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日々にストレスは必要か?高尚で無欲な生活は幸せか?竹林の七賢体験を経て。

竹林の七賢という人々をご存じだろうか。中国は三国時代、魏の末期に人里離れた竹林に済み、日々知的な談義を楽しんでいたといわれる7人の賢い人々である(諸説ある)。

高校時代、倫理だか世界史だかの授業で彼らの話を聞き、当時資本主義を敵視し、流行を軽んじるというやや特殊な中二病を患っていた私はその高尚さにいたく感激し、憧憬の念を抱いたのであった。

さて時は流れ大学卒業後、潜在的な欲望が引き寄せたのかもともとそのような運命にあったのか、縁あって、程度はさておき彼らに近しい生活をするようになった。一日労働5時間。週休2日。超絶がつくホワイト企業で、残業はマイナス。上司は常に私達を守って業務に専念させてくれるデキる女性でストレスは皆無。給料は低いが清貧な一人暮らしを養える絶妙な水準。知的好奇心に溢れ、専門知識をもった個性的な同僚たち。教育業というある種世俗・市場からやや離れた世界。営業活動は皆無で自分の知識の研鑽と学習指導に集中できる環境。私の希望に絶妙に適し毎日とても楽しかった。

自分の講義を作りながら、歴史でわからないところがあれば司法試験受験勉強中の歴史オタクの先生に尋ね、政治経済がわからなければ、やたらそのあたりに精通した投資家であり経営者でもある先生に尋ね、新しい元素が日本で発見されたというニュースがあれば物理系の博士号持ちの先生と共有し。日々、まったく実利的でない話に花を咲かせていた。地租の3%は高いのか?三角形の合同証明の「それぞれ」は必須か?日本は三権分立してると言えるのか?日本は共和国か?王国か?帝国か?…。

知的好奇心は刺激され、満たされ、ストレスはなく、時間にゆとりもあり、職場の雰囲気も良く本当に楽しかった。退職して数年経つ今も付き合いのある友人もいる。

しかし、しかし。私はその5年の竹林の生活で学んだのだ。「ある程度の社会性とストレスは必要である」と。そんな生活、最初は良かったのだ。最初は。

一年、二年と経つに連れ、楽しく恵まれた日々とは裏腹に、心の奥底に「社会に取り残されていく感覚」「成長できてない感覚」「ただの知識オタクになっていく感覚」がムクムクと沸き起こり、不安に形を変え、私を苛むようになっていった。

このころはテレビも見ておらず、情報といえば情報といえばもっぱら仕事(教育、学術)に関するニュースと五教科に関する本(歴史、英語、政治経済、古文など新書や岩波文庫、古典多し)。社会的多数の人々の「今」から離れたところにいた。

また、オンライン講師という性質上、日々接する相手は中学生。顧客である彼らに私達は「先生」と呼ばれ(保護者対応は別の担任の先生が行っていた)、ビジネスマナーなどを学ぶ機会も少なかった(上司たちもみな厳しさがなく、朗らかで優しかった)。

友人も講師の同僚中心となり、趣味は読書に加えお金のかからないピアノ、つまり個人でできるものに終始。

経験に基づかない高尚な知識ばかりが増え、先生先生と持ち上げられ偉い気になってゆく自分。「この世界だけで通用する内弁慶」として一般社会と乖離してゆく感覚を抱くようになったのだった。

さらに、収入は低くとも心は満たされていることから物質的な欲求がほとんど湧かず、どんどん「なくてもいいや」の精神が育まれていった。足るを知るといえば響きがいいが、どちらかというと満ち足りているというより無気力に近かった。この感覚が育つと、世の中の商業的活動が感覚的に受け入れ難く嫌悪を抱くようになり、ますます社会を遠ざけ、社会参画へのやる気といったものも消えていった。そうなると、果たして自分は命が保証されているだけの非社会的動物となり、生きている実感や生きる意味も失われていった。「なんのために生きてるんだっけ。やりたいことも欲しいものも特にないや。今死んでも困らないな」という感覚である。

「欲求がなくなっていく自分への恐れ」を克服することができなかった私は、皮肉にも「社会から切り離されることへの不安を拭いたい欲求」と「成長したい欲求」を動機として転職をし、比較的社会性の高い生活に戻り、今に至る。

(念のため補足すると、講師・教員の職が必ずしも社会性を失わせるということではない。講師業・教員をしながら社会に根ざし、社会に貢献し、社会に求められている人はたくさんいる。たまたま私のついた講師の仕事と当時の私的生活の両方に社会的な繋がりが薄く、さらに私の厭世的な性格がかけ合わさって、そのような状況を作り出したのだ。社会性を失うかどうかは完全にその人の資質による。ただ、ややもすると社会性を失いやすい職業と、社会性が必須で失いようもない職業があるのもまた事実である。)

転職後の仕事ではお客様に怒られて頭を下げたり、他部署とつまらぬ諍いがあったり、不条理な扱いを受けたりと不愉快なことも多々あったし今もあるが、それは社会に生きる以上自然なことで、それが私を成長させてくれることを知った。今の自分の仕事に満足できないことから自己研鑽のためにビジネススクールに通ったり、気分転換のためにトライアスロンを初めてクラブに入ったり、会社の雰囲気が悪いから他に居場所が欲しくて何かに属したり、生活も自然と社会的なものになり、「社会に取り残されていく不安」はいつの間にか雲散霧消した。適度な社会的ストレスと欲望は、生きる意欲を持つために必要だと深く学んだのだった。

近年も再ブームがきていた江戸時代に書かれた貝原益軒の著、「養生訓」にも、大人も子供も、お腹いっぱいにするより3分(3割)の飢えがあるほうが長生きする、とある。概ね満足しつつも、今の流行りを見て、自分と他人を比べて、「もうちょっとだけ欲しいな。」「もうちょっとだけ頑張りたいな」。世俗的ではあるが、それくらいの心持ちで生きていくのが、私のような俗物にはバランスがいいのかなと、今は思っている。

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