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モチーフになった監視員 第762話・2.24

「ああ、良かった!夢か」私は目覚めた。背中にびっしょりと汗をかいている。私は2日に1度は夢を見るが、昨夜の夢は今まで見たことのないほど恐怖に満ちていた。「まだ、記憶に......すごかった」

 私はある美術館で監視員のアルバイトを始めて半年。そろそろ仕事にも慣れてきたためか、夢でも仕事中のものが出てくる。昨夜もそういう夢を見た。誰かの企画展の前にある大きな絵の前で監視をしている夢である。
 目の前の絵はどこかの大きなホールのような場所。そこには額に入った花の絵が飾られており、横に椅子が置いてある。「まるで美術館のようだわ」私はそれをぼんや見ていた。その後来る恐怖を前に。

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「さて今回の展示会、アメリカ人のアーティスト、ジョンソン氏の作品について解説をします」今日は新しい企画展が始まる前日。美術館に出勤した私は、他のメンバーと一緒に、館長から絵の解説を聞く日でもあった。これは企画展開催中に、監視員に声をかけてきて質問をする見学者がいて、その質問に多少のレベルであれば答える必要があるからだ。

 ジョンソン氏は、30歳代くらいの男性でミシシッピー州に在住しているという。アメリカでは今最も話題の画家ということで、この美術館ではいち早く彼の作品を展示しようとなった。ということですでに展示を終えたジョンソン氏の絵を一枚ずつ見ながら館長が解説してくれる。彼の絵は日常で働いている人の姿を写実的に描く技法を用いていた。「写真のようね」私は心の中でつぶやく。

 こうして一通りの絵が終わり、最後の部屋つまりここを過ぎると出口となり、ミュージアムショップに続く場所。ここまで来ると館長は突然表情が緩むとこう説明した。「最後は、皆さんにぜひ見てほしい絵です。何しろ美術館の監視員をしてくださっている皆さんががモチーフになっているのですよ」
 こうして館長は最後の部屋に一同を案内する。それは確かに監視員が美術品の横の椅子に座っている絵。「おおお!」他のメンバーは一堂に声を上げる。
「こ、これは!」だが私は、思わず血の気が引き、少しめまいを起こした。ここで昨夜の夢を鮮明に思い出す。

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「そこにいる君」夢の中で、私が絵を見ていたら男性の声。最初は無視をしていたが「そこにいる君、聞こえている!」ともう一度声がしたので、私が振り向くとひとりの白人の姿があった。
「はい」私が驚きの声を上げると、その白人男性は日本語で。「君、あそこの椅子に座ってくれないか」と言い出す。
「ちょっと、何を言っているのですか?」私は聞き返した。その椅子というのは絵の中の椅子。座れるはずもない。
「大丈夫座れるよ。そのまままっすぐ歩いてみて」という男性。私は首をかしげながら歩いていると、不思議なことに絵の中に入り込んでいるではないか?「ほら、入れるでしょ。さ、早く座って」私の後ろからはその白人男性も絵の中に入ってきた。私は言われるままに椅子に座る。「いつも座っている監視員用の椅子と変わらないわ」
 私は、椅子に腰かけると、一瞬横にかけられている額縁の絵に視線を置いた後、いつものように前を見た。目の前にいた白人男性は笑顔になり「あと、これを後ろ髪につけてくれないか」と白いリボンを渡された。「こんなのこういう場所では」と私は思ったが、白人男性に言われると断れず、私は何の抵抗もなくリボンを髪に取り付ける。すると「出来た。作品ができたぞ」と白人男性が声に出してうれしそうな表情を見せると、突然目の前から姿を消した。

「ちょっと、あの、どこへ」私が白人男性を追いかけようと立ち上がろうとするが、立ち上がれない。というより体そのものが動かないのだ。「え、何、どうなっているの助けて!」私は絵の中に閉じ込められたような気がした。必死で体を動かそうとするが動かない。大声を出そうとするが口が動かなくなっている。でも私は必死になった。さらに大きな声を、喉の奥から思いっきり空気を出すように出す。「ぎゃああー」そこで突然目が覚めた。

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 目の前の絵は、私が夢で見たシーンのよう。はっきりと顔の中の目などは書かれていないが、服装や後髪につけている白いリボンが夢で見たときにそっくり。話しかけてきた白人男性がその年齢からして、今回の展覧会のアーティスト、ジョンソン氏と思えなくはない。「まさか夢の私?」私は恐怖のあまり全身から震えが止まらない。

「君、何をしている大丈夫か?」と、館長の声。気が付いたら、私ひとりで絵を眺めていたらしく、他のメンバーはすでに出口に出たようだ。
「あ、す、すみません」我に返った私は慌てて館長に謝った。館長は私の横で絵を眺める。「ああ、そういえばこの絵のモチーフは東洋人、もしかしたら日本人かもしれん。ジョンソン氏は大学生の頃に日本に来たことがあるらしいからな。うん?そうか。君に雰囲気似ているな。それでなのか、ハハハハハ!」と、笑う館長。

 でも私はこのときすごく嫌な予感を感じたので、即館長に訴えた。「すみません、私この絵の前だけはダメです。他の展示室の監視担当にしてください」と。


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