皆川 久美香

IT企業勤務/写真家&講師/TOEIC満点/バイリンガル司会・ナレーター/現役バックパ…

皆川 久美香

IT企業勤務/写真家&講師/TOEIC満点/バイリンガル司会・ナレーター/現役バックパッカー/熱烈登山愛好家/3か月間マインドフルネス禅寺プチ出家経験有/いくつになってもHappy&Proudな生き方を実践中/クミカ英語塾→ https://bit.ly/3sC3a1v

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40代・独身・子なしの私が全年代の母たちとその夫たちに伝えたいこと

当初の人生設計なら今ごろとっくに母になっているつもりだったが、予想に反して40代・独身・子なしであるその立場からあえて、全こどもを代表して年下年上問わず全ての年代の母たちに伝えたいことがある。 先週のゴールデンウィーク。せいぜい近所の友達に会うくらいで特に大型の予定を入れず、ここぞとばかりにたまりにたまった雑事に専念しようと思っていた私の連休は、あっという間に終わった。片付けたかった雑事は半分も終わっていない。 ある日は友達が来るというので朝から料理をしていた。合間合間で

    • 東京砂漠に咲いた花:たまたま乗った地下鉄で見つけた小さな幸せ

      今日乗った地下鉄の中でまた良い出来事があった。 私の乗った車両には友達同士と思しき高校生の男の子二人が乗っていて、彼らの隣には空き席があったのでそこに座ろうとしたら、間にサラリーマン風の男性を挟んで一人飛び石で座っていた男の子が移動しようとしていることに気が付いた。彼らは三人組だった。(せっかくだから隣同士で話したいよね) 気を利かせてすかさず「あ、どうぞ」と無言の笑顔で向かい側の席に座るべく方向転換。すると私の背後から来た女の子がすかさずそこにドンッと座った。(あーもう

      • 母の死に目に会えなかった私が思う「親の死に目に会うよりも大切なこと」

        母の命日なので実家に帰ってきた。 子どもの頃、霊柩車を見たら親指を隠せといわれたことがあるだろうか。そうしないと「親の死に目に会えない」と言われていた。 私は23歳で上京した。東京から実家までは約3時間。その頃から、親の死に目に会えない可能性についてはある程度覚悟はしていた。 していたけれど。 日曜の夜に「また金曜日に来るからね」と母に伝えて東京に戻った翌々日、いつでも駆けつけられるようにと荷物をキャリーケースに詰めて眠れない夜を過ごしたその明け方に、父から電話がかか

        • 見ず知らずの人に脊髄反射で親切にされた私が学んだこと

          また神様みたいな人に助けられた。 愛知の実家に帰省し、そろそろ自宅に帰ろうと父に駅まで送ってもらった。のんびりと家を出たために駅到着時間が発車時刻ギリギリすぎた。 ホームの一階下にある改札口を通過した時点で、既にプルルルルルと発車音が聞こえてきた。 一週間分の荷物に加えて、父お手製の干し柿を詰めたキャリーケースは体感値で10kgくらいある。本来ならホームまでエレベーターに乗りたいけれど、エレベーターが来るのを待ってる暇はない。田舎なので次の電車は18分後。できることなら

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          孤独は必ずしも排除すべきものではない、という話

          大雨でキャンプの予定が流れた三連休、箱根で湯治ついでにアート補給をしてきた。久々に訪れたポーラ美術館、私の知らなかった時代のピカソ、めちゃくちゃ良かった。 そんな展示の中で、壁にこんな言葉が書かれていたのを見て私の足は止まった。ピカソが50歳くらいの頃に残した言葉だった。意外だな、と私は思った。 私の中で彼は、恋多き男という印象だ。途切れない恋人たちとの関係の中で生まれる刺激が、彼の創作意欲をかきたてたのだと想像していた。 確かにその側面もあったのだろうとは思う。ただ、

