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雨上がりの梅の花

「やっと来れたな。雑誌に書いてあった梅の名所」試水輝夢(しすいてむ)は、休日だった3月4日。とある梅林の前に来ていた。
 ここは1000本ものいろんな梅の木が植えられていて、シーズンになればいろんな色の花を咲かせている。
「確か、太政大臣平清盛ゆかりの梅って書いていた気が」試水はどれも同じような梅の木が並んでいるようにしか見えず、それがいったいどの木なのかわからない。

「お、システムじゃないか!」試水は声のするほうに向かうと首にスカーフを巻いた会社の同僚・井高俊彦がいた。ちなみにシステムとは試水のニックネーム。彼は学生時代からこの名前で呼ばれている。
「井高、お互い休日の日に奇遇だなあ」「おう、でも昨年は妻の事故のことでホント迷惑かけたな」「いやいやお互い様だよ」試水は笑顔で首を横に振る。
「奥さんは無事に退院したんだよな」「おう、あのときだけは焦ったけど、もう大丈夫。でも自分が命に関わる大けがだったのに、途中からは僕のことや息子のこと、それから遠くに嫁いだ妹のこととかばかり気にしていた。三姉妹の長女だからかな」
「しっかり者の奥さんなんだね」独身でパートナーもいない試水は、うらやましそうな視線を送る。


「今日も梅を見たいって来たがってたけど、まだ退院したばかりだからひとりで来たんだ。僕、ここの梅は子供のころから毎年見てるしさ」「そうか、井高は実家も近くだよな。だったら知っている? 清盛由来の梅がどれか」
 ところが試水の問いに、井高は戸惑った表情で首をかしげると「清盛の梅? そんなのないよ」「え? なんで! 雑誌に書いていた気が」

「いや、聞いたことない。清盛ゆかりの梅なら、五女の登貴姫が落ち延びて葬られた清盛寺のことじゃないかな」
「せいりょうじ?」今度は試水が首をかしげる。
「ああ、無くなった姫の着物のたもとにあった梅の種を植えたら成長して、今も花を咲かせる木があるそうだ」「それはどこにあるの?」
「え、愛媛だよ。ここからじゃ全然遠い」
「そっか、でも聞いたら行ってみたくなる。尾道大橋を渡って向島。そこからさにしまなみ海道を愛媛に向かって」

「システムはしまなみ海道派か。僕が四国に渡るとすれば、瀬戸大橋経由がいいなあ。迫力が違うし」ここで井高は笑った。

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「清盛はともかく、梅は桜と違って、上品な気がするな。一本の枝がこんなに伸びてそこに花を咲かせていくのか」試水はそう言いながらスマホを手にした。

「その意見は僕も賛成だ。桜はピンク一色だけど、梅は赤いのやら白いの、それから黄色もあるからな」
 試水のようにスマホは構えなかったが、井高の表情は穏やかだ。
「でも、梅では桜の様にシートを敷いての花見じゃないんだよな」「花より団子か。今日は円形をしたバームクーヘンとか差し入れは持ってきてないぞ」

「井高、冗談だ。今日は雨上がりのためかまだ肌寒い。こんな日にビール飲んだら。最近気になる酸蝕歯で口の中が染みるよ」
「システム、『さんしょくし』って歯のエナメルが解けてるのか? お前休憩のときによくコーラ飲んでるな。炭酸はよくないよ」井高は心配そうな表情。

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「ま、まあ。最近は控えている。でも今日はそうじゃなく花を見に来た。あれ、同じ枝なのに白とピンクの梅が咲いている不思議だ」
 試水が見つけた梅の木は、確かに一本の木なのに違う色の花を咲かせている。まるで「梅林」という同じような梅が並んでいる中で、とにかく目立とうとしているかのよう。
「おお、そうだな。へえ。これは気が付かなかった。何かの突然変異だろうか?」

