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謎の契約書 第873話・6.15

「誰?こんな時刻に」私は突然部屋をノックする音を聞いて警戒した。時刻は深夜。まもなく日付が変わろうとしていた。
 私は「ヤバいやつ」と直感。最初は聞こえないふりをして無視していたが、相手はあきらめずに何度もノックをする。やがてその音はますます強くなった。「これ110番しようかしら」私が電話をしようとしたが、ドアをたたく音がますます大きく。このままでは破壊しようかというほどだ。そして本当にドアが破壊されたのか、叩く音が消えたかと思えば、ドアから人が侵入してきた。

「ふん居留守か」入ってきたのは全身黒っぽい服装をした人物。語り方は男性っぽいが、どうも声の雰囲気からして女性かもしれない。

「ま、まさかドアを壊したの......」私は体を震わせながら声を発すると、相手は胸を張りながら、近づいてくる。
「壊れてなんかいない。鍵が開いていただけさ」その人物は顔も隠しているから表情は全く分からない。だが余裕があるような気がする。

「ち、ちょっと!勝手に入ってこないで。警察に電話するわ。早く出て行って!」私はありったけの大声を相手にぶつけた。これで少しは恐怖から解放された気がする。だが相手は全く動じず、何やら一枚の髪を私の前に出した。

「これは契約書です。ちょうど日付が変わりました。今日からあなたは無条件で私に従ってもらいます」
 私は聞く耳を疑った。「契約書」「無条件でしたがってもらう」何のことだか全くわからない。「どういうことですか、私はそんな契約した覚えないですし、そもそもあなたが誰なのかも知りません」

「ひ、ヒヒッヒイイ!」突然相手が不気味な奇声を発した。「あなたが状況をつかもうがつかむまいが、関係ありません。こちらの契約書通りなので、あなたには反論の余地はありません。もう一度言いますね。あなたは私に無条件で従ってもらいます」

 もちろん目の前の人物の言うことなど聞くつもりはない。私はさらに反論した。「わかりました。ではその契約書を見せてもらえませんでしょうか?」
「何?」ここで相手の語気が変わった。想定外のことを言われたのだろうか? 私はこのチャンスを逃さない。

「ええ、あなたは契約書があると言って私の前に紙を見せましたね。でもその紙にどういう契約があるのか、見ないとわかりません。それからその契約書が有効なのかどうかも重要です。無効な契約書を見せつけられても私は従う必要はありませんし、逆に不法侵入の罪であなたを訴えることになるでしょう」

 ここで私は、ようやく冷静さを保てたようだ。今まで突然現れた謎の人物に圧倒されていたが、このチャンスで私が優位に立ったようだ。今のセリフも意図的に機械っぽく無感情に語ることで、相手にダメージを与えられる気がした。

 だが相手は、契約書を紙を広げ「ご覧ください。この契約書に嘘偽りはありません」と言ってきた。私は一瞬慌てたが、見ない事にはわからない。私は借金もしていないし、誰かに負い目もなかった。だからこのような意味不明な契約の対象になりうるはずはない。
 私は契約書を見る。だがすぐに首をかしげた。

「何も書いていませんね。これは本当に契約書ですか?」だが相手は開き直ったか、ゆっくりとした口調で反論。
「ほう、これを何も書いていないと見ましたか、ハハハ、よく見てくださいよ。しっかり書いていているではありませんか、あなたの視力は相当低いのですか?それとも......」
 表情は見えないが、どうもうすら笑いを浮かべているかのような口調。私はもう一度見た。だが何度見ても何も書いていない、白紙の契約書である。

「私の視力は、両目とも1.0あります。信じてもらえるかどうかはともかくそれは事実。でもこの紙には何も書かれていません。相当小さなフォントを使っておられるのでしょうか?印字された色は何色でしょうかね」私も負けずと反論。

「これは異なことを。フォントは通常ですし、色も見える筈です。あなたは見え透いた嘘をついているのですね」相手は全く動じていない。まるで私が嘘をついているかのように、精神的に追い詰めようとする。
「何も書いていない。これは相手の作戦ね」私は、それを理解したが、どう対抗してよいのかわからずうつむいたまま。
「どうされました。いい加減にしないと、私もそろそろ怒りの感情を出さなければなりませんね」相手は白紙をの契約書を両手に持ち、私をさらに追い詰めた。ここで私はあるハッタリを思いつく。

「ハッハハハ!」私はわざと大声を出して笑った。「な、何?何がおかしい」
「隠していたのですが、私は弁護士です。だから法律的に有効な契約書かどうかは一目瞭然。このあなたにしか見えない契約書は無効とみなします。契約は双方の同意がないと成立しません。見えないものに同意なんてできませんわね」
 私は弁護士でも何でもない。追い詰められたこのとき、ふと過去に弁護士が出ているテレビを見ていた記憶がよみがえる。ここで思いっきりハッタリで相手を圧倒した。相手は私が法律の専門家と思い込んだのか、怯んだようで一瞬上を向く。「今だ」私は真っ白の契約書を奪い取る。

「おい!契約書に何を」私はその契約書をその場で破り捨てた。
「いい加減お遊びはここまでですね。いいから早く出て行って!」私はまた張り上げるような大声を出す。すると男はついに追い詰められたのか逆切れ。「よくも契約書を、許さん!」感情をむき出しにして私に襲い掛かろうとした。

 だがその瞬間「そこまでだな。お前を住居侵入罪の現行犯で逮捕する」部屋に入ってきたのは数人の警察官。相手は逮捕され、私は間一髪助かった。「私は通報した覚えが......」私は通報しようとしたが、実際に110番はしていない。ではなぜ間一髪のタイミングで警察が?
 警察官に聞くと、最初ドアをたたく時の音があまりにも多かったため、不審に思った近所の人が通報してくれたらしい。ちょうど警察が来た時に、目の前の人物が私に襲い掛かろうとしたので、現行犯逮捕できたという。

 後で聞いた話では、捕まった人物は常習の犯罪者で、架空の契約書振りかざしながら、相手を従わせて現金をだまし取るという指名手配中の詐欺師だったらしい。


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