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Back to the late 90’s 第4話 キャンパスライフ
夜な夜なクラブ遊びをしながら、昼間は大学生活を送るも、当初は大学でHIPHOP好きには出会えずで、退屈なキャンパスライフを送っていた。時代的にもまだHIPHOPがアンダーグラウンド扱いされていた頃で、それなりの生徒数で知られる大学に通ってはいたが、私が大学1年の頃は、B-BOY系の学生をキャンパスで殆ど見かけなかった。これが大学も卒業しようとする頃には、B系の学生もかなり増え、カバン代わりにマンハッタン・レコードの袋を、ぶら下げて通う学生の姿も見かけるようになった。そして街中でも同じ光景の若者を見るようになった。
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世代で言うと、私より年上や私の年代ぐらいはアメリカのカルチャーが好きだった人や、バスケットボールやボクシングなど黒人選手の人口が多いスポーツをやっていたり、それに興味がある人はHIPHOP好きになる傾向が高かった。LAKERSをはじめNBAの色んなチームで活躍したSHAQUILLE O’NEALや、プロボクシング世界4階級制覇王者ROY JONES JR.はHIPHOPアーティストとしても活動し作品もリリースしていた。
そして2、3歳下の世代はハードコア、ミクスチャーからHIPHOPへ傾倒してきた人が多かったと思う。私が大学3年ぐらいなった位から、キャンパスでB系の学生を見かけるようになり、ある時、彼等と話す機会があって「君達もHIPHOPが好きなのかい?」と尋ねたところ「いや、俺達はハードコアなんですよ!HIPHOPも好きですけどー」と答えが返ってきた。そんな大学の後輩達の中からMC MACKOやMC MOGGYYと言った2000年代以降の関西HIPHOPシーンを支えるアーティストが登場する事になる。
再び大学1年生の時代へ話を戻すと、英語の授業で、私の隣席になった学生が、ただ者ではないイカツイ雰囲気だった(←「お前が言うな!」と突っ込まれそうだか、苦笑)。スキンヘッドに鼻と上唇の間部分とアゴに蓄えたを髭を繋げて、二重ながらも鋭い眼孔の持ち主の男が座っていた。当初はコワくてよう話しかけられなかったのだが、やがて話すようになり、彼がとても優しくて良いヤツだった。
彼の名前はマンテンと言って、私より1つ年上で2年生だった。1年の時に英語の単位を落としたために再履修で、私と同じ授業を受ける事になった。私は隣にマンテンが座った当初から「この人、イカツイよなあ!けど、どことなくラッパーみたいな感じするよなー」と思っていたが、上記の理由で暫く話せずにいた。だがある時、ひと言、ふた言、言葉を交わした事がきっかけで、色々話すようになったのだ。それから、彼に思いきって聞いてみた。
「マンテンてHIPHOP好きなの?音楽活動とかしてるの?」
これに対してマンテンは「俺はしてないけど、大学にHIPHOPのDJしてるツレおるわ!紹介したるわ!」と快く言ってくれたのだ!
「わあ!やったあ!嬉しい!ありがとう」と、そんなやり取りをして間もなくマンテンから建築学科のヒラを紹介してもらい、そのヒラから「今度、俺らの溜まりに来ーよ!」と誘われ、大学近くのDARA DARAと言うバーへ行く事になった。
そこで、私の音楽活動のきっかけとなる出来事があった!!!
つづく……
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この写真はヒゲも無く、髪も坊主頭から少し伸びたぐらいだが、日頃はスキンヘッドで、モミアゲとあご髭、口髭が繋がり、左耳には太いリングのピアスをつけていた。今も元気にしているんだろうか?
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