ＵＲＵＳＩ　第660話・11.13

「Hey Edward! Is this lacquer?」「なんだ、ジェーン？　急に英語など使って、なに　lacquerって漆器か？」エドワードこと江藤は、パートナーの英国人のジェーンが、通り沿いにあるショップのショーケースに展示している食器を眺めているのを後ろから覗く。
「これは、ビューティフルね」「おう、確かにな」江藤もしばらく見る。非常に気に入っているように見えたから、一瞬ジェーンのために買ってあげようと考えた。だがその下についている値札を見て考えが変わる。「無理だ、桁がせめてあとひとつ小さければ......」

「わかってるわ。見るのはフリーだから」ジェーンは、あっさりあきらめたようで、ふたりは店の前を離れた。
「漆か、よさそうだけど日本の漆器は高いからな」「ミャンマーで買って来ればよかったかな残念」
「ああ、もうすぐ2年になるな。ミャンマー旅行」ふたりは2020年の1月ごろに行ったミャンマー旅行を思い出す。

「でもさ、ミャンマーで行ったのはヤンゴンだぞ、漆の名産は、確かバガンじゃなかったか？」
「でも売ってた気がするわ。あのときはそんなに欲しいなんて思わなかったんだけどね」
「それは漆というより、器の問題じゃないか？」と江藤がつぶやく途中で、ジェーンは何かを思い出したように大声を出す。

「エドワード！やっぱりあれ気になる」　ジェーンは突然後ろに向いて走り出す。「おい！」慌てて後を追いかける江藤。ジェーンは先ほどの漆が展示していたお店に向かい、今度は店の中に吸い込まれた。遅れて江藤も店に入る。

「いらっしゃい」店内は思っていたよりも奥行きが細長く広い。中には眼鏡をかけた白髪の初老の男性がいた。彼が店主のようで、江藤とジェーンに挨拶をする。
「見て、エドワードいっぱいあるわ」江藤が見ると確かに店内にいろんな漆商品が置いてある。壁に張り付くようにいろんな種類のものがあった。「お、これなら」江藤は小さな漆器を見つける。手に取り値札を確認。料金が手ごろで買えない金額ではない。

「先ほど覗いておられましたな。あの前にはわざと高い商品を置いているんですよ」店主が話しかけてくる。
「なぜだろう」江藤が考えているとすでにジェーンが「ねえ、それはなぜですか？」と、考えていたことを直接質問してきた。
　店主は口元を緩めると「それは冷やかし目的の客を中に入れないためですね」と答えた。「なるほど、高い商品を扱っている店とすれば、興味もなく眺めている人は立ち去る。それでジェーンのように本当に興味があれば......」　
　江藤は頭の中で店主の考えを分析した。

「エドワード、海外の漆製品もあるよ！」とジェーン。「意外だ、日本のもの以外もあるとは」エドワードが店の奥に入ったジェーンの方を歩く、その後ろからは店主もついてきた。「ほら、これミャンマーの」「おお、確かに向こうで見たことがあるぞ。日本のものとは違う」

「ええ、おふたりは中々お目が高いようですね」と店主がにこやかに話しかける。「うちは、漆の専門店。漆は日本だけのものではなく、海外にも数多くあります。ミャンマーのほかにもブータンや中国、朝鮮半島など、漆製品を一通りそろえています」先ほどまでにこやかだった店主の目が鋭くなり、延々と漆について語りだす。「その中でも、私が好きなのはベトナムです。どうぞ、こちらにありますのでご覧ください」

　店主が、さらに奥の方に歩いていく。ジェーンと江藤も後に続く。「これですな、ベトナムの漆器。いかがでしょう」「これがベトナムの漆製品ですか！」江藤は思わず目を見開いた。

「Wow! Beautiful！」思わず英語で叫ぶジェーン。カラフルなベトナムの漆器を一つずつ手に取ってじっくり眺める。

「エドワード！これ気になる」とジェーンはひとつの漆器を手にした。「いくらくらいだ」江藤は金額を確認した。どうやら十分買える金額だ。「しょうがない、ジェーン買ってやるよ」その瞬間ジェーンは背中まで伸びた金髪を振りながら、江藤に抱き着いた。

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　こうして思わぬ買い物をしたふたりが、家に帰る。「ところでジェーン。それで何するんだ」江藤のさりげない一言に、何も考えていなかったジェーンは立ち止った。「え？何も考えていない。見た目が素敵だったから」

「でもそれ、そんな安いものではないんだけど......　目的もなく買ったのか？」
　少し江藤の視線が鋭くなる。少し目が泳ぐジェーン。「うーん、あとで考える。別に慌てる必要はないわ」と適当にごまかすジェーンは笑顔で先に歩く。後ろをついていく江藤は、首をかしげながらも、口元は緩み白い歯を見せた。

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シリーズ　日々掌編短編小説　660/1000

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