          孤独は必ずしも排除すべきものではない、という話

          子どもを持てなかった私だから、赤の他人にペイフォワードして生きていく

          私のリールにめっちゃ上がってくる英語ペラペラの女の子がいる。めっちゃ上がってくるから存在は知っていた。テレビの向こうの人的なイメージで。 そんなある日、知人の男性から「娘のように可愛がっている女の子がいるんだが、久美香ちゃんのような筋が通った女性の先輩に会わせて、彼女の世界を広げてあげたい。忙しいとは思うけどお時間もらえませんか」とメッセージが来た。 こんな活動をしてる子なんです、と送られてきたURLを開くと、そこに出てきたのは私もよく知ってるその女の子だった。 いやい

          子どもを持てなかった私だから、赤の他人にペイフォワードして生きていく

          子どもは最も近くにいる大人に似る、と思う

          駅で次に来る特急電車を待っていたら若い母子連れに声をかけられた。 「電車乗るの久しぶりで分からなくて教えて欲しいんですけど、この電車って隣の駅行きますか?」 私もそんなに詳しくはないのだけど、確かこの電車は次は横浜に停まるはずだったことを思い出し、その次に来る各駅停車に乗ることを伝えた。 母親はとっても優しい笑顔でありがとうと私に言い、「ほら、おねえさんにありがとうは?」と促された4歳くらいの娘も満面の笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねながら「ありがとう!」と言った。なんとも可

          子どもは最も近くにいる大人に似る、と思う

          赤の他人に躊躇なく話しかけると思わぬ世界が見られるという話

          アート補給の本日は森美術館のChim↑Pom展へ出かけていった。展示を見終えてまだディナーの予約まで時間があった夕方、同じチケットで入れる展望台にも立ち寄ってみると、なにやらバズーカを構えるカメラのおじさん軍団がいた。 なんだなんだ?ダイヤモンド富士でも見えるのかな?(いやでもめっちゃ曇ってるけど…) こんな時、私はいつも一ミリの躊躇いもなく、取込み中でないカメラおじさんを瞬時に見極め、声をかける。 「あのう、今日何かあるんですか?」 そうすると「バイデン、バイデン。

          赤の他人に躊躇なく話しかけると思わぬ世界が見られるという話

          Googleさんとオトン

          父はリビングにいて、私が隣の部屋で仕事をしていたある日の18:30、リビングに生息するウチのGoogleさんが突然喋り出した(そのようにプログラミングしてある)。 G「そろそろ仕事を切り上げませんか。晩御飯は何にしますか?」 リビングの父、Googleさんに報告をする。 父「OK Google、今日は太巻きだよ」 父は近所のお魚屋さんに行って、大きなマグロの太巻きを買ってきてくれていたのだった。 それを聞いて隣の部屋から娘、ドア越しに 娘「『太巻き』ってわからない

          Googleさんとオトン

          ワクチン接種で3週間ダウンし、救急車を呼ぶことになるなんて

          まずはじめにこのトピックはセンシティブな内容であることを理解しているので最初に断っておきたいのだが、私はワクチン反対派ではない。むしろワクチンを接種することで、仮にコロナに感染しても重症化を防ぎ、ひいてはSTOP医療崩壊に貢献できるならと、積極的に接種したほうだと言ってもいい。 そして今回私が体験したことがすべてワクチンのせいだと断定できるわけでもない。後でもう少し詳しく書くが、どの医者も決してこの長引く不調がワクチンのせいだと断定はしなかった。ゆえに結局のところ私も真実は

          ワクチン接種で3週間ダウンし、救急車を呼ぶことになるなんて

          大切な人と同じ空気が吸える、ただそれだけのことに感謝したことがありますか

          昨年の秋、母と大喧嘩している夢を見た。頭にきすぎて、手に持っていたイクラのおにぎりを母の車のフロントガラスにぐちゃぐちゃに押し付けてやろうかとめちゃくちゃ鼻息荒くしているところで目が覚めた。 あまりにもリアルな夢で(そう、私たちは数えきれないほどぶつかり合った)、怒りを持ったまま起きたその瞬間、その怒りをぶつける相手はもういなのだと悟った。ああ、もう母はこの世にはいないのだと。 不思議なものだ。夢の中ではあんなにもはっきりと存在していたのに。 私は母がいなくなって以来七

