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深夜のカフェ

 ここは、午前1時の喫茶店。都会の歓楽街にあるため早朝まで営業している。弘樹は、ある人物が来るのを待っていた。テーブルの前にはホットコーヒーが半分ほど残っている。
「ちょっと早く来すぎたなぁ。まだ時間があるな」とつぶやくとスマホを取りだす。「偽正義レジスタンスが注目のキーワード?いろんなキーワードがあるな。ていうか、レジスタンスってなんだっけ」

「おい、メロディアタッカーはどうした!」と突然店内に響き渡る怒号。弘樹は声のするほうに視線を送る。すると見るからに裏社会にいそうないでたちの男が2人隣のテーブルに座っていた。て、大声を出したほうは小柄だが、威厳がある。ここで目の前に座っていた大柄の男。
 次の一言で格下というのがわかった。「あ、兄貴!大声出さないでください。周りに聞こえます」「別に聞こえたっていいんだよ。この時間、この場所には堅気の連中なんかいねえだろう。それよりお前がボサッとしてるから、いつまでたっても計画が前に進まねえんだよ」
「え?僕、堅気だけど」と頭の中でつぶやく弘樹。その間にも、横のふたりの話は続いている。

「え、へい。すみません。あの、あ・アタッカーはまだですが、蝶々と歯車ならこちらに」といって、大柄の弟分がテーブルの下から紙袋を小柄な兄貴に手渡している。兄貴はそれを受け取ると、袋を開けてのぞき込む。
「ちっ、おう、まあいいだろう。今日はこれで許してやる。ただし来週は絶対持って来いよ」そういうと勢いよく立ち上がり、兄貴はそのまま店を出た。

 残った大柄の弟分は、あわただしく目の前に置いているアイスコーヒーを手に取ると飲む。ストローで一気に吸い上げる。それまでグラスに入っていたコーヒーは8割以上は行っていたように見えた。だがあっという間にグラスの中の黒い液の水位が下がっていき、液体の中に氷山のように浮かんでいた氷だけが取り残される。そして水位が一番下まで下がると、直後に空気圧による擬音が数秒間鳴った。
「ふう、とりあえず兄貴はこれで良しと。さてこの後は さかさま勿忘草だ。はあぁ今夜は難儀なことが続くよ」というと立ち上がって、レシートを手に出口に向かって行く。

「わからないキーワードでやりとりしているけど、裏社会の隠語なんだろうか」弘樹は頭の中でいろいろ考えていると、「お待たせ!」と後ろから声が聞こえた。弘樹が振り返ると待ち合わせしていた、金髪の外国人ジェームスがいた。日本で生まれ育った彼は、その外見とは裏腹にネイティブレベルの日本語を操る。
「おう、ちょっと早く来すぎたんだ。おい、何飲む」そういって、弘樹はジェームスにメニューを手渡す。
 ジェームスは、メニューを軽く見ると、すぐに元に戻した。「俺は、自由を求めたマリオネットだ」「え?」弘樹は思わず聞き返す。ジェームスは明らかに不機嫌な表情になり、「意味が分からないのか?」と言って舌打ちをした。
「ごめん、僕、あまり頭が良くないので」と申し訳なさそうに答えると、「何でも良いということだ。君の自由に注文すればよい。俺は何が来てもおいしく頂くさ」という。弘樹は少し首をかしげると店員を呼び、無難にホットコーヒーを注文する。

 ジェームスは、ジャケットの内ポケットから3枚の写真を取り出してテーブルの上に置いた。「現物はアトリエにある。この前の君との約束通りだ。この中から好きな絵を選んでくれたら、現物の1枚差し上げよう」「本当にいいのか?」
「ブシニ ニゴンハ ナイ!」というジェームス。「なんと古風な言葉を知っているんだと」と聞こえないようにつぶやいた弘樹は、それぞれの写真を静かに眺める。このとき、ジェームスのコーヒーが到着。ジェームスは静かにコーヒーに口をつけた。
 
