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ツナの気持ち

「エドワードどう、このスカート昨日買ってきたの」と言いながら、肩まで伸びる長い金髪と共に体を回すのは、イギリス人のジェーン。日本語が達者な彼女は、黒いストッキングの上に履いた赤いミニスカートを自慢げに見せる。
「うん、かわいいと思うよ。さて行こうか」とエドワードこと江藤は、感情なく言うが、心の中では喜んでいた。

「そういえば今日10月18日が ミニの女王・ツィギーが来日したからミニスカートの日らしいね。彼女もイギリス人・あ、ひょっとして真似した?」
「なに、それ!そんな昔の人関係ないでしょ That topic is boring!」と、少し不機嫌そうなジェーン。
 しかしすぐに気を取り直したのか「そんなことより、早くいかないと行列できるかもよ」と、途端に早足で歩く。

 実は最近近くに新しい回転寿司店がオープンした。今オープン記念セールのため、マグロやサーモンなど、ほとんどの寿司ネタが半額だったのだ。
「あ、行列が出来ていない。良かった」「まだ10時だからな。あと1時間遅れたらまずかったかもな」と言いながら店の建物を眺める。まるで大きな茅葺の合掌づくりを模したような大きな木造住宅であった。
「木造の建物か、張りぼてだと思うけど、和の雰囲気はいいなあ」と江藤はつぶやく。「早く入るわよ」とジェーン。彼女は寿司が大好き。日本での生活が長いから生魚にも抵抗がない。
「やっぱり、外の木造は張りぼてだよな」障子になっていたドアを開けると、中は木造っぽさを醸し出しているものの、明らかに近代的。大きな空間になっていて、レーンではすでに多くの寿司が回転している。そこには8割ほどの客の姿があった。

 ジェーンは、空いている席に座ると、飢えで苦しんでいるかのように、片っ端から回転してくる寿司を取りだす。「おい、一皿ずつ食べてからにしろよ」「エドワード大丈夫。私腹減ってるし、ツナ大好きだから」気が付けば、赤身、ネギトロ、中トロとマグロ尽くし。
「オープン記念でツナ半額だからしっかり食べないと」と嬉しそうなジェーン。対して江藤はサーモンとアナゴ、エビをとる。もちろんこれらも半額だ。
「いただきまーす」といってうまそうに食べるジェーン。口を惜しみなく大きく開けると、赤身の寿司の半分が口の中に入る。赤身自体にはうっすらとマグロの味がある。わさびもつけたので、鼻に来るわさびの風味が強烈だ。それでもシャリ飯と醤油とのバランスが見事に調和が取れて最高であった。
「美味しい!It's the best!」5分も立たないうちに最初に取った3皿を食べつくしたジェーン。すでに次の皿を狙っている。

 対照的に一皿ごとにゆっくり食べる江藤。こちらも気が付けば4皿目だが、なぜかマグロには手を付けない。「あれ、エドワード、ツナ食べないの?いつも大好きなのに」「ああ、今日はやめてておくよ」不思議そうな表情で江藤を見るジェーン。

  江藤は昨夜の悪夢を思い出す。

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「おい、今日はどのくらいの距離行けるかな」「さあな、俺たちはこの海流に身を委ね、気合を入れてどんどん泳ぎ切るしかねぇからな」
 ここは海中のようだ。そして上のような会話をしているのが回遊しているマグロである。「俺マグロになったのか?」確かにおかしい。水中なのに息苦しくない。さらに他のマグロたちと並行して泳いでいる。
「おい、お前!さっきから何ボサっとしている」「あ、いやちょっと」隣のマグロに声をかけられ、普通に会話をしている。
「あまり、油断してたらいつやられるかわからんぞ」「やられる?」
「ホモサピエンスだよ。あいつら罠を仕掛けて、俺たちの仲間を捕まえて食べやがる。聞けば俺たちとそんなに体の大きさ変わらないくせに、冷凍という方法で、ひとつの場所に俺たちの仲間を殺して、その死体をしばらく置くそうだな。それで少しずつ食べるっていうんだ。その場の生餌ではなく死体を保存して食うとは!なんて野蛮で下品、そして嫌らしい連中なんだ」

「あ、あ、そうか」俺はマグロが好きでよく食べていたはず。そんな話を聞くと、すごく彼らに悪いことしているんだと反省した。
 話しかけたマグロはすでに前のほうを泳いでいる。彼についていこうと必死で泳ぐ。「こんなに速く泳げるのか」マグロは時速100キロで泳ぐとか言われている。実際にはそんなに早くないらしいが、とにかく海中を軽快に泳げるのだ。
「そのような状況がしばらく続くと、目の前に気になるものがある」「なんだろうあれは」俺はそれを確認する。すると突然口に何かが引っかかった。「あ、なに、取れない!」それもそのはず。手ではなくヒレだから、引っかかったからといって容易に取り外せないのだ。

 すると体が進行方向に反して突然上に引き上げられる。すでに先ほどまで会話を楽しんだ仲間たちは、はるか遠くに立ち去った。「しまった、これって」俺の予想は的中。一本釣りの針に引っかかってしまったのだ。抵抗しても無駄。気が付けば水面から空中に引き上げられたかと思うと、すぐ近くの船の床にぶつかった。
「急げ、脳天を」と、今度は人らしい姿が見える。「の、脳天!」その瞬間頭に強力な衝撃が走る。そして記憶が飛んだ。次に船の上を見下ろしている。そこで見えるのは一匹のマグロ。「あれってひょっとして」そのマグロは脳天が締められたあと、つぎにエラのあたりを大きく裂いて穴をあけている。そしてエラ?らしき中身を取り出している。今度はそこから真っ赤な液体が流れだす。「あれって血?」俺は不思議と冷静に見ている。すでに死んだ後なのか。いやどう見ても死んでいるな。
 血は水で洗い流されている、次に頭のあたりにワイヤーのようなものが突き刺されているようだ。「よし神経締めが終わった。あとは内臓だ急げ!」との怒号が響く。こんどは腹に鋭利なものが突き刺され、そして裂かれている。その後は内臓らしきものが次々と内部から外に取り去られていた。

「よし終わった、冷凍室だ」その声と同時に内臓を取られた魚体は、船の中に入れられる。
 すると瞬時に視界に見えるものが変わった。何やらうっすら白い煙のようなものが見える。少し暗い空間。よく見ると白く固まった魚体がいくつも見える。「あ、あれは」そう先ほど瞬時に捌かれたマグロ。まだ色が白くない。それはかつての自分自身か。しかしそれが急速に白くなっていくのがわかる。「急速冷凍か。なるほどそれで鮮度を」
 またしても冷静に考えて自問自答していた。でも寒くなってくる。体からの震えが止まらない。「さ、寒い!」と感じていると、目の前が真っ黒になり意識が飛んだ。

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「Hey!エドワード!!」ジェーンの大声で我に返る江藤。
「何度も呼んでいるのに。まさか寝てたの?」「あ、え?かなぁ」
「私はもうお腹いっぱい。さ、帰ろう」「え、まだ4皿しか食べてないのに」

「だったら急いで食べてよ!」といって、スマホ操作するジェーン。
「わ、わかった」と慌てて回ってくる皿を次々と取る江藤。その中にはマグロも入っていたが、このときはジェーンがいら立っていたこともあり、気にせず食べるのだった。


第2弾も発売されました。

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シリーズ 日々掌編短編小説 273

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