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ポンペイの最後?  第579話・8.24

「あれ? どういうこと」振り返った摩耶が驚くのも無理はなかった。「紗香ここってどこ?」「私にわかるわけないじゃない!」
 ふたりは先ほどまで海の埋め立て地、港湾に来ていた。夕暮れが迫ってふと振り返ると、なぜか町の風景が全く違うものになっている。
「さっきまで晴れていたのに、すごい不気味な雲」「え、一体どうなっているの?」

 ふたりはもう一度反対方向を見た。でも先ほどの港湾の雰囲気ではなく同じような風景が続いている。
 どこか見知らぬ町の中に、突然放り出されたような気分。だがそこは緑が整然と並んでおり、せせらぎのような音が聞こえてきた。鳥のさえずる声も聞こえる。声の方を見ると木陰に囲まれるように幅10メートルくらいの小さな川が流れていた。

「わかったこれ夢よ。私を襲った大きな蚊」「そうよね。私も夢で路面電車に襲われかけたのよ。なるほど夢、え!」紗香は慌てて否定した。
「摩耶これ夢じゃない。だって夢ならふたりが一緒にいて会話なんてしない」「え、あ、そうね。ふたり同時に同じ夢、それも同じ空間にいるわけないわ。え、じゃあ何、あ!」紗香は突然摩耶の手を強くひねった。
「痛い! 何するの」「やっぱり。夢じゃないわ」紗香は笑顔になる。
「じゃあ何よ」「さあ? でも摩耶さ、あの建物とか並んでいるの全部すごく古くない」
「そうよね。なんとなく、古代のローマとかギリシャみたい。その前のアトランティスかしら。つまりそういうテーマパーク? 近くにそんなのあったっけ」
「さあ聞いたことないけど......」紗香はスマホを出してみた。「やっぱりダメか」電波は届いていない。もちろんWifiも。

「とりあえず歩いてみるしかないわ」紗香は諦めて歩き出す。それに摩耶もついていく。建物の中には破壊されているものもある。「それにしても人を見かけないわね」10分程度して紗香がつぶやいた。
「あ、あそこに少しだけ」摩耶が建物に合わせたように、古代の服装をした人を見つける。しかしみんな真剣な表情であわただしく何かをしていた。「でもあの表情、みんなすごく怯えているわ。今からどこかに逃げ出そうとしている。強力な軍隊が近づいているのかしら?」
 紗香は首をかしげた。現地の人たちは何らかの会話をしているようだが、何を言っているのかさっぱりわからない。

「あ、あれ」摩耶が何かを見つけて左手を伸ばして指さしている。紗香が見ると驚きの表情。「あ、あれって山が噴火しているの!」はるか遠くに大きな山がみえる。その火口からはものすごい勢いで黒っぽい煙が、大空高く上昇しているではないか。
「それで空が暗いのね。変な砂みたいなのが落ちて ゴホ!」紗香が咳き込む。その横で摩耶は嬉しそう。
「でも、火山の噴火を生で見るの初めてだから、結構うれしいかも。なんとなく美しい気がするし」

「あれ、雲が下がってる?」摩耶が異変に気付いた。突然雲が下方向に逆流するように落ちてきていた。
 そして山の上から雲のようなものがすそ野を滑るように流れている。
「これって、まさか!」 紗香の表情がこわばった。
「ねえどうしたの」「か、火砕流!」「かさいりゅう、それって?」
「私の母さんから何時も聞かされていたの。母さんが30年前の高校生のときに、雲仙普賢岳で起きた火砕流が町まで流れてきたから、みんな慌てて避難したって言ってた」
「そうか紗香のお母さん長崎だったね」
「摩耶、そんなこと言ってる場合じゃないの! あれ時速100キロくらいで降りてくるらしいのよ。それに1000度近い高温。巻き込まれたら最後、命はないわ」
「え、ちょっと! 紗香逃げないと」

 そんなことを言っているうちに、黒い雲はあっという間に、山の下の方まで降りてきた。そして勢いよく町の方に向かっている。遠くから町の人からの悲鳴が聞こえだした。
「とりあえず走るしかないわ」「う、うん」ふたりは慌てて走り出す。

