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8月8日

「マサオ、さっきから鏡を見つめて何しているの?」
 マサオが振り返ると、ユカリがエプロンをつけていて、笑いをこらえている。「何って、ちょっと歯並びを見ていただけだよ。あとデブになってないかなって」
「一体朝から何を気にしているの?別に太ってないわ。そんなことよりあごの無精ヒゲを気にして頂戴」「わかってるよ。ったくウルサイな。今から剃るから」と面倒そうに言い放つと、マサオはカミソリを取り出した。
 まずあごに、シェービングクリームをふんだんに塗る。白いひげが生えたようになったところに、安全カミソリの刃を合わせる。そしてゆっくりとカミソリを引く。シェービングクリームは、カミソリに引っ張られるように動きだしどんどん大きく成長する。カミソリはさらにシェービングクリームと道連れにするかのように、あごに生えているひげの肌面との境界線をシャープに切り裂く。そして切り離された上の部分は、クリームと共にカミソリの圧力により引っ張られる。カミソリが通った後は、それまで点在していた無精ひげの黒い点が、見事に刈り取られて一面に肌色が広がった。

 顔を洗い終えたマサオは、テーブルに腰かける。
「しかし、ユカリどうしたんだ。朝からエプロンなんかして、料理に目覚めたのか」「まあね」とユカリはやけに機嫌がいい。
「昨夜、洋食を食べたでしょう」「ああ、ハンバーグか。あれは美味しかったよマジで」
「あれ、先週ネットで買った料理本のレシピで作ったの」「ほう、いいじゃないか、手づくり料理を作ってくれるのはうれしいよ」とマサオは嬉しそうにユカリを褒める。
 ユカリは顔を少し赤らめた。「ち・ちょっと恥ずかしいけど、今朝も早起きして作ってみた」「へえ、何を食べさせてくれるんだ」
「今から持って来るわね」
 そういってユカリは、テーブルに次々と料理を持って来る。マサオは朝から数種類の手作り料理が運ばれてきたので、初めは笑顔が絶えないが、だんだん戸惑いの表情に変わってしまう。
「おい、いっぱい持ってきたけど何を作ったんだ」「あ、説明するわ」

 全ての料理を持ってきたユカリは、マサオの前に座ると、料理をひとつずつ指差して説明する。「まずこれが、タコの酢物。で、こちらが納豆、それからデザートに白玉団子よ」
「ずいぶん手が込んでるな。これ全部朝から作ったの?」
「ううん、まさか。前の日に仕込んでおいたものばかりよ」
「前の日って、納豆もまさか手作りなのか?」

「そ、それはさすがにありえない。昨日商店街で買って来たものよ。だってこれ発酵食品でしょ」
「あ、ああ納豆菌だよな。でも俺が納豆好きなのよく覚えてたな」「そんなの当り前。もう一緒に住んでどのくらいだと思ってんの」
 ユカリは口では笑っているが眼が笑わずにマサオに視線を合わせる。マサオは思わず視線を避け、ごはんの上に納豆を載せてかき混ぜた。

「まあいいや、本日8月8日から連休だもんな。ゆっくりとした朝食を取ろう」
「ハーイいただきマース」
 こうしてふたりは朝食を食べ始めた。5分ほど経つと、ユカリは何かを思い出す。「あ、忘れていた、商店街にある漬物屋で買って来たもの」

「漬物屋!ああ、あの赤い屋根が特徴の店」「そう」
「あそこのおばあさん元気だった」「あ、あの日はその人いなかった。娘さんかお嫁さんかわからないけど、若い人がいたわ。おばあさんのときは、古びて年季の入ったそろばんで計算してたけど、若い人はスマホの電卓使ってた」
「そうか」マサオはややさびしそうになる。
「最近俺、行ってないなあの店。君と知り合う前は。良くあの商店街で自炊用のおかずとか買って帰ることがあったから、いつもあの漬物屋のおばあさんとこ寄っていた。そしたら、『若いんだからしっかり食べないとダメ』って言ってくれて、いろいろサービスしてくれたんだ」
「へえ、マサオの親代わりだったのかもね」「うん、そうか親か。今度実家帰ったら親孝行しないといけないな」マサオは、そう小さくつぶやくと、納豆ご飯の残りを一気に平らげる。

