卒業からのチャレンジ

「だめだった。あそこのミスが痛恨だ」とつぶやく声がする。「いよいよ次か」18歳の駿介は大きく深呼吸して、試験が行われる車を目指すために立ち上がった。

 ここはとある自動車教習所。今から駿介は卒業検定を受けるのだ。ただし普通免許ではない。彼が目指しているのは準中型免許。駿介はこの春無事に高校を卒業した。そして大学に行かず、そのまま運送会社に就職する。
 だからトラックの運転が出来て、かつ18歳から取得可能なこの免許が必要であった。

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「俺は中型までのドライバーだったが、大型免許を取っておけばよかったとつくづく思う。県外を越えてサービスエリアで仮眠を取りながら日本全国を走り抜けたいものだ」
 これは駿介の父の口癖である。父の時代は中型免許がなかったらしく、普通免許しか取っていない。それでいながら4トントラックのドライバー。厳密にいえば、父は中型免許の8トン車限定という免許らしい。

 父の背中を見て子は育つとはこのこと。駿介は子供頃から近・中距離のドライバーとして父を見ている。だから駿介も大人になったらトラックドライバーになりたいと思っていた。
 駿介の父は20代前半で母と知り合って結婚し、すぐに駿介が生まれた。だから大型免許を取ることをあきらめ、日帰りできる中距離以下のドライバーに専念する。今では管理者として事務所にいることが多くなった。

「会社に俺がいるのが嫌じゃなかったらうちにこい。社長に話してやるから」1年前に父に言われた言葉だ。父の会社は大手ではない。社長とも顔を合わせる規模の中小規模の運送会社。
 だが駿介はそのほうが仕事になじめるだろうとふたつ返事をする。一応試験と面接を受けたが、よほどのことがない限り就職できただろう。

 ただ面接の席で社長にこういわれた「4月までに準中型免許は取ってきなさい」と。
 ややこしい話であるが、免許制度が21世紀から2回変わっている。父が免許を取っていたときには8トンまでのトラックが普通免許で運転可能だった。それが2007年から中型免許が登場する。さらに2017年から準中型免許なるものが現れ、18歳の高卒の場合は、ここからスタートとなるのだ。

 だから18歳になって他の同級生と同じように免許を取るために教習所に通う。ほかのみんなは普通免許。駿介ひとりだけが準中型免許である。だから受ける項目が多く、当然ほかのみんなより遅れてしまった。

「どうにかここまでこれた。別に取り残されたというより元々目指しているところが違うもんな」駿介は試験車に向かう道すがら、この日までの教習所での日々を走馬灯のように思い出しながら小さくつぶやく。

 仮に試験に落ちたとしても、補講さえ受ければ再試験が受けられる。そして就職の日まで免許が取れなくても、入社を断られることはほぼ無い。おそらく事務とかドライバーの助手として助手席で待機する。でもできれば入社までに免許を取って堂々とドライバーになりたいのだ。 

 駿介は用意されたトラックの形をした試験車に乗り込んだ。「今まで通りのことをするだけのこと」こうして卒業検定がスタートした。

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「合格だ」駿介は無事に準中型免許の卒業検定を1度でパス。こうして教習所を無事に卒業となり、卒業証明書を受ける。

「これで4月からトラックドライバーだ。まだ学科の試験を残しているとはいえ、こっちは元々得意分野。何しろ子供のころから交通標識を見るたびに父が教えてくれた。忘れたくても忘れられない」

 すべての手続きが終わって、教習所を出たときには夕方になっていた。
ちょうど、駿介の前に大型トラックが通過していく。トラックは怒涛の如く豪快なエンジン音と排気音を鳴らして道路を突っ走ってきた。そして風をまき散らす。駿介の顔にもその風の一部が波のように、勢いよく肌にぶつかってきた。

「卒業したけど、まだまだ。まず免許を取って2トンとか4トントラックからスタート。そしていずれは大型を取って長距離ドライバーになるぞ!」

 駿介は直線に続く道路の先に走り去っていくトラックを見た。その上で間もなく沈もうとオレンジ色の光を照らしている夕日。その光を全身で浴びながら新たなるチャレンジに心躍らせるのだった。



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 ときおりバスの中に紛れ込むものはいますが、それが虫とかではなく、ある鳥が入ってきた。車内の通過中は脅威に感じつつも、律義な行為を行って去って行く様はカッコよい。
 このようなシーンが本当に実在したら、ぜひその車内の乗客になってみたくなるような作品です。ぜひご覧ください。



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シリーズ 日々掌編短編小説 416/1000

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