問題は、その数があまりにも膨大だということだ。祈りがピークを迎える、また、衝突を避け得る最後のチャンスである夜十二時頃には、自分も含め、救国官は三人とも力尽きているのではなかろうか。
「ローンチング・ステーションはここにはないわよね。ということは、やっぱり私たちの力で送り出して、最終的には自力飛翔……」
ユキも万三郎と同じく、無数のワーズを送り出すのに必要なエネルギーの大きさに思い至っているのか、不安げに語尾を飲み込む。
みどり組の連呼がようやく収まったのと入れ違いに、一番手前の高床倉庫の前辺りにいる【hope】たちが、騒ぎはじめた。倉庫の扉が半開きになっていると、ジェスチャーで主張している。
「何だろう」
万三郎の好奇心に応えるように、隣にいた【hope】がマイクを通して、高床倉庫の近辺の【hope】たちに、扉を開けてくれるよう伝えた。二、三の此彼の意思の疎通を経て、数十人の【hope】たちが倉庫の中からひっぱり出したのは、三メートルほどの大きさがある、同型の三つの機械だった。耳を澄ますと、倉庫近くの【hope】の一人が大声で叫んでいる。
「紙片がついてます。『類いまれなる能力の持ち主、中浜万三郎様へ』とあります」
それを聞いた万三郎の隣にいる【hope】オリジナルが即座に指示した。
「三台とも、ここへ運んでくれ!」
九
「なんだ、これ……」
ハーレー・ダビッドソンのバイクのようでもあり、幼児が遊ぶプラスチックの滑り台に似ていなくもない。いや戦国時代の大砲のようにも見える。至近で見ても、この機械が何なのか、三人にはよく分からなかった。補強の目的だろう、がっちりしたつくりの金属パイプの曲がった部分に、かがり火の炎がちろちろと鈍く反射していた。
シャキン、シャキン、ジャキーン!
「うわっ!」
三大並んだ機械の、一番向こうの一台が、急に滑り台のような部分を二段三段に伸ばした。釣竿が伸びるような感じでその先端が五、六メートルほど夜空に突き出た。
「杏児、どうした」
「ここにボタンがあって、押したらこうなった」
杏児が指し示す、装置の側面を見ると、なるほどいくつかボタンらしきものが配置されたパネルがある。万三郎は自分の目の前の一台の同じ位置を覗き込み、やはりそこにあったボタンを押してみた。
シャキン、シャキン、ジャキーン!
シャキン、シャキン、ジャキーン!
隣を見るとユキの前の装置も、斜め四十五度にその滑り台が伸びた。
万三郎は、自分の目の前の一台が伸びた時はらりと足元に落ちた紙片を認め、拾い上げた。
「あ……なるほど」
三台の機械を用意したのが祖父谷だということは、さっき【hope】が読んでくれたメモで察しがついていた。
万三郎は、隣の機械の前にいるユキと、その向こうにいる杏児に声をかけ、紙片を読んで聞かせる。
「移動式のローチング・カタパルト、即席発射台です。足りない脳味噌を使って考えたところ、きっと必要になるだろうと、優秀なあなた方がニューヨークで仕事をしている間に、新渡戸部長にお願いして、ことだま運送便でKCJ本社からここへ送ってもらっておきました」
杏児が感嘆の声を上げる。
「祖父谷義史、ブラボー!」
それを受けた【hope】たちが、そこにいない祖父谷を手拍子で一斉に讃え始めた。
「ソ、フ、タニ! あそれ、ソ、フ、タニ!」
十
今、日本各地からここに集まってきた【hope】たちは、威勢の良い歓声を上げてこそいるが、磁気嵐に逆らって旅してきたことで、すでにいくばくかのエネルギーを消耗している。ましてや、これからはるかに長い距離、宇宙を加速しながら旅して、どうしても徐々にエネルギーを失いながら、それでも最終的にわずかに残ったエネルギーをアポフィスに次々とぶつけていくのだから、エネルギーをいかに節約するかというのは大きな課題だった。
そういう意味では、この三台のカタパルトによるワーズの発射は、この場において最高の選択だ。
国連建物内の飛翔など、短距離の水平飛行なら、どうということはない。だが、垂直方向、かつ長距離のワーズの自力飛翔となると、話はまったく変わってくる。ウルトラマンが宇宙に帰るときのように、格好良く飛び上がれるわけではない。地面から必死で空気を掻き、もがきながら少しずつ上空に浮いていくのである。初速が遅いと非常にエネルギーを消耗するので、本来、まずETたちが、少し浮いたワーズの足裏を持って、そうれ! と上に押し上げる要領で加速してやらなければならないと覚悟していたのだ。カタパルトは、その労力、エネルギー・ロスを大幅に軽減できそうだ。
もちろん、ETたちは【hope】たちを送り出すのに、やはりエネルギーは使うようだ。このカタパルトを観察することで三人は、これらが手動、つまりアルファベットの「Y」の字の両端にゴムを結びつけたゴム銃と同様、押し出し部を後ろに引っ張るのに人力が必要な仕様になっていることを知った。だがそれでもなお、セットされたワーズは、カタパルトによって一気に解放されるエネルギーのおかげで、相当上空まで加速度を持って自力を消耗せずに飛ぶことができる。そこからなら、地球の磁気圏を振り切って宇宙空間に飛んで行き、目標にたどりつくまでに力尽きることはないだろう。
【hope】たちの掛け声は、いつしか「祖父谷」から「KCJ」へと変わっていた。
「ケイ、スィー、ジェイ! ケイ、スィー、ジェイ!」
右手を突き上げて勇ましいことこの上ない。
ステージの上から彼らを見回して、万三郎は思わずユキに訊いた。
「ユキ……彼らは、死にに行くのか」
ユキは前を見たまま、しばらく黙っていたが、やがて独り言のようにつぶやいた。
「知ってるでしょ? 彼らは死なないのよ」
万三郎は横からユキの目をのぞき込んで念を押す。
「きっと?」
するとユキは少しの間沈黙して、それから言葉を噛みしめるようにして答えた。
「人間が、生きている限り、想いは言葉になって、生まれるの。言の葉。葉っぱがエネルギーを失って、枯れて地面に落ちても、樹が死なない限り、それはいつしか、樹が成長するための養分になる。エネルギーは循環するの」
今度は万三郎が黙る。しばらく黙ってから、さらに訊いてみた。
「樹が……人間が、死んだら?」
ユキは、前を向いて唇を噛んだままだったが、やがて万三郎を睨んだ。
「万三郎、私たちが死んでも、樹は何十億本もある。中には生き残る樹だって……」
「ようし、じゃあそろそろ始めるか!」
チャントを背景にした二人の会話が耳まで届いていたのかいなかったのか、杏児が気合いを入れた声を出して、二人を遮った。杏児はユキと万三郎の方を見る。ユキは杏児に頷くと万三郎を振り返る。万三郎も真剣な表情で頷く。
すると、三人の傍らについていた【hope】オリジナルが、笑みをたたえて万三郎に歩み寄ってきた。
「万三郎さん……いや、中浜救国官。ニューヨークでは心配をかけました。今、僕はあなたと最後の仕事ができることを光栄に思ってる」
「こちらこそ。頼むよ」
二人は視線を絡め合って、固い握手を交わした。
【hope】オリジナルは、国連演説のクライマックスで心を通い合わせた二人の上司、ユキと杏児とも同様に握手を交わした。そして、集音マイクが充分拾えるだけの声を張り上げて自分の複製たちに宣言した。
「みんな、始めよう」
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