敬老の海老 第606話・9.20

「ねえ、おじいちゃん、おばあちゃん聞いて。僕、昨日の夜、海老になった夢を見たんだ」小学5年生の孫である翼からの一言に、彼から見て祖父に当たる清と、祖母の京子はお互い目を合わせて大きく目を見開いた。
「おまえ、海老の夢を見たのか?」清の目を見て大きく頷く翼。

「うん、はっきり覚えている。僕が気付いたら水の中にいたんだ。細い足が前の方にいくつもついていて、前の方に長いひげがあった。それに身体の後ろが長くて大きなしっぽがついている。それで僕を呼ぶ声がしたら、横に大きな海老がいるんだ。僕が驚いてたら。
『どうしたの急に、僕たち同じ海老じゃないか』って言われて。そのまま一緒に海の中を泳いでいたんだ」
「そう、翼は空が好きかと思っていたら海の夢なんだ」今度は京子が話しかける。「僕は空は好きだよ。鳥も飛行機も。でも......」「うん?」
「急に目の前に網が見えたと思ったら、急に身体が動かなくなったんだ。そのまま友達たちと一緒に海の上に引き上げられて、そしたら船の上の箱の中に入れられたんだ。するとそこにいた巨人たちが僕達を見つめて『おう、今日は大漁だ。この海老は、しっかり身が入っている。これは競りで高値が付くぞ』って言ってた。そこで目覚めたんだ」

 再び清と京子はお互い目を合わせる。そして小声で「おい、どうするんだ」「どうするって今更キャンセルは無理。夢だからって、うまく翼を怖がらせないようにするしかないわ」

 今日は敬老の日で、普段離れ離れに暮らしている祖父母のもとに、孫の翼が遊びに来ている。昨年までは両親とともに来ていたが、もう小学生も高学年だからと、今年はひとりで遊びに来た。
「良くひとりで来たな。今日はお昼ちょっと高級なお店でご飯を食べよう」 
 翼が初めてひとりで遊びに来ると聞いた、清と京子はふたりの行きつけでもある、ちょっと高めの和食料理店を予約した。
 この日は海老の日でもあったので、海老を使った料理がいつもより安い。だから子供でも安心して食べられると思った、海老の昼会席を予約してしまったのだ。

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 予約の時間まであと1時間を切った。1週間も前に予約したのにいきなりキャンセルというのは無理だと考えたふたり。翼に海老を見せて嫌がられないか警戒しながらも、料理店に向かう。家からは路線バスに乗って移動する。距離はおよそ30分ほど。

「今日は天気がいいわね」窓越しから京子は心地よさそうに空を見る。雲一つない青空が広がっていた。そしてちょうど海沿いに続く道路上に来たためか、水平線を境に下を見ると真っ青な海。今日は風も少ないためほとんど波がない。まさに異なるふたつのブルーが、水平線で上下に対峙しているかのよう。
「うん、海が穏やかだ」と清。だが翼は一瞬、バスの車窓から外を見たが表情が固いまま。
「まだ、夢のことを......」清はそんな翼を見て、心配そうな表情になる。
 こうして店のある近くにバスは止まった。ここは港町。鮮度の高い魚料理を出す店がいくつもある。その中で予約していた一軒の店を目指す。

 2,3分歩いてお店に到着し、個室に案内される3人。普段とは違う高級感あふれるお店に来たためか、翼は少し緊張気味となり、さらに口数が少なくなる。
「翼、今日は、いつもより高級なところに来たぞ。でも えっと、え、あ、あいや」清は海老と言いかけて慌てて口をつぐんだ。「それより今日はビール飲みますか」横で京子は話題を変えようとする。「そうだな。うん」
 やがてお昼の会席料理が運ばれた。そもそも海老を得意としているお店の海老コース。序盤から海老を使った料理が登場する。小エビが入った小鉢からスタートして、伊勢海老の造り。あとは大きなクルマエビのフライが登場した。そのうえ、伊勢海老の頭が入った味噌汁まで登場する。

 清と京子は目の前の料理を見て、嬉しそうな表情を思い浮かべて食べるが、すぐに翼を見た。「大丈夫か?」だが清と京子の期待を裏切るように、翼は嫌な表情を全くせず、むしろ勢いよく食べ始めた。
 さすがは食べ盛りの少年、あっという間に半分近くを平らげた。これを見て安心したふたりの祖父母は、ようやく自分たちが箸を動かし、舌つづみを打つ。

ーーーーーーー
 食事が一通り終わり、食後のデザートとドリンクが運ばれた。清はコーヒー、京子は紅茶、翼はオレンジジュースが目の前に現れる。

「あ、あのうおじいちゃん、おばあちゃん」店に来てから口数がめっきり少なくなった翼がようやく口を開いた。「あ、どうじゃった。おいしかったから」清の言葉に翼は大きく頷く。それを見て京子も微笑む。

「実は、今日は敬老の日だから、ふたりに手紙を書きました」突然意外なことを言い出したので、驚く清と京子。「て、手紙書いたの?」また大きく頷く翼。いつの間にかズボンのポケットから折り曲げていた封筒を出してきた。そして封筒から便箋を取り出す。
 それを開けると翼は大きく深呼吸。そして朗読を開始した。


 手紙の内容は、清と京子に対してのお礼の言葉と、長生きしてほしいという願いが込められたもの。そんなに長くなく、別に上手い表現を用いているわけでもなかったが、翼の朗読が終わったころには、ふたりの祖父母が感動の渦に巻き込まれていた。
 京子はハンカチを取り出して涙を拭く。清も若干目に涙を浮かべながらそれを隠そうと後ろを向き、咳払いをすると「おい、何だこの店は? 目にゴミが入ってきたぞ」と大声を出してごまかす。

 その様子を見ていた翼は嬉しそう。そして心の中でつぶやく。
「昨日パパとママと必死に練習してよかった。『海老になる夢とか、全く無関係の話したらお前の緊張がほぐれるぞ』ってパパが言ったけど、それは嘘だよ。でもこの海老いつものエビフライと違って美味しかったな」
 そんなことを頭の中で思い浮かべながら、ストローに口をつけ、一気にジュースを飲み干すのだった。


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