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映画に誘われ 第888話・6.30

「来た来た、もう待ったわ。ちょっと遅かったわね」私は時計を見た。確かに遅刻している。「ごめん、ギリギリ間に合うかと思ったけど......」
 私は素直に謝った。でも茶髪のショートカット姿の相手の目は怒っていない。「まあいいわ。10分くらいなら許容範囲ね。わかっているわ。どうせフェリーに乗ってきたんじゃないの?」

「え!」私はバレていた。私が島からこちらの本土側に移動するのにフェリーと高速船から選べた。普通は高速船に乗れば早く来れるのに、私はゆっくりと船旅をしたいのと格安なフェリーにした。
「走れば間に合うと思ったけど」やっぱり間に合わなかったようだ。

「もういいわ。開始まであと30分余裕があるから。さて、いきましょうか?」今日は相手と映画を見る日。私がリクエストしたわけではなく、付き合いで行くと言った方が正しいか。映画に付き合ったお礼に何か美味しいものをご馳走してくれると聞いたからついてきた。だから映画の内容はよくわかっていない。

「そんなに混んでないわ。どの席にしようかしら?」私は相手の後をついていくだけ。「ここがいいわ」相手は真ん中あたりの席で空いているところを探した。相手は通路側で私はその隣。まあ席にこだわりがない私はすべて任せた。ゆっくりと腰かけると間もなく館内が暗くなる。

 映画が始まった。日本映画のようで、あまり激しいアクションは無さそうだ。どちらかと言えば登場人物の会話が主体であったが、その背景となっている場所が良い。どこかの田舎だろうか?ちょうど田植えが終わったようで青々とした田んぼが広がっている。遠くには山が見えるし、あぜ道のようなところにはきれいな花が咲いていた。私はストーリーよりも映像の美しさに感動している。

 だが、肝心のストーリーがいまいちつまらない。いや本当は面白いのかもしれないけど、私は会話よりも背景とかそっちが気になって仕方がなかった。でもそっちばかり見るから、シーンが突然変わるといったい何が起こっているのかわからなくなっている。
「日本語で会話しているのに、ストーリーを追いかけろよ。もう!」私は自分自身をたしなめるように、右手で軽く頭をたたく。

 しばらく見ていると、登場人物が多くあらわれた。ほとんどが会話の無いエキストラのようだ。中には会話をしている人がいる。このとき私は「あれ?」と不思議なことに気づいた。そのエキストラの中に今一緒に映画を見ているはずの相手がいる。「あれ?そっくり!」私は声を出しかけて慌てて手で押さえた。茶髪のショートカットの人物が結構アップで映っている。

「ねえ、そっくりさん。あれ?」私は隣に座っている相手に話しかけたが、そこにだれも座っていない。「ええ?」私は不思議な気持ちになった。「ま、まさか......ね」私はスクリーンをもう一度見た。やっぱり相手がいる。服装も同じ。するとセリフを発した。「せっかくここまで来たのにさ」「え!」私は耳を疑う。声までそっくりだ。「まさか、映像に吸い込まれた」私はあり得ないと思いつつ、まさかの現象に鳥肌が立つ。それ以降は映画を見られなくなり目をつぶった。でもそれ以降は相手そっくりの人は、何も声を出さない。しばらくすると何かのBGMが延々と流れた。私は恐る恐る目を開けるとシーンが変わっている。先ほどの会話主体のところに戻っていた。

「わたし、一瞬寝てたのかしら」私は隣を見る。そこには相手がいて真剣に映画見ていた。どうやら私は途中で無意識に寝てしまったようだ。「嫌な夢を見たわ」と内心思った。でも相手が普通に隣にいたから安心して、残りを視聴。

ーーーーーーー

「映画どうだった」映画が終わり、近くのカフェに入った。ここでのスィーツとドリンクは御馳走してくれるのだという。ただ相手が私に感想を求めてくる。「それが条件か?」と心の中で思いながらも、さて困った。
 映画の感想と言われても、途中で寝てしまったし、なぜか相手が途中で映像に写っている変な夢を見ただけ。そもそも情景の美しさなどを見ていて、ストーリーをちゃんと見ていない。だから映画の感想を聞かれても答えられないのだ。

「え、えええ」私が戸惑っていると。「いいの。どんな感想でもいいから教えて。ダメならダメでいいわ」と相手は頭を下げる。そこまでやられると何か答えなければと思いつつ。「うーん、風景が良かったわ」と答えた。それは事実だから。

「そう、例えば登場人物とかどうだった」相手はしつこく食い下がる。私は戸惑ってしまう。「まさか途中で寝ていて夢を見たとか言えないし」
 なおも私が戸惑っていると相手が、意外な事を言う。「途中のシーンどうだった?大人数が出ていたところ」「え、ええあああ」私は適当に声を出してごまかしたが、相手は「そこに私ちょこっと出演したの。セリフ付きで。ねえ、見てくれた!」「ええ!」私が寝て夢だと思っていた映像越しの相手、それは本当の映像だという。

 相手の話では、この映画のエキストラを募集していて、それに応募したのだという。多くのエキストラの中からセリフが与えられたのはごくわずか。相手はその中に入っていた。今日私にこの映画を見せたかったのは、出演していたからだという。一言くらい言ってくれればと思ったが、私が遅刻したのだから仕方がない。

「でも、そのお......」私は本当のことを言った。確かに相手が出ていたが、その時に隣の席に座っていなかったこと。なぜ自分のシーンの時に中座していたのか問いただす。すると「ああ、ごめん一番前空いてたから、そのときだけ前の席で見てたの。いやあ大画面で自分自身を見るなんて最高ね!」

 私は作り笑顔をしつつも、次の言葉が思い浮かばなかった。

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