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金型で作る 第672話・11.25

「何の行列だ?」高橋は普段通らない道を歩いていると行列があるのを見つけた。行列は20メートル近くあり、その先を見るとたい焼きの店である。「たい焼き屋で何でこんな行列が」
 高橋は不思議で仕方がなかったので、しばらくその店の様子を眺めてみる。するとどうやらたい焼きが非常に大きいことが分かった。「みんなが手にしているたい焼きが、よく見るタイ焼きの倍近くあるぞ」

 それを知った高橋は、行列の最後方に並んだ。「本当は行列で待つの嫌いだけどな」待つこと15分で、高橋の番が来た。味は普通のあんこと、抹茶餡、チョコレート、そのほかにもいろんなフレーバーがある。「普通のでいいや」と高橋は普通のあんこ入りたい焼きを注文。そして目の前の鉄板を見て驚いた。
「これは、金型を特注で作っているようだ。確かにたい焼きの金型は通常のものよりはるかに大きい。

「はい、ジャンボタイ焼きお待たせしました」高橋は、店員からたい焼きを受け取る。「確かに大きい」高橋はたい焼きをかじりながら家に戻る。
「あの金型は倍近くある。それが人気の秘訣だったのか。大きさの割に料金は通常のたい焼きよりほんの少し高いだけ。さらにいろんな味のバリエーションとはな」行列ができた理由はうなづけた。

「あのたい焼き以上のものを作れるか」実は高橋は、自宅の1階が作業場で、代々金型を製造している零細企業。いわゆる「孫請け企業」として、大企業メーカーの金型製品を取引先の中小企業が請け負い、さらに高橋のような零細企業が受ける仕組みだ。
 昨年父親より跡を継ぐことになり、後継者となって間のない高橋は、かねてからオリジナルの金型を開発したいと願っていた。

「いつまでも受注生産では、取引先に切られてしまえば終わってしまう。それよりかはオリジナルの製品を開発して、逆に売り込みに行くくらいでないとダメ」
と考えていた矢先に、見つけたジャンボたこ焼きの金型。高橋はそれ以上の金型が作れないか頭の中で考えを巡らせる。

「大きさだけなら比率などを計算すれば、すぐにでもできる。だけどたい焼きを大きくするだけで果たして......」作業場に戻った高橋は目の前に見える馴染みの機械を見ながら急激に現実に戻された。

「それでは難しいだろうなあ」高橋は首をうなだれて自室に戻る。


 翌朝高橋は、再び活気を取り戻した。「昨日夢で見たぞ。そうか、たい焼きだからって、鯛にこだわる必要はないんだ」そう思った高橋は、鯛よりも大きな魚の金型を作れないか考えた。くしくも今日は休み。「よし出かけよう」

 こうして高橋はあるところに向かった。それは水族館。電車に揺られること1時間程度で一番身近な水族館がある。そしてヒントになりそうな魚がいないか、水族館を眺めながら考えることにしたのだ。
「どうしようかなあ」いつもは何も考えずに水族館に立ち寄る高橋であるが、この日は違って仕事モード。「そもそもたい焼き以外の魚で、適しいているモノなんてあるのだろうか? それ以上にそれがメーカーに受けるかどうかも分からない」

 高橋はいろいろ考えながら水槽を見る。イワシの群れが高速に回転している水槽や、珍しい外国に住むようなカラフルな淡水魚、あるいは照明で芸術的な存在に見えるクラゲなど、普段ならついつい立ち止まって見るような展示物も、この日はほぼ素通り。

 こうしてきたのは大水槽と呼ばれているところ。ここにはサメやエイといった大型の魚が泳いでいる水槽。そのほかにも比較的大型の魚が泳いでいる。餌が十分すぎるのか、サメたちが他の魚を襲う気配はない。だからどの魚も恐れることなく、自分のペースで泳いでいるのだ。
「鯛も泳いでるが、この水槽のメンバーだと小さいな。大きいのはサメ、エイ、あとはマグロか、うーん。どれもピンとこないな」
 しばらく水槽を眺めていた高橋は、唸りながら大水槽を離れた。そしてその先にある屋外プールではちょうどイルカショーを行っている。イルカが自ら一斉にジャンプし、太陽に照らされた光り輝くボディを観客に見せて落下。会場からは歓声と拍手が巻き起こっていた。

「イルカか、クジラ、大きいが哺乳類だからなあ」高橋はため息をついてその場を後にした。「鯛に対抗できるもの」何も見つからないまま水族館の出口が近づいたそのとき、ある水槽に泳いでいる魚に高橋は注目。「あ、クロダイ!」そこにはそこそこの大きさのある水槽で、クロダイが泳いでいた。「そうだクロダイなんかいいんじゃないか。生地の中にチョコレートかなにか染みこませれば、多分クロダイ焼になる。まさか焦げているモノとは思えないだろう」

 こうして高橋はようやく気持ちがすっきりした。しかしこれもまた後に意味のないものだとわかる。なぜならばタイ焼きの代わりにクロダイ焼をつくったとしても、それは材料の問題であって、高橋が作る金型の問題ではないからだ。


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シリーズ 日々掌編短編小説 672/1000

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