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勤労を感謝する  第670話・11.23

「ごめん、待った」「うん、10分くらいね」小走りに近所の公園に走ってきた今治美羽に、ベンチに座って笑顔で応じる尾道拓海。ふたりは高校1年だ。今は別々の高校に行っているが、元々幼馴染だったふたりは、自然と付き合っている。
「美羽、今日どこに行こうか?」「そうねえ、拓海君どこかない」休日のたびに会っているふたり。たいていのところには遊びに行ったので、お互いそろそろネタ切れとばかりに、行く場所については待ち合わせからゆっくり決める。

「今日って勤労を感謝する日だよね」唐突に美羽の言葉。「ああ、そうだよ。最近バイト初めたから俺も勤労者だ」「それも私も。でももっと正社員とかそういう人は大変よね」「うん、でもまだ俺たちが正社員までは6年くらいあるな。高校卒業まで2年ちょっとで、それから大学だからな」
「あ、拓海君、大学行くんだ。この前、専門学校でいいって言ってなかった」
「いや、俺はやっぱり大学行く。勉強もやっているよ。大学はまた美羽と同じところを目指すんだ」
 それを聞いた美羽は思わず笑顔になり、もたれるように拓海に体を寄せた。

「ねえ、だからさ、今日は勤労を感謝するようなところに行かない?」甘えるような美羽の声。拓海も嬉しそうに口元を緩ませると。「あ、ああ、いいけど、どこなんだそれ?」
「例えば、私思ったんだけど、今日は働いている人の負担にならない方がいいと思っているの」
「働いている人の負担にならない、うーん」「私たちだけでは知れているけど」「例えばどういう事なんだそれ?」拓海が首をかしげる。
「そうねえ、例えば店でその場で、スタッフさんが作っているようなものとかを買わないし利用しない」「え、今日は何も食べないの?」「コンビニのモノを買ったらいいわ。あれは多分昨日かその前に作っているはずだから」

 しかしこの美羽の言葉に拓海は強く反論した。なぜならば拓海の今のバイト先がコンビニだからだ。
「でもさ、それを言ったらさ、コンビニのスタッフの労働の負担になるよ」「レジとか?」「レジだけじゃないって。例えばさ、陳列している商品をぐちゃぐちゃにしたらそれを直す人がいる。それから掃除担当もいる。あとコピーとかも、紙が切れたら紙を補充しないといけないんだ。コンビニは大変なんだよ」
「そんなこと言ったらきりがないじゃん!」熱く反論したためか美羽はつまらなそうな表情で拓海から離れる。
「うん、だから無理だよ。働いている人の負担を俺たちが軽減するなんて、やるとすれば今日は何も食べずにここで1日ぼんやりするしかないな」

 しばらくふたりの会話が途絶えた。美羽はうつむいたまま。拓海は顔を上げて遠くを眺めている。
「なあ、もし勤労を感謝するんだったら、逆の発想はどうかな」5分くらい経過したら今度は拓海が何かをひらめく。
「ぎ、逆の発想?」「うん、逆に俺たちがそのサービスを使っていっぱいお金を払うんだ」「うん」「それでお店の人とかは大変だけど、結局そのお金からその人たちの給料になるから、その人たちにとってはありがたいんじゃないかな」

 拓海の発想は美羽の盲点。思わず目を見開いた。「ああ、そうね。その人たちに感謝するために、給料を増やすか。だったら本当に小さい店に行った方がいいかしら」「だな、大きいところはたいてい時給だから、忙しくても暇でも給料は同じ。小さいところ家族でしているようなところだと、多分忙しければその分その人たちのお金になる」

 ふたりの意見は一致した。だがここでふたりはまた黙ってしまう。なぜならばふたりは家族でやっているような小さな店にはいかない、ファミレスとかチェーン店のようなところばかりに行く。だからどこがいいかわからないのだ。

再び5分くらい経過した。

「そうだ、あそこ行ってみない。クレープ屋さん」美羽の声。「クレープ屋さん、あああそこ」「うん、いつも気になってたけど素通りしてたでしょ。あそこは多分、小さいからいいかも」
「そうだな、チャンスかもしれない行ってみよう。で、そのあとはどうするの?」「え、」ここで固まった美羽。「うーん、どこか行きたいところある」「いや、まあこうして美羽と一緒にいるだけで、俺はいいけど」
 こうしてまたふたりは、同時にため息をついてベンチで考え込むのだった。



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