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鳥の声と、音階と②

「鳥の声と、音階と」で、沖縄の地鶏であるチャーンと、琉球古典音楽の関連について書いた。

琉球古典音楽では、" 唄はチャーンに習え" という言葉がある。でも、ありふれた鳥の鳴き声が、古典音楽に影響を与えるなんてありえない、と数年前の私は考えていた。

鳥のさえずりを楽器で再現し音楽に取り入れる。または直接、サンプリングした鳥の鳴き声を楽曲に取り入れる、という形ならなんとなく馴染みがある。

でも、長時間熟成して形作られてきた古典音楽が、たかだか鳥の鳴き声の高低や声色の影響を受けるとは考えられなかった。我ながら、非常に自然を軽視していたと思う。

だって、古典音楽は厳正で厳格で、規律があり、自然とは正反対な性質を持っていると思っていたからだ。古典音楽ってそういう感じ、しませんか?

しかしある日、シンガー・ソングライターのメクリト・ハデロのTEDスピーチを見て、私の概念は大きく覆された。

人の声と鳥の声

彼女はスピーチのはじめに、美しい人の声に聞こえる音源を再生し、会場に響かせた。それは、 1987年ハンガリーで録音された ピーター・ソーケ作 『知られざる鳥の音楽』の一部分らしく、モリヒバリという鳥の鳴き声を、人の声と聞き間違える程度に再生速度を落としたものであるという。その音は、まるでオペラ歌手の歌声に聞こえる、ということを紹介していた。

私には、それはオペラ歌手とまでは言えないが、確かにビブラートをきかせた人間の声に聞こえた。そして、彼女は、昔の人は鳥の声から歌を倣ったのかもしれません、と話した。

なんと!
これは、" 唄はチャーンに習え" という言葉と一致するのでは?!

鳥の声とエチオピアの音階

次に彼女は、エチオピアでは鳥が音楽の起源に欠かせない要素であるという話をする。エチオピアで、1500年前のアクサム帝国で生まれたヤレドという青年の物語である。
ヤレドは7歳の時に父親を亡くし、叔父のもとで生活することになる。叔父は伝統的に学問や教育に力を入れているエチオピア正教の神父で、ヤレドはたくさん勉強させられることになった。
以下はTEDの日本語訳の引用である。

ある日 木の下で勉強していると3羽の鳥が来て、1羽1羽がそれぞれ ヤレドの師になり音楽を、というか音階を教えたのでした。 ヤレドは後に聖人として世に知られますが、この音階を使って作った5編の聖歌と賛美歌は 礼拝や祭事に使われました。ヤレドはこの音階を作曲に利用し、エチオピア固有の記譜法も考案しました。この音階が クニェッツ(kiñit) として知られる、5音音階式のモードに進化しました。 このスタイルは現代のエチオピアでも今だに頻繁に使われ 進化し続けています。

TED speach「日常の音に隠された思いがけない美とは」日本語訳より

エチオピアのクニェッツ(kiñit)とよばれる音階は、「ファ」と「シ」の音がない、5音で音階が出来ているといわれる。(https://no-value.jp/other/43808/  『日本の音楽に似ている!?エチオピアの音楽
』yukinco)

だから、クニェッツ(kiñit)とよばれる音階は、日本の民謡や伝統音楽とも似ている。特に、明治以降の民謡で多用される「ヨナ抜き」と呼ばれる音階と同じである。
私は音階について詳しくはないので、下記のサイトを読んでみた。

日本の民謡や伝統音楽では5つの音から成る音階が基本となってできているものが圧倒的に多く、いずれもレを中心の音とする民謡音階(レミソラド)、律音階(レファソラド)、都節音階(レミ♭ソラシ♭)、琉球音階(レファ#ソラド#)の4種類にほぼ整理することができ、レだけでなくソやラの音も中心の音になります。実際の曲の中では、やはりこれらが混じったり変化したりもしますが、このように5つの音から成る「5音音階」は、日本だけでなく世界の多くの地域に見られます。

