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愛媛の運河から先には行くな 第565話・8.10

「おい、どこまで歩かせるんだ」「もう少しよ!」昭二は苛立った。麻衣子が、なぜか嬉しそうに、どんどんトレッキングコースとも言えない悪路を山の中に入っていくからだ。

「そうだ、あのときから様子が変だ」交際を始めてから十年近く。長く実質婚であったふたりだが、先週突然麻衣子が『そろそろ籍を入れたい』と、言い出し急遽入籍した。

 新婚旅行というわけでもないが、それから愛媛にまでドライブに来ている。昭二はこのタイミングで愛媛にあったある運河を一度見ておきたかった。
「そうか、愛媛を走るんだったら船越運河を見ていいか」「いいわよ」と麻衣子の了承を得て、運河を目指す。最初は飛行機で高知まで着てレンタカーを借りた。こうしてドライブがスタートしたが、前日は道の駅 みしょうMICと言うところで車中泊をする。
 だが麻衣子としては本当はホテルに泊まりたかったようだが、昭二はドライブをするときには、こだわりがあり、なぜか道の駅や高速道路のサービスエリアで宿泊するという決断をすることが多い。
 これは宿泊と言うより仮眠だろう。渋々了承した麻衣子。だからこの日は朝からあまり機嫌が良くなかったが、それでも「今日は私担当だから」と渋々ハンドルを握ってくれた。そしてメインの国道から、運河のある由良半島の方に曲がる。そしていよいよ運河の近くまで来た。

「この運河ができるまでは半島の先にある由良岬まで漁船が迂回する必要があった。大変だったので、陸地に船を上げて運んだらしい。それがこの運河が出来て漁船は簡単に反対方向に行けるようになった。過去のエピソードからこの名前がついたそうだ」運河を前にうんちくを語る昭二。「あ、そう」それに対して全く興味ないのか、そっけない麻衣子。そしていよいよ運河の手前、運河を越える橋が見えてきた

「よし止めてくれ」昭二が言うが、麻衣子は無視をしてそのまま進む。
「どういうことだ。ここで止めないと!」と昭二は訴えるが、麻衣子はそのままアクセルを踏んで、すでに運河に架かる橋を渡ってしまう。「あ、あ」昭二があきれた声を出した。
 ところがそのときそれまで不機嫌だった麻衣子の機嫌が急によくなる。「ねえ、どうせなら先まで行っちゃいましょうよ。その由良岬まで」と急に笑顔になった。
「ちょっと、おい」俺は不機嫌になったが、対照的に麻衣子は上機嫌。突然鼻歌を歌いだした。「お前、鼻歌なんか......」初めて聞く麻衣子の鼻歌。そのとき、昭二は少し不気味な気がした。

「ま、いいか。帰りは俺が運転して、運河のところで止まればいい」昭二は朝の不機嫌だった麻衣子が、上機嫌になっているからこれ以上は何も言わない。こうして岬を目指して車は先に進む。全国各地にある多くの岬までは、ほど道路が通じており、そこには灯台がある。ところがここは違った。道は途中の網代と言う集落までしかないのだ。
「うーんこの先は車は無理ね。じゃあ歩きましょう」車を止めた麻衣子は、突然山道を歩き始める。「おい、山道! 何の準備もしてないぞ」「なんで? 大丈夫よ。岬までレッツゴー!」

 こうして山道を歩く。コースにはなっているようだが、あまり良い道とは思えない。そのうえ、途中からは蜘蛛が巣を作っているところをかき分けなければならなかった。麻衣子はそんな蜘蛛も悪路も気にせず、どんどん進む。「はあ、はあ、もう疲れた。勘弁してくれ、お前なんでそんなに元気なんだ」俺は疲れ切り、一回休むように願った。すると「ついたみたい!」と元気な麻衣子。俺は最後の力を振り絞って彼女に近づいた。
「ほら」彼女がいるところに見ると、確かに海が開けている崖である。「これが岬か」昭二は時計を見る。車を降りてから2時間ほど歩いていたらしい。
「予定がずいぶん狂ったな。ま、いいか」気を取り直した昭二は、大海原から空気を取り込むかのように大きく両手を伸ばして深呼吸。すると突然足元に何らかの衝撃が走ったかと思うと足が滑りおちる。「ああ、助けて!」昭二はかろうじて枝をつかんだ。どうやら滑って崖に転落しそうだ。「おい、麻衣子 手を貸してくれ」ところが、とんでもないことが起こった、手を貸すどころか、麻衣子は履いていたスニーカーの靴を昭二の手の上にのせて、体重をかけてきたのだ。
「やめろ! 冗談は止せ。この下に落ちたら俺は死ぬ」

