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冬至という1年で最も夜が長い日での夜の過ごし方 第699話・12.22

「え、もう暗い。さすが冬至だ」俺は帰りの通勤電車に乗っていた。今日は仕事は定時のはず。なのにすでに夜のように暗い。「夏至だったら残業をしても明るいうちに帰れるんだが」時計を見てもまだ18時になっていないのに、この暗さでは、残業して帰ったかのような錯覚になる。いやそれは言い過ぎだ。急にそうなったのではなく、数か月かけて徐々に変わったのだから。

 自宅の最寄り駅から夜道を帰る。俺には彼女はいるが、この日は女友達同士で旅行に出かけているので、ひとりである。だけど心配はいらない。明日23日の夜に帰ってくるのだからクリスマスはふたりで過ごせるのだ。

 それはともかく、今日はひとり。一年で最も長い日の夜をどう過ごそうか? 彼女が旅行に出ると知った日から計画を練っていた。あ、もちろん浮気とかそんなことはしない。あくまでひとりで楽しむこと。

 俺は家に帰った。家に帰ると最初に行ったことは浴槽に行ってお湯をセット。給湯器を動かすと、程よいお湯がバスタブの中を勢いよく流れてくる。その次に俺は、コンロにおいてある鍋に火をつけた。これにはおでんが入っている。そしておでんの中でも特に注目したのがはんぺんだ。何しろはんぺんの日とか言われている日は冬至と連動しているらしい。

「だけと冬至と言えばやはりこれ」俺は冷蔵庫から黄色いかんきつ物を取り出した。ゆずである。「ちゃんと昨日スーパーに行って買っておいてよかった。さてと。お湯は」
 俺は浴槽を見る、まだ半分もお湯は入っていない。「それにしてもゆずってどのタイミングで入れるんだ」俺は迷ったが、深く考えずにそのまま浴槽にゆずを投げ入れた。ゆずはお湯の中に入るとお湯から浮かんでいる。「まるで、ゆずが風呂入っているみたいだ」
 俺はここでさらにもうひとつの楽しみのための準備をした。それはお酒である。「お風呂はこっち」今日は二種類の酒を用意した。ひとつは「吟醸」とか書かれている高い酒。もうひとつは、紙パックに入っている安いお酒。俺は別にそんなに酒強くないから晩酌などはしない。だが今日は飲む気満々であった。「これはお湯に」俺は安い方の酒を遠慮なく湯船に入れる。「冬至は酒風呂の日らしいからな。もったいないが全部入れちゃえ」そう言ってパックの酒を全部湯船に入れる。そうすると湯舟から酒の匂いがしてきた。「このくらいかな」さらに給湯器をストップさせる。これで冬至のための柚子&酒風呂が完成だ。

 ここで俺はあることに気づいた。キッチン側から沸騰する音と白い湯気から匂うイノシン酸かグルタミン酸かわからないが、いわゆる「うまみ」を浴槽にまで感じる香り。「まさか」俺はキッチンに戻ると、おでんが煮立ち始めており、出汁から頻繁に空気が湧き出ており、白い湯気が立ち込める。「早すぎたなこりゃ」俺はすぐにコンロのスイッチを止めた。

「しょうがない。少しヌルくなるかもしれないが、湯に入ってからだ」俺はおでんを止めると、そのまま服を脱ぐ。そして風呂に入った。「いつもと違うな」俺は湯で心地よく過ごす。何しろ目の前を浮遊するように浮かんでいる、黄色い物体が気になって仕方がない。こうして俺はゆずををしばらく眺めていた。ところが、俺は徐々に異変に気付く。なんといえばよいのだろう、気分が不思議な感じがしてきた。「もしかして、風呂に酒を入れすぎたのか?」顔がふわっとしてきている。このまま入っていると、そのまま酒に酔ってしまいそうな気がした俺は、すぐに湯から出た。
 そしてそのまま部屋着に着替える。それから先ほどのおでんをテーブルに持ってきた。横には吟醸酒がある。「さて飲むぞ」俺はおでんのはんぺんを肴に酒を飲むことにした。ところが普段日本酒を飲まないから、猪口のようなものがない。しょうがないからグラスになみなみと日本酒を入れる。「やっぱり違う」俺は水のように見えてかすかに色のある吟醸酒を眺めると、そのまま一口飲む。「これ美味しい」吟醸酒は確かにうまい。だがすでに酔っているのか? 顔の感覚がやっぱりおかしい。湯あたりしたのかもしれないが、やはり酒の影響が大きいようだ。

「おい、酔うのはまだ早い、18時台だよ」俺はそう思いながら、はんぺんを食べる。「うん、旨い!」うまいがその直後に口の中に激痛のようなものが走る。「あ、熱い!」どうもはんぺんが、熱い汁を吸い取っていたらしく、それが口の中に広がったようだ。
 口の中がやけどしそうになり、慌てて水を一気に飲んだ。ところが飲んだのは水ではなく吟醸酒。「う、ふう、でも、あ、うまい、けど、うー」俺は完全に酔ってしまった。

 その後の記憶がない。そして気が付けば朝になっていた。「ここでそのまま寝ていたのか。長い夜のはずがあっという間だな」
 昨日は酒を一気飲みするなどしてずいぶん酔ったが、朝は二日酔いは残らなかった。「気晴らしにスープでも飲むか」俺は冷蔵庫から常備しているコーンスープの缶を取り出す。中身を出して温めるつもりであった。「さてと」鍋にセットしたスープを温めている間。俺は朝の日課としてスマホを見たが、途端に顔色が変わった。「彼女からだ」「今夜連絡ないけど何しているの?」という内容が何行も続く。「うゎ!これどうやって言い訳しよう」俺はもう酔いは覚めている。だけどもっと覚めたような気がした。



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シリーズ 日々掌編短編小説 699/1000

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