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闇の先に見える風景

「ここはどこだ?」俺が気が付くと暗闇の中にいた。何をしていたのだろう。記憶が曖昧だ。だが完全に消失しているわけでは無い。
 ここには何もないが不思議と不安というものは感じなかった。むしろ「襲われる心配はない」と言った安堵の気持ちが先行する。
「どういうことだ...... 俺は何者かに襲われたの言うのか?」

 俺は断片的によみがえる、記憶が鮮明になってきたのを感じ取る。そして目をつぶった。やがてここに来る前の情景がほぼよみがえってくる。

ーーーーー
「今日は遅くならずに無事に終わりそうですね」
 俺に話しかけてきたのは黒のスーツ姿の女性。ショートボブの黒髪でタイトスカート。黒いストッキングを穿いていた。ここはオフィスビル。高層階らしく遠くまでのビルからの夜景がきれいな空間。
「ハイおかげさまで、間もなく終わります」
 俺はこの女性に会釈気味に挨拶をする。だがなぜかこの女性の素性についての記憶が飛んでいた。仕事上の関係者かそれとも取引先か? 全く判明しない。
「ところでなんでしょう」「実は明日ですが、この近くで別件の案件があるのです。もちろんこれは、本来の業務とは無関係です。だから断って下さっても良いのですよ」

 俺は時計を見た。間もなく午後9時になろうとしている。アナログの大きな時計ははっきり覚えていた。「この時間ならまだ電車はあるが、近くなら帰らずにホテルで宿泊しよう」
 そう考えた俺は女性に「わかりました」と返答。すると女性はどこから取ってきたのだろうか? 目の前の席に座り、ヨーグルトを美味しそうに食べながら俺を見て頷いた。

 そこからの記憶がない。次の記憶はホテルであろうベッドの上だ。もちろん俺ひとりだけのシングルルーム。
「あ、電話をしなければ」俺は就寝の直前だったようで、ここで誰かに電話を掛けようとしている。「あれ? 誰にかけたんだっけ」
 記憶は曖昧でわからない。ただ電話をかけて呼び出し音。そして相手が出たが、そのときに「あれ?」と俺は驚いている。なぜか繋がったのは、先ほど話をした女性の声。

「どうしました」「え、あれ、あ、すみません。間違えました」俺は慌てて電話を切り、もう一度かける。だが同じように女性の声だ。「どうしました」
 このときに不思議な感覚が走った。1度かけなおしたのに、相手の反応が全く同じ。普通なら別のリアクションをしそうなものを......

 俺はそのときそのことへの驚き以上に、迷惑をかけてしまったことへの罪悪感のほうが大きい。「明日謝ろう」といってそのままベッドの上で眠る。

ーーーーー

 ここで俺は今現在の暗闇のところに意識が戻った。相変わらず真っ暗闇。だがよく見ると遠くに光が差し込んでいるのが見える。「出口かも?」
 俺はその光のある方向に歩く。

 俺は歩くが周りは何も見えない。どこに壁があるのかわからないのだ。狭くなっているのが広いのかも。そこで両腕を広げてみる。真横に上に腕を伸ばしたが、ぶつかる気配はない。「空間は広いのかも」心の中でつぶやきながら、ただ光のあるほうに歩く。暗闇だが不思議と障害物がなく、床は歩きやすい。しばらくするとその光が徐々に大きくなったような気がする。

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 ちょうど頭の中では、先ほどまでの記憶の続き。そう記憶の中での翌日の光景が頭に浮かんできた。起きて街中を歩いている。ここにはビルがあるが10階もないような低いものばかり。さらにそのビルの裏には畑? 田のようなものが広がっているように見える。「ここは地方都市、いやそれ以上の田舎......」だが俺はそこがどこなのか、思い出せない。

 そして前日に指定された待ち合わせ場所に来た。そこは20階建てほどはあろうかという立派なビルの前。約束の時間は午前9時だ。俺はほぼその時間通りに到着している。だが約束の時間に女性は来ない。そのまま待つしかなかった。10分、20分、やはり来ない。
「どういうことなんだろう」俺は腕を組んで考えてみた。スマホから連絡を取ってみる。だが連絡はなく、呼び出し音が延々と流れるだけ。
「ええ、こんなことなら昨日帰ったのに!」俺は苛立った。30分、40分。それでも女性の姿はない。「まさか1時間ほど間違えた?」俺はそう考えた。

 ふとビルを見る。ビルの入り口は自動ドア。頻繁に人の出入りあった。「ちょっと中を覗いてみよう」俺は多分時間を1時間早く間違えたと確信。少し時間があるとばかりに、ちょっとビルの中を見学することにした。

