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パラシュートが?そして1000年の都に! 第638話・10.22

「あ、あれ、ちょっと待て、あれ?」龍二は慌てた。彼は訓練により、はるか上空にいる。飛行機から飛び降り、パラシュートで地上に落下する訓練。飛行機から飛び立つと、すぐさまパラシュートを開ける必要がある。ところが何度もこの訓練を行っていたはずの龍二。なぜかこの日はひもを引っ張っても、パラシュートが開かない。「マジ、ちょっと、おい!」
 龍二は、全身から汗が湧き出るのが分かる。大声を出しても誰にも聞こえない。というより同じように飛行機から落下した他のメンバーは自分のことで手いっぱい。みんなパラシュートが開いたのか、はるか上空にいる。
「も、もう駄目だ!」地上数百メートル。龍二は死を覚悟しながら再度パラシュートの紐をを引っ張る。

 その瞬間、目の前が真っ白に。「雲?」雲の中に入ったのか何も見えない。しかし速度は変わっていない気がした。「この白いのが抜けたら終わりだ」龍二は今までの人生を走馬灯のように振り返る。「まだ20歳代、人生はもっとこれから続くはずだった。なのに......」龍二はこんな危険な仕事を選んだことを後悔した。

「あれ?」龍二は目の前の風景を見て、いつの間にか風景が変わっていることに気づく。真っ白ではなくいろんな色が交互に見えるグラデーション。
 それから落下はしているが、先ほどより速度が遅くなった気がしている。「つまり死んだのか、衝撃を感じることなく」龍二はそう悟った。

すると突然視界が開ける。どこかの町が見えた。木造建築が碁盤の目の通りに整然と並んでいる。それにしても古そうなレトロな町。
「これは死後の世界なのか?」龍二はそう思った。どんどん高度が下がる。いよいよ地上にと思ったそのとき、大きな音とともに突然何かにぶつかった。そこで速度が停止。しかし地面ではなかった。「何、あ?」どうやら龍二は大きな木の枝に引っ掛かったようだ。
「助かった。と言うか、もう死んだから助かったとは言わないかな」龍二は苦笑い。
 ふと木の下を覗いてみる。すると少し離れた場所からこっちに向かって何人かの人が行進していた。そして真ん中には神輿のような乗り物を数人の人が取り囲むように担いでいる。その上には明らかに身分が高そうな人が乗っていた。
「うん、声が聞こえる?」龍二は耳を傾ける。

ーーーーーーー

「帝、内裏まであとわずかでございます。新都はいかがでござりましょう」「うん、思ったより良いのう。この短期間で皆が立派に造営してくれた」
「しかし、今回こそでござりまするな。長岡のような」「その話はよせ! 長岡の話はもう忘れておるぞ」帝と呼ばれる乗り物に乗った男は、不機嫌そうにそばに仕えるのを叱責した。「帝、申し訳ございません」慌ててひれ伏す側近。
「朕は母が渡来系と言うことあり、本来は官僚となるべき立場であった。 
だが先々帝がお隠れになられた後、天武系の血は耐えた、そして父である先帝から天智系にもどったが、本来の後継者が、貴族たちの政争によって廃されてしまったのだ」
「そして帝が、即位あそばされた」立ち上がり恭しく一礼する側近。
「平城の宮は、もはや魔物が支配しておる。だから朕は、こうして遠く離れた山城に新都を作ることにした」
「はい、この山城の地には古来から枯れることのない竜神様の住む泉がございまする。この地に住む長老によれば、泉の中には異界とつながる龍穴があるとか。そこで大内裏に併設しているこの池を利用し、神泉苑なる庭を造らせていただきました。これで魔物や妖が新都に入ってこようとも、竜神様が帝をお守りくださいまする」

「長岡で失敗したのは、おそらく竜神様の泉がなかったからだ。これで朕も安寧の日々が送れる。そうじゃ、この新都の名前を決めぞ」
「新しい都の名でございますか?」「そう、心が落ち着ける平安の都、平安京じゃ、それでよいな」

「へ、平安京? ここ京都! ええっ、」龍二が思わず大声を出す。それを行列の人たちに聞かれてしまった。
「うん、何やつ! 怪しい服装をした者が木の上に、さては妖怪か、長岡の怨霊がついて来たのやもしれませぬ」
「やつを捉えろ!」帝の号令で一斉に龍二のいる木を取り囲む。木に登ってきた配下の者たちは各々に武器を持っている。武器を持っていない龍二は、あっさり降参した。

「お前はなぜ木で帝を見ていたのだ!」帝の乗っている輿の前に引き出された龍二。龍二は輿の上を見る。そこで帝と一瞬目が合う。
「いえ、空から落ちて木の上に」龍二は慌てて言い訳する。「何をわけのわからぬことを、やはりこやつは妖に違いない。帝から遠ざけろ!」側近の激で、龍二は輿の近くから離された。

「神聖なる竜の泉へ連れてまいれ。こやつ竜神様の生贄にせよ」と帝が側近に命じる。
 パラシュートごと厳重にひもで結ばれ、身動きが取れない龍二。「生贄、まあ俺一度死んだもんな。もう怖くない」
 連れてこられた場所は、大きな池のある庭園。「これが神泉苑、そうだ。京都の留学旅行のときに一度行ったぞ。でもこんなに大きくなかったような」
 と言い終わると同時に、突然龍二は後ろから突き飛ばされるように池の中に「ああ!」重石もつけられていたのか、あっという間に水の中に沈む。「うう、少し息が苦しくなる。「もう一度死ぬのか......」苦しさのあまり思わず目を開けた。すると大きな穴が見える。龍二の体はその穴の方に吸い込まれていた。その穴の影から竜らしき大きな生き物が見え、口をひらけている。「うわあああ!」龍二は一瞬目をつぶった。

「え、ああ」突然視界が変わる。龍二は地上数十メートル地点にいた。まもなく地面にぶつかる。だが動きが緩やか、上を見た。
「パラシュートが開いている。よかった」こうして龍二は、ゆっくりと地上に着陸した。


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