「はい、これ」といって、冷蔵庫からユカリがパック詰めされたものを持ってきた。「ねえ、このマークって漬物屋さんのものよね。でも何か意味があるのかしら○字に八って、あそこは中田商店だから八とかつかないのに」
 マサオはそのマークを軽く見ただけですぐに分かった「これは、『まるはち』だ」「まるはち?」意味が解らずに戸惑うユカリ相手に、マウントを取るかのように勝ち誇った表情のマサオ。
「これは、名古屋の市章だよ」「ええ?知らなかった。何か時代劇に出そうなマーク」「確かおばあさん言ってた。名古屋出身って。だからだ」
 そういうと輪ゴムで止めてある、まるはちと店の屋号が印刷された紙を取り除く。すると立派にパッケージされている。「なんでこんなに立派に」「あ、そう、これ珍しいから多い目に買ったのよ。半分は漬物好きの叔父さんに送ろうと思ってたら、あらら店の人全部パッケージしてくれて」
「叔父さん、ああのぱちんこ好きの」
「うん」「確か一度だけお会いしたときに、やたら俺に勧めて来るから、断るのに苦労したよ」
「そうよね。叔父さんの悪い癖。ごめんね。あの人叔母さんに先立たれて寂しいから」

「もう、いいよ。でも懐かしいな。これプチプチじゃないのか」そう言って、マサオは、整然と並んだプチプチのひとつ。出っ張っているところを指で強く押す。そして期待通りの音がはじけると、次々と同じ動作を繰り返した。
「あ、それ半分残しといて!」「なんで、子供みたいに」
「それみると、子ども会のこと思い出すの」「え?子ども同士でプチプチの取り合いにでもなったのか」
 しかしユカリは首を横に振る。
「じゃなくて、あれは夏休みに子ども会で、近くの河川敷にちょうちょうを取りに行ったとき」
「うん、それで」
「アゲハチョウとか、一杯飛んでいたんだけど、中々みんな取れないの」
「確かに難しいかもな。イメージ的に蛾の方が取りやすそうだ」
「で、みんな取れないから飽きちゃって、仕方なく河川敷に生えている草の葉っぱを、ちぎって遊びだし始めたの」
「そんなときに私も、葉っぱをと思ってたら、プチプチが落ちてたの」
「ゴミ?」
 マサオは少し驚いたように顔を軽く前に出す。
「今考えたら、誰が捨てたのかわからないから怖いけど、小学生低学年だったから何も考えず、怖いものなし。それを拾って、プチプチして遊んだのが気持ちよかったの」

「プチプチはみんなそうだな。あ、忘れいてた。ん?これは」
 マサオが見た物は、球形の野菜がふたつつながっている。あたかもひょうたんのように。
「それひょうたんの漬物よ」「え、本当にひょうたん!マジで!」驚きの表情を見せるマサオ、対してユカリは余裕の笑みを浮かべる。
「それお店で、味見させてもらったけどおいしかったわ」

 いわれるままにマサオは、緑色の小さなひょうたんの漬物を箸でつまむ。「本当にひょうたん。これは初めてだ」そう言って口に含む。特にひょうたんだからと、口に含んでも大きな特徴・違和感は無い。歯を立てると、ちょうど良い口当たりと食感の硬さ。その味わいも、普段良く食べる漬物の味と大差ない。『見せる漬物か』マサオは直感でそう思った」

「あ、そうだもうひとつ」ゆかりは再びテーブルから立ち上げると、冷蔵庫の方へ。今度は両手で持つほどの大きさをした緑色の丸い野菜を持ってきた。
「それ、青パパイヤ!」「あ、やっぱり沖縄出身者ね。向こうでは料理に使うんでしょ。珍しいモノ入荷したからって、勧められちゃった」
「うん、うぁあ懐かしいな。沖縄にいたときは良く食べた。あ、そうだ!」
マサオが大声を出す。「どうしたの?」
「今晩久しぶりにパパイヤチャンプルーを食べよう。俺作ってみるわ」「え、本当に」「うん、懐かしい。作ろう」

 そういうと、マサオは突然スマホを取出すと、真顔になり何か操作をはじめた。「何してるの急に?メッセージの確認?」
「え、いや、パパイヤチャンプルー食べたことあるけど、作ったことが無いから、ネットでレシピ探してんだよ」



追記:本日8月8日はこんなに多くの記念日があるそうなので、このキーワードを全部入れた小説を書いてみました。(太字部分参照)

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こちらは37日目です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 204

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