「あれ、あれだけ人がいたのに」自動ドアから中に入ると広いホールになっている。そして何もない。人もいなければ受付、あるいはエレベータのようなものも何もなく空間だけが広がっている。「奥には一体?」俺は奥に吸い込まれるように歩く。しばらく歩くが何もない。相当広い空間のようだ。そして徐々に暗くなっている。
「気味が悪い、やっぱり戻ろう」

 俺は引き返すことにした。すると奥から犬が吠える声がする。
「い、犬?」音のほうを見ると、10頭ほどの凶暴そうな犬がこっちに向かって走ってくる。「や、ヤバい」俺は慌てて走った。だが犬は速い。徐々に俺に迫ってきた。
「で、出口は」見ると先ほどの自動ドアらしきものが見える。もう一息。そのとき突然視界が暗くなったかと思うと、足の下の摩擦がない。そのまま吸い込まれるように落下して......。

ーーーーー

「そ、それでここに? それにしては落ちたときの衝撃も覚えてないし、体が全く痛くない。不思議だ。それにあのビルの光景はどう考えてもおかしい。夢見てたのかなあ。しかしそれにしても変だ。前の日のホテルは? うーん」

 そんなことを考えているとついに出口。四角い窓のような光がすぐ目の前に見える。「おお、」俺は思わず唸った。ちょうど夕日が見える時間帯。出たら茜色の空が広がった。そして目の前に海が広がっている。そして手前はビーチになっていた。
「外に出たぞ。でもここどこだ」俺はスマホを探そうとポケットを探すが、見当たらない。「あちゃあ。どこかで落としたか」
 俺は今更洞窟に戻りたくない。とりあえず歩こうとする。
 すぐに「おい、どこ行ってたんだ!」と俺を呼ぶ声。振り向くが、見知らぬ人物である。その人は和服姿をした角刈りの男性。

「え、あ、あれ、どなた様」
「何言ってんだ。みんな心配してそこで待ってるんだ、早く来い!」俺は訳が分からない。そのまま男性の言うほうについていく。1分もかからないうちに木造の平屋の建物がある。その中に男性が入り、俺もついていく。

「あっ」畳の座敷のような店の中。10人くらいが一斉に俺を見て声を出し、そして立ち上がった。3分の2くらいが女性。そして彼女たちは幼い子供から老婆までいたがおそろいの黒いスカートを履いていた。そしてその下には全員黒いストッキングを穿いている。そして男性はなぜか全員和服姿。俺はこの中で誰ひとりとして知らない。
「だ、誰この人たち......」俺は呆然と立ち尽くす。
「なんか、こいつ洞窟の近くにいたからさ」角刈りが言い訳すると、みんな黙って頷き座った。
「そうか。ウームそれは仕方ないじゃろう。まあいい。そのうち思い出すじゃないか。よし皆の衆。それまで我慢じゃ」
 メンバーの中で最も年配の老人がそう言った。白い髪が肩まで伸びて口ひげも顎髭も長い。どう見ても仙人にしか見えないでたち。

「俺はわけもわからないまま座る。隣には若い女性がいて、ヨーグルトを食べている」「あれ、確か」俺はこのショートボブの女性が、さっきの記憶に出てきたスーツ姿の女性に似ている気がした。だがよく見たらどうも違う。
 またこの女性は俺が見ても一切反応しない。ただ黙々ヨーグルトを食べていた。

「とりあえず飲め」いきなり角刈り男がコップを持ってくると、なみなみとビールを注ぐ。
「まあ、こいつが無事に戻ってきた。軽くお祝いだ。カンパーイ」一斉に乾杯した。俺はわけもわからず参加。ヨーグルト女性は参加していない。というより他の参加者が、この女性の存在を無視している。

「それにしても伝説は本当じゃったなあ。先祖のいい伝え通り」
「まさか、それは無いでしょう。異次元と繋がってるって話なんて。
 それにこいつは今朝、行方不明になっただけですよ。すぐに見つかったから、どうせ洞窟で寝てたんじゃないですか」
 角刈りは笑いながらビールを飲む。

「一体どうなっているんだ。のんびりした浜辺の前の店。昨日の夜は高層ビルの中のオフィス。そして朝の地方の風景との接点......」
 俺はただ頭を混乱させながら、目の前のビールを飲み干す。ふと女性を見ると目が合った。彼女は何も語らないが、意味深な表情のまま視線だけをこっちに向けて見つめたまま。そして黙ってヨーグルトを食べている。俺は慌てて視線を外すのだった。


「画像で創作(5月分)」に、砂男さんが参加してくださいました

 インド沖に浮かぶ閉鎖的な島、北センチネル島。実在する島に外国人である日本人を投下し、現地人の融和策を測るという発想。それも面白いですし、よくわからないまま投下された、主人公の日本人が、現地人と果たしてコミュニケーションが図れるかどうか? そんな続編を思わず期待したく作品です。ぜひご覧ください。


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