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ホワイト・ゴーヤ

「おう、今日はゴーヤが安かったぞ」久留生昭二は、同居人の番田麻衣子に声をかけた。
「え、ゴーヤ! 私ゴーヤ苦手なのごめん」
「しょうがねえな。せっかく今日は『ゴーヤの日』なのによ」「ゴーヤの日?」麻衣子は首を傾げたが、すぐに「あ、5月8日だから『ゴーヤの日』」と言って笑った。
「でも、私ほんとダメ。ゴーヤチャンプルーとかでもゴーヤだけ外して食べるのに。それでもその苦みが少し入っていて......」と言いながら、麻衣子は顔がしわくちゃになるまでしかめる。

「そうか、そりゃ残念だな。だけど実はゴーヤはゴーヤでも、ちょっと変わったゴーヤだったんだが」
「変わったゴーヤ?」「そう。これ見てみろよ」
 昭二が自前のエコバックから、取り出したものを見る麻衣子。だが見たこともない姿に、驚きのあまり開いた手の甲を口の前に出した。それは見た目は、紛れもなくゴーヤである。だが一般的なグリーンのゴーヤとは違う。色が抜けたように白っぽいのだ。

「なに、白い! え、そんなゴーヤあるの」「だからここにあるんだ」
 昭二は得意げに胸を張る。「これは『白れいし』っていうんだ。昔、台湾で食べたことがあるんだ。これ苦くないんだぜ」「へえ、苦くない! 白いゴーヤが......」

「だけど、まさか近所で売っているとはな。だから買ってきた。さっそく食べてみようぜ」
「え、それ。でも私はいいわ」「何で?」
「いや、だからゴーヤは」「そんなこと言うなよ。これサラダにもできるくらい苦くないんだ。騙されたと思って食べてみようぜ」

「じゃあ料理は」「もちろん俺が作る」昭二はそう言ってひとりでキッチンに入って行った。

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「さて、できたぞ」あれから1時間。昭二が嬉しそうにキッチンから出てきた。「え、ほんとに、あれ食べるの?」麻衣子の表情は硬い。とりあえずテーブルに座る。
「どうだ、二品作ったぞ」昭二はテーブルに、二種類の料理を置く。いずれも白いゴーヤを使ったもの。
「まずこっちは、定番のゴーヤチャンプルー。違うのはゴーヤの色が白っぽいだけだ」「うん、緑じゃないから見た目変な感じね」

 麻衣子は出来立てでうっすらと湯気が漂う、白いゴーヤチャンプルーを眺めながらつぶやく。
「でも定番のものより苦みが抑えられているから、これはいけるんじゃないか」得意そうな昭二。
「これは、え、サラダ? ゴーヤで」麻衣子がもう一品を見る。「ああ、サラダだ。ツナと白ゴーヤをマヨネーズで和えて見た。この白いゴーヤは通常のゴーヤと違って苦みが少ない。だから定番のゴーヤならまず無理そうな、こういうサラダに使えるのが特徴なんだ」

 麻衣子は、白ゴーヤとツナのサラダを興味深くしばらく眺める。
「へえ、気になるわ。じゃあ食べてみみようかな」麻衣子は今までのゴーヤに対するトラウマよりも未知の味。『白ゴーヤは苦みが抑えられた』というものへの好奇心が、それを上回る。
 こうして麻衣子はさっそくゴーヤチャンプルーに箸をつけた。そして少し緊張しながら、ゆっくりと口の中に入れる。
「うん、あ、確かに多少の苦みあるけど。これなら」食べて安心したのか、すぐに再度ゴーヤチャンプルーめがけて箸を動かした。
「次はこっち」麻衣子は、サラダにも挑戦する。ある程度この白いゴーヤは苦くないことが分かった。とはいえ未知の料理、ゆっくりと何かを確認しながら口に運んだ。

「おいしい。すごーい。これイケるわ」麻衣子の表情が一気に柔らかくなる。それを見た昭二も嬉しそうにうなづくと、自らも箸を持ち白ゴーヤ料理に手を付けた。

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「ねえ、ゴーヤって白ゴーヤ以外に種類あるみたい」「え、そうなのか?」食事を終え、口の中を掃除するようにお茶を飲んでいた昭二が、麻衣子を見る。

「ほらこれ」麻衣子は自前のタブレットを昭二に見せた。
「本当だ。へえ、ゴーヤって結構種類多いぞ」昭二はタブレットから映し出されたゴーヤの一覧を、食い入るように眺める。
「『長れいし』って、すごいな。これじゃあ、ゴーヤというよりキュウリみたいだ」
 昭二が見た長れいし。直径が6センチ程度しかないのに長さが数十センチにまで伸びるという。
「この『太れいし』は対照的ね」麻衣子が指さした太れいしは小ぶりであった。

「白長れいしってあるぞ、うん? そうか、今は売られていない『幻のにがうり』だってよ」昭二に負けじと麻衣子も何かを見つけた。「あ、東南アジアにもゴーヤってあるみたい!」
「え、マジで? 沖縄と台湾だけじゃないのか。あ、そっか。バナナやパパイヤ、マンゴーとか共通だ。へえ野菜とか果物は似てるな」
「ねえ、これ面白い。『タイゴーヤ』と『ベトナムゴーヤ』だって」麻衣子は楽しそうに次々とゴーヤの画像を見比べる。

「あ、観賞用もあるみたい」次に見つけたのは『ウッチャボルダエ』という品種。他のゴーヤと比べて非常に小さく5センチ程度の長さで太さが3センチ。そのためか通常ゴーヤの特徴のひとつでもあるいぼが、トゲのようにとがっている。

「おう、俺はやっぱりこれだな。見ろ、この『汐風』『島風』『群星』『夏盛』この辺りが好きだな。定番だけど」
「だから、その定番は苦いんだって!」
 あれだけ笑顔だった麻衣子が突然苦虫をつぶす表情に戻ると、タブレットを昭二から奪い取った。

「よし、じゃあやっぱり『白れいし』ね」「あ、ああ。気に入ったんだな。買ってきて良かった」
「うんそう。今、白れいしの種ネットで買ったわ」と、口を緩めて白い歯を出す麻衣子。

「え! 種っておい」「この白いゴーヤなら私でも食べられるでしょ。だから種から育てましょうよ。ということは植木鉢がいるわね。あと専用の土かしら」

 こうして突然ゴーヤを育てることに目覚めてしまった麻衣子であった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 473/1000

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