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幽王なるハートの準惑星の物語

「あれは、天王星かしら?」「うん、見せてくれるか」
 私、真理恵は昼間コスモスファームという小さな農園を運営している。そして夜になれば、哲学の研究で大学勤務から戻ってくる彼・一郎と、一緒に天体観測をするのが日課。
 確認のために望遠鏡を変わった彼が眺めると「この緑色、間違いないだろう。久しぶりに見つけたな」と即答する。
「木星や土星と違って、遠い惑星は見つけると感動的ね」
「ああ、あと海王星だな。瞬かない青い星。最果ての惑星を見るときも同じ気持ちだ」

「そうだ。今日って冥王星の日よね」私が小さくつぶやく。
「ああ、真理恵よく覚えていたな。まあもう惑星ではないが、1930年2月18日に、最果ての9番惑星として冥王星が発見されたんだ」彼は望遠鏡から目を離した。

「ねえ、冥王星は、やっぱり望遠鏡でも見えないのかしら」
「この望遠鏡じゃ無理だろうな。冥王星を見ようと思えば、30cm以上の口径のある望遠鏡がいるらしいんだ。それにもし見れたとしても、他の遠くに輝く恒星たちとの区別がつかないほど小さいらしいが」

「そうかぁ。見られないのね」私は残念そうにつぶやいた。この望遠鏡は10cmの口径があるので、太陽系の惑星は普通に見られる。だけど冥王星が見られないのは、惑星の地位を落とされて準惑星にされるほど小さいからなのかと。

 その横で彼はスマホで何か調べ始めたのか? 指をくねらせながら操作している。
「やっぱりそうだ。冥王星は直径が2,370 kmしかない。 それに対して月が3,474.3kmあるからな。もし冥王星が月の距離にあっても、月より小さいことになる」

「それが、はるかかなた海王星よりも遠くにあるから無理ってこと?」
「一時名前を幽王星にするかで迷ったほどだから、実は幽霊みたいな星と思われていたのかもな」
 私は冥王星が思うほど遠くにある小さな星だと改めて感じた。
「でもプロはそんな小さな星よく見つけるのね」
「プロ? 天文学者のことか。まあ彼らは冥王星どころか本当に遠くの小さな星も見つけるからな。僕たちは想像で楽しむしかないんだろう」
 彼はいつの間にか腕を組みながら頭を上げて星空を眺めている。私たちは望遠鏡からも観測するけど、こうやって肉眼から映し出される満天の星空も好き。だから私も見上げて肉眼の星を見ていた。そしたら彼が突然何かを思い出したみたい。

「そうだ、実際の画像がある。NASAの探査機ニュー・ホライズンズが、2015年に撮影した画像ならネットにある。うん、これで我慢しようか」
 彼は再びスマホを操作してその画像を開くと私に見せてくれた。

冥王星

「まあ、これが冥王星!」「そう想像ではなく、本当に探査機が撮影した画像だ」
「それにハートみたいな形が。なんて素敵な星なの!」
 私はネットの画像なのに異常に興奮して、しばらくこの画像を眺めたわ。

「ねえ私たちが生きている頃は無理だと思うけど、はるか未来に有人飛行で冥王星に行けるときが来れば、こんなラブリーな星に住んでみたい気がするわね」

 だがこれに対して彼は、苦笑のような表情で否定する。
「フッ、それはどうかな?」
「どうして!」
「まず外から見るとハートに見えるけど ナスカの地上絵同様、地上に降り立ったらまずわからないだろう。白いということは砂漠かなぁ」
「うーん」
「それに冥王星は大気も薄いようだし、それ以上に太陽から遠すぎる。地上に降りたらほとんど暗闇だけの星なんだろうな」
「外から見たらこんな素敵な星なのに」

「僕からすれば、地球以外の星だったら火星か金星、あとは生命がいる可能性が指摘されている木星のエルロパとか土星のタイタンとかそのあたりかな。いずれにしても冥王星は遠すぎる」冷静沈着な彼の言い方。私はちょっと不快になった。

「それはあなたが哲学者だから? なんとなく夢がないわね。火星は現実的だけど金星はなんとなく熱そう。あと木星と土星の衛星は私絶対に嫌ね!」「なんで」
「だって、木星の大赤斑とか土星の輪がすぐ間近に迫ってるのよ。木星のほうは赤い目に睨まれているみたいだし。
 土星の輪も想像以上に威圧的で大きいのよ。角度によっては円盤状の刃物がすぐそばに迫ってくるみたいで」

「ハハッハハハ!」彼は腹を抱えて大声で笑う。
「いいなぁ。真理恵のその発想大好きだ」
「ありがとう。でもなんか残念。せめて空想でも冥王星に住んだらどうなるかとか... ...」
 私はなぜか冥王星にこだわった。20世紀になって初めてアメリカ人が発見した星。後に惑星の地位から落ちた小さな星のことは、私以外にもなぜかこだわる人が多いのだ。

「そうだ、あいつに頼んでみよう」しばらく黙っていた彼が口を開いた。「あいつって?」
「ああ、大学で宇宙をテーマにいろんな物語を考える奴がいるんだ。確かOort cloud(オールトの雲)という名前で活動している。そいつに冥王星で何か物語を考えてもらえないか聞いてみようか?」
「え! そんな人がいるの」私はあまりにも意外な展開に目が見開いた。
「そんなに驚くなよ。あいつも暇じゃないと思うからどうなるかわからないけど、頼んだら冥王星の物語考えてくれるかもしれない」

 私は彼のこの話は話半分で聞いていた。だって過去にもそういうことがあったから。でもかすかな期待を込めて「楽しみ!」とだけ答えると、再び望遠鏡を覗いて惑星を眺めることにした。



「画像で創作(2月分)」に、しまこねこさんが参加してくださいました

 夕暮れを見ながら愛しいワンちゃんとの散歩は心なごみます。それも夕日を見るだけですべてがリセットされ悪いことを忘れさせてくれる。また作品を通じてエア海岸散歩が体験できたとのこと。ぜひご覧ください。

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シリーズ 日々掌編短編小説 394

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