 その様子を一瞬見ながら写真に注目する弘樹。一番左の写真は宇宙空間が描かれている絵になっていた。「この絵はどういうテーマなの」「銀河系水族館」「おお、なるほど宇宙を水中に見立てているのか!」との弘樹の見解に、大きくうなづくジェームス。
「でも、海の生き物たちは?魚とかどこにもいないようだけど」という弘樹の問いにジェームスの表情が変わった。そして左肩を斜め上にして小刻みに動かしながら笑う。
「ククックク!き、君は本当に無知だね。銀河系の水族館で生息するのは、星々に決まってるじゃないか」「ハハッハ!あ、ああそうか」弘樹はごまかすように笑いながら、右手を頭の後ろに置いて軽くなでる。

 次に真ん中の写真を見た。「あれ、さっきに似ているけど」「それは真実の万年筆というタイトルだ」「真実の?ていうか万年筆なんてどこにも」と惑う弘樹。ジェームスは再びコーヒーに口をつけると、不機嫌そうに立ち上がって写真を上からのぞき込む。「これが万年筆だ!」とやや大声になって指さした。
「確かに」万年筆らしきものがある。それは宇宙空間の左側に描かれている柿色をした星の上に雲のように浮き出ているものであった。「確かに、万年筆に形は似ているけど... ...」と言うと、頭の中では「これはないな」とつぶやく。

 最後の写真である。これも宇宙空間に見えなくはないが明らかに違っていた。宇宙の上に何やら幾何学模様のようなものが重ね塗られている。「芸術的だ」と思わずうなる弘樹。美術に詳しくはないが、ひょっとしたらこういうのが抽象画というものなのだろうか。

「これは、なかなかインパクトがある絵だよ」「ほう、君は意外に良い目を持っているな。3枚の中でその絵が一番インスピレーションを受けて描けた。それが良いのか」「いや、ちょっと待って」といってもう一度絵を眺め
る。
 しかし描かれている世界の意味は全く分からず、この絵は何を主張しているのかがわからない。
「自信作とかみたいだし、変な質問したら怒られるかな」と頭の中で思考が交錯する。しかし勇気を振り絞って深呼吸。
そして弘樹は、「あ、あのうタイトルは」と質問した。すると予想に反して無表情のジェームス。「え、あ、あのう。タイトル... ....」もう一度質問する弘樹であるが、ジェームスは無表情ながらも鋭い眼光を弘樹にぶつける。そしてひとこと「そんなものは無い」と言った。「無いって」「タイトルは無題だ」という。

「ああ、なるほど。芸術作品ならそういうのもありだよね。なるほど無題。これいいかも」「まて!」と大声を出すジェームス「どうしたの」「今決めた。僕と私と君とあなたとに決定だ」「え?どうしてそんな名前なんだ?」 
 戸惑う弘樹。しかしジェームスは笑いながら、「クッククククゥ、それはその写真を見ながら君自身が考えたまえ。その絵を来週郵送で送るから、それまでにわかるだろう」
 そういうと、ジェームスはコーヒーを一気に勢いよく飲み干す。直後に立ち上がる。そして千円札をテーブルの上に置き「それで君の分も含めて足りるだろう。釣りは、君が受け取りたまえ」と言って、そのまま出口に向かった。

 暫く呆然とする弘樹。「やっぱり芸術家は凡人とは思考が違うわ。それにここのコーヒーは少しこだわりの店だから1杯550円するんだけどね。まあいいけど」と言いながら残りのコーヒーを飲み終えるのだった。




※またこちらの企画で遊んでみました(第2弾)

【単語で紡ぐ 10のお題2】 難易度が非常に高かったです。
メロディアタッカー/蝶々と歯車/銀河系水族館/3枚の写真
自由を求めたマリオネット/午前1時の喫茶店/真実の万年筆
僕と私と君とあなたと/偽正義レジスタンス/さかさま勿忘草

第2弾 販売開始しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 279

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