 面白いのは、明治以降の日本で頻繁に使われている「ヨナ抜き音階」と呼ばれる音階で、民謡音階と同じ5つの音から成るのですが、中心となるのがレではなくドの音で「ドレミソラ」という音階です。日本ではある時期にドレミファソラシを「ヒフミヨイムナ」と称していて、長音階からファにあたるヨとシにあたるナが抜けていることから「ヨナ抜き」と呼ばれるようになりました。

https://www.tokyo-harusai.com/harusai_journal/japanese_songs_x/
(寺嶋陸也 「東京・春・音楽祭2020」公式プログラムより)

鳥の鳴き声がエチオピアの音階を形作った物語が語り継がれているところがとても面白いと思うし、その音階の形は広く世界で見られ、日本の、特に明治以降に広く使われる民謡にも共通している音階であるところがまた不思議だ。

それなら、沖縄の "唄いチャーン" が沖縄の琉球王国時代以降の音階に影響を与え、形作ったという可能性が全くないわけでもないような…。ちょっと強引か…。(笑)

自然の音と音階

さらにメクリト・ハデロはTEDスピーチの続きでこのようなことを語っている。

さて、 私の大好きなこの物語は様々な面で真実だとわかります。聖ヤレドは歴史上に実在した人物です。そして、自然界は 私達にとって音楽の師でもあります。

例をあればきりがありません。コンゴのピグミー族は、楽器を森の鳥の鳴き声に合わせて調律します。

自然の音風景の大家、音楽家バーニー・クラウスによれば、健全な環境の下では動物や虫たちの鳴き声が低音、中音、高音域を構成しており、これは交響楽とまったく同じなのです。

鳥や森の音に影響を受けた音楽は数え切れないほどあります。そう、自然界が 人の文化の師になり得るのです。

TED speach「日常の音に隠された思いがけない美とは」日本語訳より


そうだよな。
楽器はもともと自然から生まれたもの。そして自然の中で暮らしていれば、音の調律や音階が自然環境の影響を受けるのは当然のこと。

そう考えるとメクリト・ハデロの言葉はとても腑に落ちるもので、特に「自然界が人の文化の師になり得るのです」という言葉に感動してしまった。

私は染めや織りに興味があって、時々現物を調べる機会がある。民族衣装は、その色彩や繊維を見れば原料となる植物や染料が分かる。おのずと、その土地を構成している自然環境を知ることができる。輸入した繊維や染料があれば、その国の交易も知ることができる。

民族音楽や伝統音楽も、楽曲や音色、音階を聴けば、その土地の動植物などの自然環境を知ることができ、また、交易を経て影響を受けた地域などを知ることができるのかもしれない。

環境音から音楽へ

メクリト・ハデロのスピーチは、自然や環境が、私たちの生活に、言語に、そして音楽にどれほど大きな影響を与えているのかを気づかせてくれる。

私は絶対音階などはないので、環境音を聞いてその音階がどうなっているのかは分からない。どう自然界からインスピレーションを受けて音楽が生まれるのか想像もつかない。

けれど、メクリト・ハデロのTEDスピーチの最後、彼女がキッチンの鍋の蓋のリズムから生み出したという音楽が、何というか…すごかった。

”うちのキッチンの鍋の蓋は、なんてクールなリズムを奏でるのかしら!”と茶目っ気たっぷりに微笑み、「もう、楽しくて仕方がないの」とでも言いたそうな感じで、偶然そこから生まれたリズムをベースに作った音楽を再生するシーンがある。彼女の笑顔と動きと、グルーヴ感のある音楽と、内側からあふれ出てきた創造性が伝わるフレーズだった。動画の 9分30秒~10分30秒あたりまで。

なるほど、こうやって音楽はできてくのか!と納得。時間のある方はぜひ見て欲しい。

Meklit Hadero TED talk, The unexpected beauty of everyday sounds, Posted Oct 2015

本当に、目からウロコのスピーチだった。