 すると麻衣子は突然大きな口を開けて笑いだす。「アハハハハハ! あんたには、悪いけど死んでもらうことにしたわ」「!!!!」昭二は彼女の言っていることが全く理解できない。
「私はあんたが、日本有数の資産家の相続者であることを10日前に知ったの」「資産家の相続者?」昭二には何のことかわからない。彼はごく普通のサラリーマンの家庭で生まれ育っているし、親族にも資産家などいない。
「待ってくれ、何かの間違いだ!」昭二は大声で叫ぶ。
 だが麻衣子は「嘘をついても無駄。その事実を隠して付き合っていたなんて許せない。きっちり調べたわ。その上、あなたには別の女がいるそうね」
 またしても与り知らぬこと。昭二は麻衣子以外に付き合っている女などいない。「まて、冷静に話をしないか、まず、そんなのいないから」
「黙れ! 私を利用した恨みを晴らしてやる。だからその女に先んじて入籍したのさ。これでお前が事故として死んだら配偶者である私に、多額の遺産が入る。残念だったな。女など作りやがって、その報い受けてみろ!」
 麻衣子が叫んだ瞬間、昭二の顔に麻衣子からの大きな蹴りが入る。「ぎゃあ。あああああ!」そのまま昭二は崖から落下。急激な加速度と恐怖のため、あっという間に気を失った。

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「あれ、生きてたの?」昭二が気がつく。見ればここは車の中。時計を見ると朝のようだ。「え? 時間が逆行してる??」
 横では麻衣子が気持ちよさそうに眠っている。「どういうことだ? わからないが、数時間ほど逆戻りしているぞ」
 昭二は起き上がって車を降りた。ここは道の駅みしょうMICらしく、その建物が目の前にあった。「考えても仕方がない、少なくとも数時間戻っていることは事実。と言うことは、これやり直しがきくのか」

 昭二が車に戻ると、久美子が不機嫌な目で起きてきた。「ああ、やっぱり車中泊じゃ疲れが取れないわ」
  昭二は「これが」と言いかけて止めた。続けて「ドライブの醍醐味だ」と言ったのが数時間前。ここで話の内容を変えた。「ああ、ごめんな」「え?どうしたの」驚く麻衣子。
「俺、夜中に考えたんだ。車中泊これを最後にしよう。だから疲れているだろう。今日も俺が運転する」「え、何? ちょっと。気持ち悪いわね」驚く久美子であるが、運転しなくていいと聞いたためか機嫌が良くなる。「ならお願いします」

 こうして昭二がハンドルを握り、道の駅を出た。麻衣子はリラックスして外の風景を見る。こうして数時間前? を再び再現。途中で運河のある由良半島の方に曲がる。そしていよいよ運河の近くまで来た。だが数時間前とはここからが違う。「さて、あそこに停めるぞ」と昭二は駐車スペースのあるところに車を止めた。「ちょっと降りるぞ、運河を見よう」

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 ふたりは道路から下に降りていく。小さな川のような運河が目の前に見えてきた。「この運河の延長が200mで幅員25mしかない。だから小型の漁船専用だって」「ふーん、でもこれが出来てから、漁師の人ずいぶん楽になったのよね」「そう、だから半島と言っても、反対側は島のようなものだな」「うん、これ結構素敵な風景だわ」麻衣子はスマホで撮影する。
「ねえ、この先には岬とかあるの」麻衣子の質問。これに昭二は戸惑った。「あ、らしいけど、そこはやめた方がいい」「何で?」「途中までしか道路がないし、その先は歩いていくしかない。それに道が悪く、崖があって危険だ」
 昭二は必死に説明する。ここで麻衣子が「行きたい!」とか言ったら。悪夢の繰り返しだ。
「そう、だったらいいわ」あっさり了承する麻衣子。「そ、そうだな、じゃあ次は、宇和島市内だ」
 昭二はこう言って再び車に戻り、車を反転させ、運河の橋を渡らずに道を戻った。


「あの、俺、資産家でもないし、普通の家で育った。それにお前ひとすじだからな」運転しながら昭二は思わず、身の潔白をするかのように訴える。
 それを聞いて笑う久美子「アハハハハ! 今日はどうしたの? ちょっと、おかしいわ。あの、あなたが資産家だとかそういうの関係ないし。それに、とても他に誰かいるとは思えない。当然わかっているわ。だから安心して入籍したんじゃないの!」

「あ、ああ。そうだな。いや、あああ、これからふたりの新生活。楽しくやろうな」昭二はそう言いながら、1回目は夢か、もしくはそれ以外の何らかの間違いだと、頭の中で思いめぐらせるのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 565/1000

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