2022年のひな祭り 第769話・3.3
「ああ、これこれ、ひな祭りといえばだな」石田圭は、部屋に飾ってある二体のひな人形を、久しぶりに手に取って眺めた。これはベトナム人妻のホアとまだ籍を入れる前、ちょうど2年前のひな祭りのこと。
「ホアちゃんがひな祭りの人形が欲しいっていうから、ガラスケースに入ったこの内裏雛だけのを買ったんだ。それでひな祭りが終わったら来年まで閉まっておこう言ったらホアちゃん」圭は2年前のやり取りを思い出す。
「でも、そんなのイヤ！！」
突然ホアが大声を出すと、ガラスケースの中を開けて、中に入っている人形を取り出してしまった。「あ、ホアちゃん！人形出しちゃうの？」
「うん、どうせ二体しかいないし、別に一年中部屋に飾ってもいいんじゃない」
「やっぱり、日本人と感覚が違うからな」思わず口元を緩めた圭は、内裏雛をもとの位置に戻した。
ちょうどホアはスーパーに買い物に出ている。圭は隣で眠っているひとり息子の幸越の部屋に来た。幸越は寝息を立てておとなしく眠っている。「男の子だからな。ひな祭り関係ないけど」
圭が幸越をみていると、入り口から音がする。ホアが帰ってきたようだ。
「圭さん、いうの忘れてたけど荷物来ていない」「え、に、荷物？」圭は荷物が来ているとか、そんな話始めて聞く。「それより買い物は？」
「それはもちろん。買ってきたよ」ホアはエコバックから野菜や魚、肉をとりだし、冷蔵庫に入れていく。
「でも、そうじゃなくてこれ買っちゃった」冷蔵庫に勝ってきたものを全部入れ終わると、スマホを圭にを見せる。
「これ、え？三人官女の単品」圭は驚きのあまり目を見開く。「だって、部屋に二体しかいないのは寂しいもん。ほんとうはその下にこの「サンニンカンジョ」というのがいるんでしょ。
圭は戸惑った。「あの、これって女の子のお祭りなんだけど、幸越は男の子だから、これじゃなくて」「そんなの関係ない！私が欲しいの！！」ホアは大声を出す。「おい、大声出して、起きたらどうする」「あ、ごめん」ホアは素直に反省。
するとちょうど宅配業者が来た。「来た！」ホアは嬉しそうに宅配業者から荷物を受け取る。
「早速見よう」圭は、相談もなしにホアが勝手に買ったことに少し不快を感じた。でもホアが、うれしそうに満面の笑みを浮かべた表情を見ると、ついついそれを許してしまいたくなるのだ。
「ほら、これがサンニンカンジョ、あ、3人のうち1人だけ姿勢が違う」物珍しそうにホアが眺めている。たしかに3体のうち2体は立っていて１体だけしゃがんで座っているように見えた。
「え、な、なんだろうね」圭も三人官女のことはよくわからない。今はこういう時こそスマホの出番とばかりに、すぐにスマホから調べ始めた。
「へえ、そうなんだ」圭はスマホを眺めながらひとりうなづく。「圭さん、違いがわかったの？」ホアは姿勢の違う1体の人形を持ったまま。
「その違うのは、三人のリーダーらしい」「へえ、偉いんだ。だから座っているのか」「それからちょっと貸して」圭はホアから人形を受け取ると顔をじっくりと見る。「ほら、これホアちゃん、このリーダーだけ、眉が薄くて口の中が黒い。これお歯黒だ」
「オハグロ、聞いたことあるね」「昔の人は既婚した女性はお歯黒と言って口を黒くしていたそうだな」
「へえ、この人結婚しているんだ、じゃあ相手はどこにいるのだろう、まさか！」
ホアは立ち上がると、隣の部屋に行き。二体の内裏雛を持ってきた。
「この、人？え。じゃあこっちは！」どうやらホアは内裏雛の男性の人形をもっている。女性の方の人形と三人官女のリーダーを交互に見比べて、意味深な笑みをこぼす。「え、まさか、それは違うよ。あ、でも、この人は高貴な人だし、この時代だったら複数の女性というのもありえるか......」圭も腕を組んで考え込む。
「まあいいや、せっかくだからこの人形を全部並べよう」ホアはそういうと、内裏雛を並べて、その前に三人官女をおいた。もちろん真ん中に先ほどから話題になっているリーダーの人形をおいたのはいうまでもない。
「うわーい、ひな人形がそろった。やっぱりふたりより五人だね」ホアはうれしそう。圭も思わず笑みがこぼれる。
だがしばらくすると「そのうち、まさか！」圭は嫌な予感がした。いずれホアが五人囃子も買ってしまうのではと。
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