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山の中に見えるゲートの奥にいたのは 第912話・7.24

「やっぱり白いワンピース着た方が良かったかも」私は初めてのデートで悩みながらも結局着なかった。けど、それは正解だったようだ。
 なぜならばデートで向かった先が、いきなり電車とバスを乗り継いで来た山の中だったから。
「自然にあふれたところはいいなあ。それにほら、木が高いから日陰があって意外に涼しいんだ」と、彼はさわやかな笑顔を見せてくれる。

「う、うん」私は小さくうなづく。確かに身長の数倍はあろうかという大木が並んでいて、歩いているのは日陰のようになっている。本音では町中でおしゃれなカフェで会話を楽しんだり、ショッピングに付き合ってほしかったりしたけど、何しろ彼に対して私の方が先に惚れた。
 そんなこともあって、最初は彼に嫌われないように相手のペースに合わせてしまったの。
「そ、そうね、うん」私は本音ではこのデートは失敗ではという気がした。 
 ここまで結構歩いたし、そもそも歩くつもりなかったから。

「大丈夫か?」彼は私を見ると優しく手を添えてくれる。「ああ、うん」私は彼の手を握ると、手から通じる温かい感触を味わいながら今までの嫌なことがそう思えなくなっていた。
「ありがとう」私は小さく礼を言う。彼は手をしっかりつないて歩いてくれる。

 しばらくすると、それまで緑色で覆われていた世界だったものに違う色合いのものが見えてきた。巨木が途絶えたところ太陽の日差しを浴びてそれは出現。
「あれ?ゲート??」私は目の前に見える門のようなものをじっくりと見る。確かに門のようだ。色は朱色っぽいが黒くすすけたようにも見えなくはない。「すごい、不思議ね。いきなり門が」私が彼にそういうと彼は嬉しそうに口元を緩める。
「だろう、せっかくだからここに連れて来たかったんだ」と彼。ただでさえ素敵に感じるのに、このときに見せたナチュラルな笑顔が、さらに私のハートを突き刺してきた。

 こうしてふたりはゲートの前に。門は開いたままで、朽ちかけている注連縄(しめなわ)のようなものがついている。普通にそのまま奥に行けそうだ。何かの寺院か城跡?ただ門だけがあり、その奥には建物は全く見えない。
「さ、行こうか」「ねえ!」ここで私は彼の裾を引っ張った。
「どうした?」彼が私を見る。「あの、この門の奥に何があるの?」何があるってあるわけはない。その気になれば門をくぐらなくてもその先に行ける。にもかかわらず私は質問した。ちょっと彼を試したかもしれない。

 彼は目が一瞬大きくなった。そのあと私を見ると真顔になる。「異空間って言ったら驚く?」と言葉を発した。
「はぁ?異空間??」私はこの言葉にちょっと呆れたのか、とても初デートで出すべきではない声を出してしまう。

「信じていないんだね。そりゃそうだろう。だけど」彼はさらに真顔になる。私は彼の真剣な目、強力な視線を前に緊張した。「それは本当なんだ。ここだけの話だけどな」
「でも、門から入った風景と、外側の風景が......」と、私が反論すると彼は、口元を緩め白い歯を見せる。「信じなくてもいいよ。別にこの奥に行く必要もない。帰ろうか」

 そういわれると、私は無性に門の奥に入りたくなる。「いい、入ってみる。本当にこの先が異空間ならどんな世界か見てみたいわ」彼は私がこういう事をわかっていたのだろうか。「よし行こう」と言って私の手を握ったまま門をくぐる。

 朱色の門をくぐった瞬間、私は不思議な気がした。これは口ではなかなか説明ができない。でも明らかに空気が変わった気がした。しいて言えば神社の境内に入ったような緊迫した空気。鳥居はないけどこの門は神社の後だったのだろうか?
 そのまま門を過ぎて歩く。見た目は先ほどと変わらない。ただ緑の広がる山の中だけど空気が違うのだ。
「どういうこと、本当に異空間?」私は少し身震いがした。だけど彼が手を握ってくれてるからその点は安心。

 さらに歩いて行く。そういえば先ほどより木が生い茂っていて薄暗くなっている。深緑色の世界。そういえば鳥か虫、もしかしたら獣かもしれないけど、何となく耳に入ってくる鳴き声のような音、それが不気味な響きを持って聞こえてきた。
 しばらく奥に入ると道もどんどん細くなっている。細い道はまだ奥まで続いているが、彼は立ち止まった。「まだいけそうだが、あまり奥に行くと危険だ。そろそろ戻るか」彼の一言に私は小さくうなづく。

「あ、私は心の中で叫んだ」奥のほうで何か動いた。よく見るとその姿が見える。それも緑色したもので、頭は白っぽくて平たい何かが乗っていた。「か、カッパ?」私は声に出す。
 彼は私を見た。「え?カッパ!」「あ、あれ!」私は指を差したが、ふたりの会話が聞こえたのか、その存在は慌ただしく下に逃げ込んだ。水が跳ねるような音がした。そこは木々に覆われているが池があるようだ。
「あ、逃げちゃった」「あまり長居しない方がいいな。帰ろう」私はまだカッパらしきものがいた方を見つめたが、彼は手を引っ張り先ほどのゲートに戻る。

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 ゲートをもう一度くぐった。その時やっぱり感じたのは空気が一瞬して変わったこと。「元の世界に戻った」私は直感。木陰に太陽が照り付け、どちらかと言えば黄緑に近い木々に戻っている。鳥もさえずっているが、きれいな音色。さらにゆったりとした空気を浴びていると、私は自然と癒される。

「ねえ、やっぱりあのゲートの奥は異空間だったわ」私が笑顔で彼に言う。「そうだろう、ここは子供の時から何度も来ているが、いつもそう思っている。この話して誰も信じないけど、君が初めて信じてくれたよ」と、彼は子供のような無邪気な笑顔を見せる。そんな笑顔は初めて見た。それを見た私は「よかった」と、笑顔でつぶやく。そのまま彼に抱き着いた。


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