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もうひとつの栃木・蔵のリノベーション

「宇都宮餃子に対抗するには焼売しかない」これは久留生昭二の口癖である。

 栃木市で生まれ育った昭二は、幼いころからのコンプレックスがあった。それは栃木県栃木市が県庁所在地ではないという点である。県と市の名前が同じの場合、通常はその市が県庁所在地。青森市、京都市、鹿児島市と言ったところがそうだ。名古屋市や金沢市のようにその県に同じ名前の市がない場合であれば理解できる。しかし栃木には同じ市の栃木市があるのにもかかわらず県庁所在地は宇都宮市。
 昭二はそのことが内心悔しくて仕方がない。「なぜ栃木市だけが県庁所在地ではないのだろう。こんな素敵な街なのに」
 この日も栃木市の観光スポットである蔵が立ち並ぶ川べりにいながら、愚痴をこぼした。
 そのような事例は、栃木の他にも山梨市、沖縄市、岩手町、茨城町が該当するので、栃木だけの問題ではなかったのだが... ...。

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「伯父さんの蔵借りようよ」パートナーの番田麻衣子は、昭二の幼馴染。栃木市内で古くからの名士という家の分家出身である。本家を継いでいる彼女の伯父は、この町の風景を構成している蔵をいくつか持っていた。そのうちのひとつが、空き家同然ということで、再利用を考えることになる。そこでテナントを入れようとしていた。

「でも、まだ俺の焼売は、人様に出せるものが出来ていない」昭二は渋った。単なる焼売専門店を作るのではない。彼は宇都宮餃子に対抗できるレベルのものを作ろうとしていたから。
「でもそんなこと言ってたらもう蔵が他の人の手に渡ってしまう。それでもいいの」だが麻衣子のこの一言に気持ちが大きく揺らぐ昭二。宇都宮餃子に対抗した栃木の焼売の店を作るにしても、外観などでそれなりのインパクトが必要だ。
 ならば普通のテナントを借りるより、栃木の名物である蔵をリノベーションして作った店のほうが、客受けが良いに決まっている。

「伯父さんに頼むから。ね、とりあえずやってみよ」麻衣子のダメ押しに、昭二は渋々頭を下げた。

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「ごめん、ダメかも」「え、ダメかもって?」翌日、麻衣子が顔色を変えて昭二に頭を下げる。
「あの後すぐに伯父さんに打診したの。そしたらすでに先約があるんだって」「先約! 一体どこだ」

「それが、やわらか鮨グループなの」「やわらか鮨って。あの回転すしの!」昭二はそのことで二重のダメージを受けてしまう。やわらか鮨とは北関東で多店舗展開し、一部は大宮や仙台にも出身しているチェーン店。
 それ以上に本社兼本店のある場所は宇都宮という事実。「く、蔵まで宇都宮のやつらに... ...」昭二はそれ以上何も言えずうなだれてしまう。

「だから言ったのに。はっきりしないからよ。伯父さんは『いや麻衣子たちに任せるのが良いのはわかる。でもなあ、先に話が決まったんだ。やわらか鮨さんは、蔵の外側だけ残して中は大幅に改造するらしいんだってよ。栃木市におけるグループの旗艦店にしたいという意向があるから相当やる気満々なんだ。麻衣子の提案、あと数日早ければだったんだが。悪いな』なんだって」

 昭二は何も言い返せない。この優柔不断な性格が招いた禍。
「なんでもっと早く。でも見切り発車が良いはずはない。ああ俺の腕がもっと優れていれば!」誰もいないところで思わず大声を張り上げた。
 それが聞こえたのか、慌てて昭二の前に来た麻衣子。「そんなに大きな声出さないで。わかるよ。だけど仕方ないじゃない。もうこれはまだ時期尚早と思って、一緒に素晴らしい焼売作るように努力しよ」

 この日から昭二は、そのときが来るために焼売づくりを本格化した。「そうなんだ、やわらかは金はある。俺には金はない。だけど金でいくら内装を変えても中身がなければ客は遠くに離れる。だからその時が来るまでに、最強の焼売を作ろう。後世に『栃木焼売』と呼ばれるような逸品を」

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 あれから、半月が経過した。昭二が毎日研究を重ねているオリジナル焼売。それは日々良くなっていることがわかる。でも本人はまだ不満があるようだ。「くそ、ダメだ。いや必ずヒントがある」
 だが、思わぬ方向で急展開する。

「ねえ、聞いて!」麻衣子が走ってきた。だが昭二は焼売の事で頭がいっぱい。「何、今大事なところなんだ。焼売の皮が蒸したときに、皮の底がシートにくっつきにくい方法を考えてんだ!」

「ご、ごめん。でもお願い聞いて!」「なんだよ」思わず口角を吊り上げる昭二。
「あの物件の件、やわらか鮨さん断念したんだって」「ええ! なんで」

「伯父さんが言うには、市内の郊外にある大手ショッピングセンターからの強力なアプローチがあったそうで、そっちを優先的に出店することになったんだって。だから白紙。つまり手を引いたのよ」「え、じゃあ」
「うん、すぐに私が申し込んだからもう断らない限り、蔵で店やれるわ!」麻衣子ここで笑顔になる。

 昭二は作業を中断して思わず両手を上げた。「やったぁ!奇跡が起こった」と叫んだ。
「伯父さんは3か月待ってくれるって、だから頑張ろう」「うん、じゃあさっそくだけど試作品食べてみないか」

 昭二は出来立ての焼売の試作品を木製の中華セイロの中に入れた。そして蒸すこと十数分。「よし、できた」
「うん、食べてみる」できたの湯気立立ち込める試作の焼売。麻衣子は焼売を箸でつかむ。焼売は後ろがくっつくことがなく宙に浮かんだ。ここで逝ったんカラシ醤油の小皿に降下。撫でるようにこの液体を焼売をつけると再び浮上した。

 そして麻衣子の口に急接近。そのまま出来立ての焼売を口に含む。中に入るとさっそくシュウマイは歯で砕かれた。だがその瞬間に高熱が口内を覆って動揺する。だがそれにも増して、中に詰まっている肉のうまみが味わえるのだ。口の中で空気を入れるようにして中の肉汁を冷ます。
 その一方で噛み続ければ、餃子のように若干の皮と中味との隙間がほとんど感じられない。肉とその中に凝縮された肉汁が広がった。そして、表面を覆う皮とのツルリとした食感と3拍子揃った調和の取れた味わいは、思わず目をつぶる旨さ。

 時折肉の間から顔をのぞかせるように存在し、食感の違いを体験できる野菜の量もちょうど良い。そのまま砕いた焼売を喉の奥に通す。食堂から胃に向かって流れる内側から物が下に落ちる感覚。その直後に美味しいものを味わったという感動が全身を包んだ。

「美味しい! これ行けるって絶対」麻衣子の笑顔は真実だ。それを見た昭二は、心のでガッツポーズをするのだった。


追記:この話で登場する企業・商品名などはフィクションです。
(ちなみに栃木県足利市でシュウマイが名物らしいです)


「画像で創作(1月分)」に、kuutamo(月町さおり)さんが参加してくださいました

 旅人が理想としていた「青色」と出会い、その青をどうしても手に入れたいがうまくいかず旅を中断するさまがつづられています。摩周湖のブルーは旅をやめさせるほどの魅力。ぜひご覧ください。


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画像で創作1月分

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シリーズ 日々掌編短編小説 375

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