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SNACK 6.21

「おい、ここだ」霜月秋夫はとある歓楽街の外れに妻・もみじとおよそ歓楽街に似つかわしくない、娘の楓を連れて来た。

 歓楽街といってもここは小さな町で、数件程度のスナックが並んでいる程度。それに今は昼間である。
今日は秋夫の会社が休み。というわけでファミリーで外出したがその先が、この歓楽街本来ならファミリーで来るべきところでは無い。だが今回は違う。
「ここに来てるのね」もみじの問いに軽くうなづいた秋夫はドアをノック。中から声がすると「霜月です」と言って中に入った。
 秋夫に続いてもみじたちも中に入る。窓のない薄暗い空間。カウンターだけの店。一見レトロな喫茶店にも見える。だがカウンター越しにはウイスキーのボトルが並んでおり、そこにはキープをしている客の名前が書いてあった。また壁越しにある機械はカラオケのようである。
 そしてカウンターの前でにこやかな挨拶をしたのはこの店のママ。ここはスナックである。
「霜月さん、今日はご家族でようこそ」にこやかなママは、金髪に染めたパーマ。明らかに塗っているとわかるような白い顔。そして長いつけまつげに金色をしたものを多数身に着けていた。服装も昼間の仕事をしているとは思えないセクシーさを放つ。

「あ、いつも夫がお世話になっています」戸惑いながらもあわててママに挨拶をして頭を下げるもみじ。3歳の楓はもみじの真似尾するように頭を下げる。
「そんな、堅苦しい挨拶は抜きに。さあどうぞ」ママは営業の笑みを浮かべながらもみじ達を案内。年齢はもみじより明らかに年上。なんとなく圧倒された気になる。楓は背の高いカウンター椅子に座るのに苦労したが。秋夫がサポートして事なきを得る。
  通常はこの時間に店は開いてはいない。この日は常連である秋夫のための臨時営業なのだ。

 この店は秋夫が結婚する前から通うほど付き合いが長い。もみじと結婚するまでは週に3回ほど通っていたほど。結婚してから頻度は減ったが、それでも「週に1度はいいか」と秋夫にせがまれもみじは了承。

「結婚時に妥協したのがわるかったか」その後もみじは、そのような了承をしたことを少し後悔した。毎週水曜日は秋夫がスナックに立ち寄って帰るという習慣。以前なら数時間いた秋夫が1時間程度で帰るようにはなっている。それでももみじは気になって仕方がない。
 それを察知した秋夫。「変な誤解があるのかもしれない」そう考えるとママに相談した。ママは「古い付き合いだからいいわ。お昼に奥様と娘ちゃんとおいで」といってこの日を迎えたのだ。だから今日は貸切。

 だから秋夫にとってはスナックで浮気のようなおかしなことは一切ないことをアピール。もみじはモヤモヤをすっきりしたいということでこの日を迎えた。だから店についたものの。静かで張り詰めた空気。もみじは下を向いたまま。秋夫も下手にママに話せず戸惑っている。

「まま、ビールをグラスふたつで」静かに秋夫は注文。すぐにビールのコップがふたりの前に。ママはもみじを先にビールを注ぐ。もみじは「あ、ありがとうございます」と低いテンションで頭を下げるのみ。
 秋夫は静かにビールを口に含む。もみじは口をつけずにカウンターを凝視。何もわからない楓は見たこともないスナックの店内を興味深く眺めていた。

「そうだ、皆さんがお昼に来ると聞いたので私、お昼ご飯作ってきました!」まずい状況を打開しようとママがわざと張り切った声を出す。「ああ、これはプライベートの物だからご心配なく」「ママ、何を」