 ふたりの後ろの方では悲鳴が聞こえる。その悲鳴は最初は遠くだったが少しずつ近づいているようだ。
「マジで、これ、そんなに近づいているの」摩耶が見るすると、確実に大きく見える雲の塊が、勢いよく地上をすべるように向かってきた。どうやらすぐ横を流れている川沿いに落ちてきているらしく、余計に速度が増しているよう。川の水はあっという間に蒸発するのか? 雲の手前では水蒸気の白い湯気が激しく立っていた。

「キャー」摩耶が思わず叫んだ。「あれ、あそこがいいわ」紗香が見つけたのは石でできた、頑丈で大きな塔のようなもの。岩をくりぬいて作られているようにも見える。「このまま走ってももう間に合わない。あそこに避難しか」
 そう言っているうちに、悲鳴はますます近い。雲はあと数百メートルくらいまで迫ってきていた。
「ドアが開いている。早く!」紗香の声。摩耶はどうにか入口に入った。慌ててドアを閉める。ドア越しにも激しく悲鳴が聞こえた。ふたりは今までにない生死の恐怖を味わっている。そして全身から汗、心臓の鼓動音が、耳元で大きくなっていた。

「あ! みて、地下に向かって道がある」摩耶が見つけたのは地下通路のようだ。「行ってみよう。ここより下に行けば行くほど、火砕流の高温を防がれると思う」ふたりは地下に続く通路を歩いて行った。
「暗い、懐中電灯があれば」「これがあるわ」摩耶はスマホを取り出してライトをつける。スマホの通信機能は全くないが、バッテリーがある間なら、ライトだけはつくようだ。

 さてどのくらい歩いたのか? 相当地下の奥まで歩くと、きれいな形をしたドアがある。「何があるのかしら」「考えても仕方ないわ」紗香はドアのノブを回して引っ張った。

「あれ?」ふたりは次の言葉が思い浮かばない。そこはセミナールームになっていて、いろんな年齢層の人が、中央でしゃべっている講師らしき人の話を聞いていた。ふたりは後ろで立ったままそれを聞く。

「このように西暦79年8月24日に発生した、ヴェスヴィオ山の大噴火により、古代ローマの都市ポンペイは、火砕流に襲われ一日にして消滅しました。その代わりこうやって遺跡は見事に残され、当時の様子など考古学上貴重な遺跡となっているのです」
 スライドでは、ポンペイ遺跡を映し出している。

「うそ、これって」紗香があることに気付いたが、その横で「あれって、さっき見た建物そっくり!」と、摩耶が思わず声を出す。一斉に前で講義を聞いていた人たちの、強烈な視線が摩耶に向けられた。摩耶は思わず頭を下げて紗香の後ろに隠れる。
「2万人いたポンペイ市民の9割は、すでにローマなどに逃げており、直接の犠牲者は2000人ほどと言われています。はい時間になりましたね。これで本日は、終わりです」

 こうして講義は終わり、一斉に人々が席を立ち外に出て行く。ふたりもその後をついていった。ドアの先は洞窟でも何でもなくビルのフロアーで、そのまま外に出る。

「あれ、ここ」外に出たふたりは驚いた。外はすっかり夜になったが、ふたりがいつもいる町に戻っている。そしてよく見ているビルから出てきた。目の前には路面電車の駅が見える。
「あ、そうそう昼間あれに乗ったのよ!」摩耶がつぶやく。
「うん、でもよくわからいけど戻れたみたいね」「何か不思議な体験ばっかりだったけど、誰に言っても信じられないでしょうね」
「そうよね。まさか消滅直前のポンペイにいたなんてね」と笑う紗香。
「それじゃあ、又ね」と言ってふたりは別れた。

「なんだかんだ言って今日は楽しかったわね。さて今夜また蚊と格闘。やっぱり買っておくか」摩耶はそう呟きながらドラッグストアーへ。蚊取り線香を買いに行くのだった。(おわり)


こちらの企画に参加してみました。(Eメロ)

追記:
曲が5種類用意されていましたので、すべてやろうと思い5日連続で書きました。バラバラの物語でも良かったのですが、せっかくだからとひとつひとつが独立しつつ、連作のようになりました。最後までご覧いただきありがとうございます。


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シリーズ 日々掌編短編小説 579/1000

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