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一乗谷に導かれそして

「ここが一乗谷ね。でもなんで私、わざわざ福井のこんなところに来ちゃったのかしら」ひとりでこの地に来た朝倉景子は、誰にもいないことを良いことにひとりで愚痴った。全ては3か月前に遡る。

 景子と同じ年の山崎が同じ職場に来た。そして彼を見たとき、景子は一目惚れしてしまう。決してイケメンというわけでもないのに、最初見たときに何かを感じ取り、それからすごく気になるのだ。  
 景子は勇気をもって山崎に近づく。それが功を奏したのか彼と意気投合。そして先月食事のデートに誘われた。

 ところがその食事の場で彼は不思議なことをいう。
「朝倉さんは、越前の朝倉家とは関係がありますか? 例えば子孫とか」
 ジョッキで飲んでいたビールが3杯目くらいのことだったと思う。ほろ酔い気分でお互い、隠していたことを言い合えたのもあった。
 だが景子は、突然戦国武将の関係性とか言われて面を食らってしまう。

 景子はいわゆる歴女と呼ばれる歴史好き。毎週大河ドラマを見るのをかかさない。それは曽祖父からの影響が大きかった。
 そして景子の中学に入るまでの記憶といえば、毎週のように曽祖父に聞かされていた次の言葉。
「良いか我々の先祖は、越前の戦国武将の九代目朝倉貞景にさかのぼる。その孫には景鏡がいたが、そやつは朝倉宗家を裏切ることをしてしまった。
 だがな彼には弟がいて、それは駿河に拠点を移していたそうじゃ。その子孫は生き残った。わしはその旗本を務めた本家の三男として生まれ、そして独立したんじゃ。景子は女の子。だが越前の戦国武将の血が流れていることを覚えておくのじゃ」

「そうじゃなければ......」景子はその時点で山崎とは距離を置いたのかもしれない。だが景子は逆に自分の先祖のことが気になった。
 大河ドラマでも登場することがある朝倉氏というのは知っていても、実際のところどうだったのだろうか?
 本当に先祖かどうかも今更わからない。「でも行って見よう」だから景子はこの前の連休を使ってひとり福井に来た。

「そういえば、あのときも、あの人に越前の郷土料理店に連れていかれたんだ。でも、福井ではなくて金沢出身って言ってたのに不思議な人」
 今回景子は山崎を誘わない。確かに気になっている相手。だけどあのときのデートも食事だけで終わる。
「あの人は気になるけど、本当にそうなのかもわからないしね」
 景子のひとり旅はそんな「モヤモヤ」した気持ちを整理する意味もあった。

 前日福井市内のビジネスホテルで1泊。翌朝福井駅から越美北線というローカル線に乗って数駅先にある一乗谷駅に下車した。
 足羽川の支流・一乗谷川沿いに広がるのどかな田園地帯。かつて朝倉氏の居城があり、盆地帯の場所に城下町が形成されていた。だが織田信長により滅ぼされ、そのあと町の中心は、北ノ庄という現在の福井市中心部付近に移ったという。

「日本のポンペイなんて言われているのね」
 前日までにこの地のことを調べていた景子は、独り言をつぶやきながら遺跡に向かった。
「よし先に険しいほうかしらね」
 景子は先に一乗谷川の東側。そこはかつて朝倉氏の居城が合った山城跡だ。「本当に私のご先祖様が住んでいたのかしら?」
 景子は想像しながら険しい山道を歩いていく。ところどころに石垣が残っていて、本丸、一の丸、二の丸、そして三の丸とあるそうだが、景子にはどれも同じようなものにしか見えなかった。

 ただ義景館跡庭園の美しさと、中の御殿跡展望所から一望できるのどかな風景は普段都会のオフィスで頭を使う仕事をしていた景子にとっては、とてつもない癒しとなる。
「でも、来てよかった。やっぱり自然の緑は美しいわ」思わず両手を横に大きく伸ばして深呼吸。

 城跡を一通り見た景子はこうして一乗谷川を渡り、西側に向かう。こちらはかつての城下町を復元したエリア。しっかりとした通りがあり、統一された土色の壁と屋根がそろっている。まるで時代劇のセットのような空間となっていた。
「ここが朝倉の殿様と一緒に住んでいた人たちの住んでいたところね」
 先ほどの山城と違い、歩きやすいのが景子にはうれしい。もちろんスニーカーを履いてきたが、都会の舗装された道路に慣れすぎている。
 だから先ほどの山城はところどころに、大小さまざまな石があって少し辛かった。

