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ドローンでドロンを試みる 第687話・12.10

「マウ吉兄貴、どこへ行くんです?」「チュー太見ろ。あいつで高飛びをするぞ」壁の奥の穴からから出てきたのは二匹のネズミ。普段は周辺のドブにうろつくが、最近突如現れた宿敵に、仲間が次々と殺されてしまい、追いつめられていた。
「あのニャー介一味がここまで暴れまわるとは」チュー太は走りながら、マウ吉話しかける。「ああ、ニャー介どもがこの街に来てからっていうものの。どんどん仲間が殺られているからな」
「一体ニャー介たちはなぜ俺たちをこうまでして狙うんでしょう。連中ら多くの仲間は、確か人間が用意したキャットフードなるもので、十分腹は満たされているのに、なぜ?」

「そいつは俺にもわからねえ。少なくともニャー介一味自体も、人間から見れば『野良』のレッテルが張られているようなお尋ね者集団だ」
 二匹のネズミは走りながらも、周囲を気にしながら先にあるものを目指した。

「それにしても、チュー作兄が」「チュー太やめろ!チュー作の話はよせ」不機嫌になるマウ吉。思わず走る速度が遅くなる。
「す、すみません」チュー太は立ち止った。「チュー作兄と兄貴との付き合いの長さは」「そうだ、チュー作とは本当に古くからこの場でお互い切磋琢磨して頑張ってきたんだ。ともにこの場所で骨をうずめようとまで誓った仲さ。それをニャー介の奴が、あ、あっけなく......」チュー太同様に立ち止まったマウ吉の体は悲しみのあまり大きく震えている。

「だから兄貴はもうこの地に」「ち、チュー太。そういうことだ。チュー作のいなくなったこの街に、俺はもう用はねえんだ。よしついたぞ」
「こ、このファンがいくつもついたようなのがものがですか」チュー太の問いに「チュー」とうなづくマウ吉。「そのファンみたいなのはプロペラというものだ。少し前に人間の話を横聞きしたが、これはドローンという空を飛ぶものらしい」
 二匹のドブネズミの前には真新しいドローンが置いてあった。

「急げ、気配がした。間もなく人間が来るぞ」マウ吉は我に返ると、目の前のドローンによじ登った。「急げチュー太」「へい、兄貴!」チュー太も続いた。
「でも兄貴、そ、空ですか。アッシは空を飛ぶ経験など」「心配するな。しっかり捕まれば大丈夫。あれでこの空高く、遠くに逃げれば、もうニャー介一味は、追ってこれない。つまり俺たちはドロンさ」
「なるほど。へい、わかりやした」チュー太は、ドローンに上ったものの、空を飛ぶという未知の体験を前におびえている。マウ吉はさすがに余裕がある。少なくとも表向きは。
「お、人間が来たぞ。恐らくこれが飛ぶ。よし、チュー太身を隠せ。もし人間に俺たちの存在が気づかれると、飛行が中止される。わかってるな」「へ、へい兄貴」

ーーーーーー
「とうとう買っちゃったのね。ドローンを」番田麻衣子は、同棲している久留生昭二が購入した、真新しいドローンを見てため息をつく。
「麻衣子いいだろう。これで空中撮影も思いのまま。どんどん撮って動画のアクセス数を稼ぐぞ!」昭二は嬉しそうにドローンのコントローラーを持っている。
「でもこれ、いくらしたの」「え、まあ君が勝ったWindowsパソコンよりは安いわな」「ひどい。それって何よ。私のは仕事で使うのよ!」とたんに麻衣子の表情が怒りに満ちている。
「そんなに怒るなよ。俺だって動画でさ」「半ば趣味のくせに! でも買っちゃったから仕方がないわ」
 麻衣子はあきれながらもドローンの購入を承認した。

「よし、いよいよ試運転だ。麻衣子知っているか、今日12月10日はドローンの日って言われてんだぜ」「ドローンの日?なんで」
「ドローンは無人航空機というんだが、2015年だからえっと」「平成27年ね」「あ、さすが和暦と西暦の変換早いな」
「仕事上、必要だからね」麻衣子は、先ほどまでとは違い、にこやかな表情。

「つまり6年前の12月10日に、航空法の一部を改正する法律が施行されて、『無人航空機』という概念が誕生した。これでみんなドローンが飛ばせるようになったわけだ」昭二もうんちくを心地よく語る。
「へえ、そしてその記念日に」「そう、試運転だ」昭二はコントローラを両手で持ち、操作をした。すると目の前の真新しいドローンのプロペラは回りだしたかと思うと、そのまま上昇していく。

「よし、飛んだぞ。近くの町の撮影をやってみよう」ふたりはドローンのことで頭がいっぱい。だからドローンの上に隠れていた二匹のドブネズミのことに気づかないまま。

「あ、兄貴、ちょっと宙に浮きやした」「そうだ、チュー太。いよいよ飛び始めたな。これで高飛びだ」「で、でもあっし、ひゃ!こ、怖い」「チュー太。下を見るな。そして怖がるな。怖がればどんどん恐怖が来る。それより、上を見ろ、そして真っ青な大空を楽しむんだ。俺たちはニャー介一味が支配した暗黒の町からこうやって脱出した。一味もまさか俺たちが、突然ドロンしたとなれば驚くだろうな」

「で、でも兄貴、ひ、ひえ」「がんばれ、しっかり捕まってりゃ大丈夫。気がついたら新天地さ。そこで俺たちは新しい世界をお前と築く。なあに、俺たちならできる。そうだろうチュー太」「へ、へい。兄貴」

 一方地上のふたり。「おお、これはいいなあ。使いやすいし。買った甲斐があったぞ」「ねえ、これどこまで飛ばすの?」
「いや、麻衣子。今日はこのくらいにしよう。とりあえず試運転だからさ。明日からもっと計画を立てて本格的に飛ばしてみよう」というと、昭二はドローンをコントローラを使って地上に戻す。

 そんなことも知らない二匹のネズミは、大空への恐怖におびえながら新天地への夢を頭の中で思い浮かべるのだった。





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