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スズキを食べよう 第919話・8.1

「あれ?顔に何かついているぞ」「えっ」仕事から帰ってきた海野勝男に妻の沙羅は指摘された。「本当だ、なに、あ、鱗ね」沙羅は顔にいくつかついていた鱗をさっそく取り外す。
 勝男は玄関から中に入ると、「どうだった昨日のスズキ」と一言。「うん、ばっちりできました」と笑顔の沙羅に勝男の口元は緩む。
「そうか、今日はずっと楽しみにしていたんだ。顔に鱗つけてるくらいだから、これは本当に期待できるな」そういって服を着替えに自室に入る。

「さてと、私も楽しみなのよね。スズキ料理が」沙羅も待ってましたとばかりにキッチンに入り夕食の準備を始めた。

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 さて沙羅がスズキ料理を作るきっかけになったのは前日の夜のことである。勝男が仕事帰りに一匹の魚を買って帰ってきた。「ついつい寄ってきちゃったよ。どうだこれ」勝男が見せたのは、スズキだ。丸のままで内臓も鱗も外していない。
「スズキ、夏の旬だもんね。つまりこれで明日作れってことね」勘の良い沙羅に勝男はうなづく。魚好きの夫婦はこうして魚を切り身ではなく、丸のまま買ってくることが多い。

「内臓だけは先に外しておこう。明日頼むぞ」勝男は魚を買ってきたとき、その日のうちに内臓だけは取り外してくれる。内臓を取りお腹の中をきれいに洗浄してから後は沙羅の仕事だ。
「どうせなら鱗も取ってくれれば楽なのに......」今日のお昼過ぎから沙羅は作業を開始。鱗を取る作業から始める。どうやらそのときに大急ぎで鱗を取った一部が顔に付いたようなのだ。必死に鱗を取って手に付いた鱗などを洗い流していたためだろうか、顔についている鱗に気づかなかった。鱗を取ってから三枚におろす。沙羅と勝男は魚好きという共通の好みが結婚に至る理由だから、三枚おろしはお得意なのだ。

「さてと、今日はこれがいいかな」あらかじめどれにするか沙羅は決めていたので作り始める。三枚におろしたスズキの切り身を用意した。切り身を醤油と酒をほぼ同量入れた液体につけておいた。

「今日は、この前バーゲンでやすかったゴマを使ったソースね」
 沙羅はすりごまに対してみりんと同量の醤油、それから3分の2くらいの酢と少しの砂糖を混ぜてゴマのソースを作った。このソースにはみりんのアルコール分が入っているので、鍋にかけ沸騰させてその分を飛ばした。
「さてと」今日、沙羅はスズキの揚げ物を作ろうと思った。だがパン粉が切れているので、から揚げにすることに。沙羅は下味が付いたスズキに片栗粉をまぶす。ここで勝男の帰りを待った。

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 勝男が帰ってきたので、いよいよ沙羅は油の入った鍋に火をつける。
「あまり熱すぎない方がいいわ」と油の温度は中温程度を目指した。おおよそそれくらいの温度になったところでスズキの切り身を入れる。
 中温といっても油だから相当な高熱に違いない。片栗粉がかかったスズキは、瞬く間に水分が蒸発したのか、油と逃げるように跳ねる水分との化学反応が音として激しく響いている。「白身魚だから鶏や豚ほど火の通りを気にしなくていいのが良いわね」
 こうして沙羅は2分ほど魚を揚げると、油の中から取り出した。

 もちろんスズキの揚げ物だけを用意しているのではない。揚げ物だけは食べる直前と思って行っていただけのこと。このほかにもスズキの包み焼に、玉ねぎ入りの手作りのトマトソースをかけたスズキのムニエル、さらには有頭エビや二枚貝なども今日の午前中に買っておいた。これでブイヤベースも作ったのだ。つまりスズキ尽くしで、昨日勝男が買ってきたスズキをすべて消費した。

「できたわよ!」沙羅の声に待ち構えていたのか、10秒もかからないうちに勝男がテーブルに到着。「おお、いいねえ。あのスズキがいろんな料理になっているよ」
「特に一番最初は、やっぱりこれ食べてほしいわ」と、沙羅は直前に揚げたばかりのスズキのから揚げを勧める。

「今日は、ムニエルとブイヤベースだからやっぱりワインだな」勝男は、いったん立ち上がり、白ワインを持ってきた。勝男は魚にはこだわりがあるが酒にはそこまでこだわりはない。ディスカウントショップで販売している格安のワインだ。

「カンパーイ」「スズキを食べましょう」この瞬間がふたりにとって最もテンションが上がる。勝男は早速揚げたてのスズキのから揚げをゴマダレにつけて食べた。「あ、あちっ」勝男は口にから揚げを含んだ瞬間、思わず声に出す。口の中に空気を入れて冷ましながらゆっくりと歯を上下に動かし噛み始めた。「う、ふうう、うん、うん、おお」勝男は会話にならない声を出す。のどまで飲み込むと、それを胃袋に後押しさせるかのように白ワインを口に含んだ。

「うん、熱々でうまい。さすがだな」勝男は上機嫌、沙羅もすでに食べていて「うまい、ゴマとソースとの相性もいいわ」と笑っている。
 こうしてふたりは、ワイン片手に料理を食べ始めた。平均して10日に一回程度のプチ贅沢。いつもならテレビを見ながらの食事なのにこういう時はテレビをつけない。こうなるとふたりの酒はどんどん進んだ。結局2時間くらいかけて、ワインをボトル3本開けてしまう。

 酔っぱらってからテレビをつける。ニュースが流れていたが、ふたりはほとんど頭に入らないままソファーでしばらく眠ってしまうのだった。

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