「栗ご飯。皆さん秋の物が好きと聞いてたので」と営業スマイル。ここでおもわずはんのうしたのはもみじ。
「ち、ちょっと、え? この時期に栗! 本当ですか」3人の中でも特に秋の味覚に敏感なもみじ。その中でも栗ご飯は、松茸ご飯に次いで好きなのだ。
「ええ、実はこういう仕事柄、お客さんにいろんなおつまみを出す必要があって、旬の物を多い目に買うんです。それを冷凍して出すわけ。ちょうど昨年多くの栗を飼って冷凍してたんです。こんな時に役立つなんて」
 ママは笑顔を見せながら後ろを向き、栗ご飯の入った重箱をカウンターの上に乗せる。
「お皿しかないけど、ごめんなさいね」と白い皿を3枚カウンターの上に乗せた。
「これは、お言葉に甘えて」とうれしそうなもみじは、さっそく食べる。この光景を見て安どの表情を浮かべる秋夫とママ。しかしその横でつまらなそうに眼を見開いているのが楓
「お、楓、どうしたんだ。栗ご飯だよ」秋夫が説明するも楓は小さな頭を主一気に左右に振ると。「わたぢ、カレー食べたい!」と大声を出す。

「え、楓ちゃん。カレーが食べたいの」まさかの状況にママは苦笑い。
「そ、そうか。あ、すみません」楓の本当のママであるもみじはママに謝ると。「実は楓最近カレーに嵌ってるんです。一歳以上ならカレーを食べさせてもいいと聞いたので、どうしても料理が作るのに苦労するときには甘口のカレーを食べさせたりして」

「え、俺そんなの食べたかな」「それは、毎週水曜日。つまり」
「あ、ああここにきているときか」ブーメランのような返しを受けた秋夫も苦笑い。

「しょうがないな、うん? あ、ここってカレーあるよね」秋夫はこのスナックにはカレーがメニューにあることを思い出した。
 飲み屋であるスナックなのになぜカレーがあるのか? これは客が飲んでいる最中に『小腹が空いて何か食べたい』といわれることが多い。そこでママが考えたのがカレー。とはいえ複数メーカーのレトルトカレーを混ぜて少しだけ味わいを複雑にしているだけのものだ。それでも酔った客ならすれば十分。実際に秋夫もよくここでカレーを食べていた。
「あ、あるけど...... 楓ちゃんには」ここで初めてママの表情が険しくなった。
「そ、そうだな。大人の辛口だ。まだ楓には早いなどうしよう」「あ、そしたら楓は、スナック菓子で我慢させます。仕方ないわ。せっかくの栗ご飯食べないんだから」と。もみじはきっぱり。そしてビールを口に含んだ。

「ああ、それがいい。ねえママ。チョコレートかそのスナックがしとかない」秋夫も同意。ママは戸惑いながら探すこと数秒間。「えー あっこれがあるわ」とママが本当の笑顔でカウンターに見せたもの。それは子供用の甘口カレーのレトルトであった。

「何で?」それを見て目を見開く。そしてコップに残ったビールを飲みほした。
「いや、あの知ってる、中島さん」「ああ、あの人ね。あのカマキリみたいな顔してる」
「それは余計よ。あの人独身でしょ。この前いらしたとき何かの景品でもらったらしいの。『子供用の甘いカレーはいらないから』って店に置いて帰ったわ。私もどうしようかなあと思ってたら、これは見事ね」

 こうして楓用のカレーが即座に用意された。出来上がった子供用のカレー。楓は、それを見ると笑顔になり大きく口を開けて笑った。そして
「いてぃやだきまーす」と言って手を合わせた、
じゃあ僕たちも改めて「いただきまーす」と言って栗ご飯を平らげる。

 その後は、場の空気は和やかにママと秋夫、もみじの三人は打ち解けあって会話を楽しんだ。気が付けばビール3本。さらに1曲ずつカラオケを歌う始末。

「今日はありがとうございます」「お昼にごめんなさいね」滞在時間3時間のスナック滞在はこうして終わった。楓はカレーを食べると眠くなったが、来た時に気づかなかった4人掛けの席の奥がソファーになっていた。そこで寝ていたので、このころにはすっきり目覚めていた。

「今日は霜月さん、参観日でしたね。もみじさん、安心してね」とにこやかに三人を送るママ。

「最初はどうなるかと思ったよ」帰り際の秋夫。「だって私もどうしてよいか。栗ご飯に助けられたわ」「それと楓のカレーもな」
 名前を呼ばれたのがうれしいのか楓が「カレー大ちゅき!」と大声を出す。「やっぱり食べ物の力は強いのね。そっか今度の秋の味覚余ったら私も冷凍しよう」
 そういいながら、楽しく家に帰る霜月ファミリーであった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 516/1000

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