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畳の掃除 第610話・9.24

「うわぁ、もう目が冴えちゃったよ」俺は歯科技工士である。今日9月24日は、シフトの関係で休日だったから、昼まで寝ても問題ない。だが困ったことに早く目が開いてしまった。確かに前の日が非常に疲れていたから家に戻ってすぐに眠る。
 それが良くなかったのかもしれない。いつも寝る時間よりも3時間も早く寝たために目覚めが早い。本来なら『三文の徳』と言える早起きはいいことだ。だが俺にとっては布団の中で余韻を楽しむのが大好きだ。
「今日は休み、みんな通勤で大変なのにこうやって布団でゆったりできるのが何よりももの至福だ」

 そんなことだから俺は、起きずに布団の中でダラダラしていた。いつもならここで二度寝して、お昼ごろに起きたりするもの。ところがこの日は眠れない。寝ようと思っても、ますます目が冴えるのだ。

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「諦めて起きよう」俺は1時間後にあっさりと起きる。目覚めはいい。まずは布団を閉まった。俺は休日の場合、朝食をとることはない。
「さて何しよう」俺は迷った。今日は特に予定もなければやることがない。テレビでもつけようかと思ったが、平日のテレビ番組は好きではなかった。「出かけるのもつまらないし」俺はどうしようかと思ったとき、ふと部屋の畳に視線が飛ぶ。
「そういえば、畳が汚れているな」俺はタバコを吸わないし、何かで汚しているわけでもない。だけどやたらと畳の汚れが気になる。
「どうせ暇だから掃除をしようか」俺はそう決心すると、ラジオのスイッチを入れた。

 いつもなら掃除機をかけるが、どうも畳の細かい目が気になる。「掃除機では取れないな。だったら」俺はぞうきんを持ってきた。そして固く絞ると、畳の目に沿って、力いっぱいこすっていく。俺の部屋は6畳の畳の間、だからすべての畳をきれいに掃除しようと気合が入った。
 最初は物珍しさから、楽しく掃除をしている。途中ラジオから流れる音楽を聴きながらリズムを取り。調子の良い時間。さらに畳が明らかに汚れをこすり取ったところが、本当にキレイになっているではないか。
「よし頑張ろう」俺は頑張った。しかし慣れない作業のためか、やがて腰が痛くなり始める。気がつけば手もだるいし、また単調作業に飽きてきてしまう。

「やめようかな。でもあと2畳残っている。中途半端に終わりたくない」俺は頑張った。自室の畳を最後まで掃除した。だけど楽しくなく苦痛が伴う時間となってしまう。1畳分の畳を掃除するまでに「ちょっと休憩」と言って、何度も休憩をしながら、腰に手を置く始末。結局、最初の倍以上かけてどうにかすべての畳の掃除が終わった。

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「あ、もうすぐお昼か。何食べよう」俺は冷蔵庫を探してみる。運悪く何も入っていない。「ち、昨日、帰りに買って来ればよかったな。今から出かけるしかないか」俺はつぶやいて冷蔵庫のふたを閉めようとしたとき、ある物が見えた。「うん? 海藻サラダか。そんなにお腹減ってないし。とりあえずこれ食おう」

 俺が見つけた海藻サラダは、何もせずにパッケージを開けるだけで、すぐ食べられる総菜。だからいきなり蓋を取り、箸を持ってきてそのまま食べ始めた。「うん、うまい、うまい」俺は肉体労働で本当は空腹になっていたようだ。一口海藻サラダを口に入れると、急に空腹であることを思い出す。そしてお昼ご飯になった海藻サラダが、いつも以上にうまい気がした。

 あっという間に海藻サラダを平らげる。しかしこれでは到底足りない。「やっぱり買ってくるしかないか。コンビニまで行くの面倒だけど仕方ねえな」俺は立ち上がって、玄関に向かった。

 するとドアのブザーが鳴る。「なに? 宅配かなあ」俺が呼びかけるが反応がない。「あれ、何だろう」俺はどうせコンビニに行くつもりだったからドアを開けた。その時突然黒い影。「うわぁ!」俺は見たこともない存在を見て思わず気が動転した。心臓の鼓動が急速に早まる。

「え、ご、ゴリラ!」目の前にいるのはゴリラ。まさかゴリラが俺の部屋に入ってくるはずがない。俺はもう一度見ると、それは人がゴリラのマスクをかぶっているだけに過ぎなかった。するとマスク越しに笑いが聞こえた。
「プッ、ふふふぁうあああああ」大笑いするゴリラ。「な、何だお前!」俺は驚きから怒りに変わった。見知らぬ人物がいきなりやってきて、ゴリラのマスクで驚かせるとはイタズラにもほどがある。

 ゴリラはマスクを取った。するとそれは俺の女友達だ。「お、お前!」俺の怒りはおまっていない。だが良く知っていて、俺が最近気になっている彼女とあっては、その怒りも徐々におまってきた。
「こんなに驚くなんて、今年のハロウィンの仮装よ」と笑う彼女。俺は怒りが完全になくなっていたが「い、一体何しに来たんだ。俺を驚かせに来たのか」と強い口調で言った。
 すると彼女は手に持っていたビニール袋を見せて「今日休みって知ってたから家にいると思ったの。だからお昼買ってきたの。ねえ一緒に食べる?」と言ってくれた。

 俺は「お、うん、実は朝から食べてなかったんだ。汚い部屋だけど上がれ」といった。そして彼女をとりあえず先ほど掃除した、畳の部屋に案内した。「へえ、キレイじゃん」と驚いている彼女。俺はその間、慌ててさっき食べた海藻サラダのゴミを捨てて、朝から何も食べていない風に取り繕った。


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