「おい、ここに説明が書いてある」試水はこの梅の木についての説明書きを見つけると声を出して読み上げた。

思いのまま(オモイノママ): 枝ごとに白・紅の穴が咲く。あるいは1輪で白・紅に分かれる。このような咲き方を梅では「咲き分け」又は「輪違い」という。

「へえ、こりゃ桜にはできない芸当だな」「ああ突然変異ではなく品種であるなんて。肉まんで言ったら豚肉とあんこをハーフで入れているようなものか」試水のたとえに、思わず口をゆがませる井高。
「システム、相変わらずだな。お前本当に肉まん職人だ。僕は休みの日はあそこのこと忘れたいのに」
「そうか、まあ俺は前も言ったように独立が夢だからさ」
 ここで試水は真顔になる。
「そうそう、井高お前には先に行っとこうかな。俺、多分もうすぐしたら会社辞めると思う」

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「え、マジか。システムやめちゃうの!」驚いた井高に試水はゆっくり頷く。
「あそこでは大体学べた。俺は小さな店の肉まん職人が目標。今のところは大きな工場だけど勉強になったよ。井高にもずいぶん助けられたしな」

「そ、そうか。お前今のところに来る前は、沖縄のホテルにいたんだよな」
「あ、あれはバイトだ。沖縄。うゎあ懐かしいなあ。いつも夜になったら、ホテルのBGMから三線の音色が聞こえたものだ」

「それいいなあ。サンシンは、蛇味線とも言うよな。蛇の皮を使た楽器。ゆったりと流れていくメロディを聞いているだけで、南国の生ぬるい風を感じるよ。それに比べれば今の工場じゃ、空調が聞いてて快適だけど、聞こえるのはせいぜいベルトコンベアーのモーター音だ」
「そうそう。で、ごくたまにラインの後ろにある窓のサッシを開け閉めする音が聞こえるんだ」試水が続く。
 このとき井高は視線を遠くに置いていた。試水が辞めると聞いて寂しさを感じている。

「あ、待って! すぐじゃないって」慌ててフォローする試水。
「今はそういう気持ちがあるというだけ。早くてもオリンピックが終わる秋以降だと思う」

「オリンピックか。開催とかどうなんだろうね。あ、そうそうこの木見て。「第一回アジア大会が行われた、1951年に植樹された梅の木」
「70年前か。書いてなきゃわからないけどな。でもちょと来たの遅かったようだ。花がだいぶ散っているわ」そうつぶやいた試水は木の下を見る。周りには多くの梅の花びらが、カーペットのデザインのように多数落ちていた。

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「お、そろそろ一里塚が見えてきた。梅林も終わりだ」「あっという間だ。でも途中からは井高との世間話で盛り上がったよ。そう、さっきの話は内緒にしてくれよ」
「おう、わかっている。できればずっといて欲しいけどな」先ほどとまではいかなくとも、井高の表情は寂しそう。

「あ!」「どうした井高」井高は突然自分の服の袖を気にする。
「さっき梅の枝で服ひっかけて、ちょっと穴開いたかも」
「ありゃりゃこりゃ大変だ」
「システム、これミシンで直せるかなあ」と試水に真剣な視線をぶつける井高。それに対して「さあ、俺は全くわからないわ」と笑ってごまかす試水だった。


※追記:今回は3月4日にまつわる次の記念日・出来事を太字で巻き込みました

ミシンサッシ三線雑誌スカーフ酸蝕歯三姉妹第一回アジア大会差し入れ太政大臣平清盛一里塚尾道大橋・円形・バームクーヘン


「画像で創作(3月分)」に、兎 万里さんが参加してくださいました

 代わり映えをしない日常。実は日々代わり映えをする。そしてバスの中で過ごしていて、紫の花を見つけられたときの感動。本当は毎日変わるという事実を知った決意。そんなことが強く伝わる作品です。ぜひご覧ください。


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シリーズ 日々掌編短編小説 408/1000

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