「お昼どうしますか?」突然景子の後ろから呼びかける声が聞こえた。「え、幻聴?」ここに来ることは、誰にも言っていないはず。
 親族も縁者も友達もいない場所。だがもう一度「朝倉さん!」と明らかに景子を呼ぶ声が聞こえる。
 恐る恐る声のほうに向くと、なぜかそこに山崎がいた。

「や、山崎さん! なんで、ここに」
「あ、急にすみません。僕も来たくなって朝一番の列車で来ました」と白い歯を見せる。
「え、何で私がここにいるの分かったの?」景子は突然現れた山崎に戸惑いを隠せない。「だって、朝倉さん『今度越前に行かなくては』って自分で何度か行ってましたよ」といって山崎は会釈をする。
「え?」
 景子はそんなことを口にした記憶がない。まさかあの日から気になっていたことが無意識に出たのだろうか?

「だから僕は、もし朝倉さんが来るならここだと予想した。そしたらほんとうにいたからびっくり。でも会えてよかったです」
 嬉しそうな山崎。だが景子は怒りが先行した。
「ちょっと、まるでそれってストーカーじゃないの!」とついつい声を荒げてしまう。

 突然のことで真顔で驚く山崎。景子が見ると、近くにいた他の観光客も驚きの視線をぶつけてきた。「あ、いや。あ、大きい声出してゴメンナサイ」顔が赤くなり咄嗟に謝る景子。
 山崎の笑みが復活。「え、いや。ああ突然来た僕も悪かったです。でも実は、もし朝倉さんが本当に戦国武将の末裔だったらいいなあって思って」
「あ、あのときの話。でもどうして? 苗字が同じ朝倉だから」

 この景子の問いに山崎は大きく頷くと「だって僕は朝倉氏の家臣だった山崎氏の末裔なんです」
「え、家臣? 朝倉の」驚きのあまり目を見開く景子。山崎は静かに語りだす。
「そう、山崎家は朝倉家の家臣。そして戦国時代と主君と共に戦ったが、信長軍の前に全滅させられた。だが一族のひとり山崎長徳だけは生き残ったそうだ。そのまま明智光秀や柴田勝家、さらに前田利家と主君を変えながら加賀藩の家老などをしたという。僕はおじいちゃんからその末裔だとずっと聞かされた」

「それで......」
「朝倉さんと職場で出会ったときに不思議な何かを感じたんです。まさかとは思ったのですが、苗字がそうだけに一度聞きたかった」
「それでこの前」「はい、突然のことで驚かれたかもしれません。でもそれだけ僕は、あなたのことが」
 景子は山崎の言っていること。不思議な何かは同じだと思った。改めて山崎を見る景子。
「山崎さん。私ここに来て本当に私の先祖がここにいた気がしてきました。そして山崎さんのご先祖がその家臣として子の城下町のどこかに屋敷があった気も」そう言って一瞬復元された建物に視線を送り、すぐに山崎に戻す。

「でもれは400年前のこと。今は主君も家臣もありません。で、も、もしですね。あ、あなたとわ、わ、私が.......」ここで景子は口が震え、ついに口をつぐんだ。一気に思いを言おうとしたが、ここから口が動かない。
「そこからは僕に言わせてください。もし朝倉さんが良ければ、僕はあなたと付き合いたいです」
 山崎も同じ気持であった。景子その瞬間全身に電気が走った。そして嬉しさをかみ殺すように静かに「はい、宜しくお願いします」とゆっくりと答え、頭を下げる。

「そしたら、改めてよろしくお願いします。朝倉さん。今からお昼行きませんか。たしか近くにそば屋があります」「ぜひ!」
 こうして山崎に誘われるようについていく景子であった。



「画像で創作(5月分)」に、yuca.さんが参加してくださいました

 飛行機の座る席によってきれいに島が見えません。通路側だと晴れていても確認できない現状。どうしてもその島を見たいとお願いして、カメラを通じて見える島の美しさを確認。帰りは窓と通路側の席を代わってあげて欲しいとか思ってしまうような作品です。ぜひご覧ください。



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シリーズ 日々掌編短編小説 482/1000

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