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紅葉前線レポート 第1021話・11.13

「無理したあの事が無ければだ。ちゃんと来てくれただろうけどな」日曜日の午前中、敦夫は相模湖の駅に来ていた。今日はパートナーの正樹が車でここまで迎えに来てくれる。「敦夫さん、今度の日曜日どっちもシフト休みじゃないですか。僕、車用意しますから紅葉見にいきましょう」と、同じショップの店員仲間である正樹から言われた。

「よし、だったら八王子の近く、そうだ、相模湖から宮ヶ瀬ダムまでドライブしようか」「やまなみ五湖ですね。わかりました」という約束を3日前に取り付けた。
 昨日土曜日は正樹は仕事だったが、敦夫は休みなので予定通り八王子での所要を済ませ、八王子市内で一泊してから相模湖駅に到着。だが敦夫は大きなミスをする。
「よりによって、スマホを忘れて着ちまったからな。ったく。昔は無くても不便しなかったのに、ないとこうも不便になるとは」
 暇つぶしにスマホをいじることもできないし、正樹からの連絡もわからない。「心配しているかな。というよりもあいつ金曜日にな」

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 さかのぼること二日前、金曜日のお店が閉まり一緒に帰る際に正樹が愚痴をこぼしていた。「明日は......」正樹が言うには明日のシフトが非常に少人数になったらしい。それなのに週末で忙しいことが予想される。敦夫も出てやりたい気持ちだったが、当の敦夫もどうしても抜けられない予定が入った。もう数か月前から決まっていたから今さらどうする事も出来ない。

 敦夫が昨日の様子を聞こうにも、昨日からスマホを忘れてしまった。「連絡が取れねえしな。あいつ苛立っているだろうなあ」敦夫は顔を上げる。今日は雲ひとつない青空。紅葉狩りにはまたとない天気だ。
 敦夫は腕時計を見る。約束の時間から30分が経過していた。「あと30分くらいは待たねえとな」

 などと思っていたら突然敦夫の前に一台の車が止まると、運転席から正樹が笑顔を振りまく。「敦夫さん、ちょっと遅れちゃいましたね」「おお、正樹、連絡取れなくて、いや、スマホをさ」
「わってますよ。敦夫さん良くスマホ忘れるじゃないですか」パートナーらしく敦夫の悪い癖を見抜いている正樹、敦夫はあっさりと言われて黙ったまま苦笑い。
「どうぞ乗ってください、行きましょう」こうしてふたりは無事に相模湖駅前で合流。

「昨日は大丈夫だったか?」敦夫は心配そうに運転している正樹に声をかけた。正樹の表情から見て大丈夫だと思ったが念のためだ。正樹は両手でハンドルを軽快に左右に動かしながら。
「あ、ええ、大丈夫でした。朝に応援があったんです。それに昨日はそんなに忙しくなくて、敦夫さんには変な愚痴をしてごめんなさい」
「そうか、それならいいんだぜ」敦夫は助手席から見える相模湖を眺めた。相模湖から南南西寄りに進むと奥相模湖がある道志ダムでせき止められた人口の湖は奥相模湖と名付けられているが、相模湖に比べて小さい。
「しかし、今から回る湖ってさ全部人工の湖だよな」奥相模湖の風景を見ながら敦夫はつぶやく。今日はスマホを忘れてしまったからいつものようにスマホとにらめっこできない。自然と風景に視線が移る。
「ええ、らしいですね。でも言わなければいいのにと思います。紅葉はともかく自然豊かですよね」「まあな。でも言わないと偽装になるぜ」敦夫はそう言いながら意味深な笑いを浮かべた。
 
 奥相模湖から一転して東に進路を取る。その先にあるのは津久井湖だ。「ちょっと休憩しましょう」正樹の提案に敦夫は静かにうなづいた。津久井湖には津久井城の跡がある。この城跡は鎌倉時代に三浦党の筑井氏が築城したもので、戦国時代には武田氏と北条氏との争いの場になったという。「湖がきれいですね」正樹は城跡から見える湖の絶景に思わす歓喜の声を上げる。
「だけど、これ城が活躍したころはねえんだぜ」「人工湖ですからね」ふたりは体を寄り添うように湖を眺めた。

「でも、紅葉がまだまだだなあ。まあいいんだけどさ」車に戻と、敦夫が愚痴る。「でも、敦夫さん、次の宮ヶ瀬湖周辺のあたりは紅葉の盛りのようですよ」正樹はスマホで情報をチェック。
 車は南側を走っていくと、それほど時間がからずに宮ヶ瀬湖が見えてきた。「鳥居原ふれあいの館というあたりのようですよ」正樹がつぶやきながらハンドルを動かす。敦夫は黙って外の風景を見ている。「おお、確かにな赤く染まっているぞ」先に見つけたのは敦夫の方だ。正樹も気づいたようで「ようやく紅葉狩りになりましたね」と嬉しそう。車が止められそうなところを探して止めると、ふたりは車の中から紅葉の絶景をしばらく眺めた。

「敦夫さん、どうします」「え、まだ時間があるな」敦夫は時計を見る午後になっている。「僕はせっかく4つの湖を見たので最後の丹沢湖も見たいのですが、ちょっと遠いみたいですね。どうします」
「そりゃあ、行くべきだ。ただ腹減ったな」と同時に敦夫から聞こえるお腹からの音。
「敦夫さん、お、お腹から」正樹は思わず口元が緩む。「丹沢湖に行く途中で食事をしましょう」というと再び車を動かすのだった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 1021/1000

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