          大切な人と同じ空気が吸える、ただそれだけのことに感謝したことがありますか

          「ミステリという勿れ」というドラマを観てみたら、マインドフルネスの話だった

          私は数年前、勤めている会社から3か月のお休みをもらって、禅寺へ3か月の瞑想修行をしに行ったことがある。フランス南西部にあるプラムヴィレッジという名のそこは、欧米人に禅の教えを「マインドフルネス」という形で紹介したベトナムの高僧、ティク・ナット・ハン禅師によって建てられたお寺だ。 この3か月の瞑想修行(私はプチ出家と呼んでいる)については、いつか詳しく書きたいと思っているのだけど、今日はそれがメインに書きたいわけではないので割愛する。 先週特に何の期待も知識もなく、たまたま

          「ミステリという勿れ」というドラマを観てみたら、マインドフルネスの話だった

          正月に実家の庭が凄惨な事件現場と化したという話

          ウチの父には毎日会いに来てくれる友達(メジロ)がいる。誰に対しても優しい父は、つがいでやってくる彼らのために食事台を自作し、みかんを箱買いし、彼らがつつきやすい高さにみかんを毎日切っては台の上に届けている。 昨年暮れには窓にお正月飾りを施した(マメよのう)写真が送られてきた。そんな平和な父の庭に正月のある日、事件が起こった。 一月二日、父娘で白川郷へ日帰りで撮影旅行に出かけて帰ってきたその夕方のことだった。娘がふと庭に目をやると、この台の上と地面に大量の鳥の羽根が落ちてい

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          見知らぬ新成人に声をかけた私のおせっかいのすゝめ

          今日は成人式。 出かけようと鎌倉駅で電車に乗ったら、同じ車両に新成人の男子グループが乗っていた。明らかにはじめてのスーツって感じ。うふふ、懐かしい感じ。かわいいなあ。 そう思って何気なく目をやると、一人の男の子のスーツ後ろ、センターベントにまだ仕付け糸がついているのが目に入ってきた。 こういう時、私の頭の中では高速で一人問答が繰り広げられる。 「お節介かなあ。でも誰にも教えてもらわなかったらこの彼一日中これでいるだろうなあ。久々の同級生に大人になって再会する日だよなあ

          見知らぬ新成人に声をかけた私のおせっかいのすゝめ

          そうだ寄付しよう、クリスマスに無私の愛について考えた

          今日はクリスマスイブで 私にとっては給料日だ 今の年齢になるころには私もすっかりサンタが板についている予定だったが、、、 私には、枕元にプレゼントを忍ばせてあげる子どもいないし お年玉をあげる相手もいない だから本当は使うはずだった、図らずも浮いているそのお金で、どこかの誰かのサンタになることにした。 クリスマスソングを探していた先日、たまたま見つけたPentatonixの”12 days of Christmas”のオフィシャルミュージックビデオのあまりのクールさに

          そうだ寄付しよう、クリスマスに無私の愛について考えた

          本当は奇跡は毎日あっちこっちで起きているという話

          私はこれまでに何度か「ものすごい偶然」というのを経験したことがある。 古い記憶で言うと、20歳の時にヨーロッパをバックパック担いで二か月放浪している時に、旅の途中で知り合ったけれどもう二度と会うこともないと思っていた人(しかも二人)に一か月後に全く別の国でばったり居合わせるということがあった。 20代半ばで訪れたラオスの山奥の小さな町の屋台で隣に座った日本人の女の子には、数年後にJR中野駅の券売機でばったり再会をした。彼女はたまたま友達に会いに中野に来ていて、私はたまたま

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