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海に行けるのか? 第974話・9.25

「海に行こう!」田島は突然叫んだ。「どうしたんですか田島さん急に?」田島の横にいた森屋は驚きのあまり田島を見た。
「だから言ったとおりだ。海に行こう!」再び言い出した田島の言葉。それを聞いた森屋は次の言葉を失った。そして心の中でこう考えている。「ついに、田島さんもか」と。

 田島と森屋は探検家である。ある古代文明の遺跡を調査するためにジャングルの中に入った。このメンバーは、ふたりのほかに日野と坪井がいて、4人がジャングルに入る。いずれも探検やサバイバルの経験が豊富な精鋭部隊であったが、入ったジャングルはある大陸の奥にあった。
 飛行機の上から目標地点を通過したことはあったが、徒歩では未踏の場所である。
 そのようなこともあり慣れたメンバーも苦戦を強いられた。そのうえ、行きの途中に、日野が他のメンバーからはぐれてしまい行方不明になってしまう。3人のメンバーは周辺を探したがわからない。とりあえず本部に連絡が取れたので報告する。
 ここで引き返すことも考えたが、目標地点が非常に近いということで調査を続行。そして目的である遺跡に無事到着する。こうして予定通り調査が行われ、いろいろな発見が探検家たちにもたらされた。

 だが不幸はこれで終わらなかったのだ。帰り道でのこと、来た道を戻ろうにも途中から道がわからなくなってしまう。何らかの磁場が働いているのか、方位磁石なども役に立たない。日野が行方不明の時点では、かろうじて電波が通じ本部に連絡が取れた。
 だが目的地に到着し、道がわからなくなったころには電波をはじめあらゆる情報が遮断してしまっている。
 それでも1月分の食料と水を大きなリュックに背負っていたこともあり、「食べ物があるから」と、絶望的ではない。それに極地でもないから凍えることもないのだ。

 とはいえ、ジャングルでの彷徨いは想像以上の精神力を使った。そのようなことがあったためだろうか?メンバーのひとり坪井の精神に異常をきたしてしまう。突然意味不明のことをつぶやき出した。他のメンバーがそれを抑えようにも、もう坪井の耳に入っていないようだ。訳の分からない言葉を大声で叫ぶようにつぶやくことがある。
 暗くなりいったんテントを張って眠った。大声を出していた坪井が眠ったのを見計らってふたりも眠る。ところが夜中のうちに坪井は静かに起き出すと、勝手にどこかに抜け出し、そのまま行方不明となる。

「今回の探検はここまでの犠牲を。我々だけでも生還しなければならない」 
 隊長である田島はそう強く森屋に伝えると、以降はふたりだけで生還のためにあらゆる方法を使ってジャングルを歩く。
 こうしてふたりだけとなった3日後、突然田島が「海に行こう」などと言いだしたのだ。

「田島隊長......」森屋は悲しみをこらえる。4人で向かった探検について目標は達成できただが、それはあまりにも代償が大きかった。途中でふたりは行方不明になる。そして今目の前の田島隊長もついに精神に異常をきたしてしまったのだ。
「ひとりで、どうやって。俺も最後はああなるのか......」森屋はこの探検のメンバーとして参加したことを後悔した。例えこれが世紀の大発見だとしてもだ。生還できなければ意味がない。連絡も取れない以上、この発見を誰にも伝えることができないのだ。

「やっぱり、こっちだ森屋!」隊長の田島が大声で叫ぶ。「田島さん、こっちって、何を」だが田島は森屋の声が聞こえいないのか、ひとりである方向に向かって歩き出す。
 森屋は悩んだ。田島は恐らく坪井と同じ状況になり、意味不明なことを言って行動がおかしくなったのではと。これが坪井のように眠っている間にどこかに行ってしまえはどうしようもないが、今は昼間である。
 まだ田島は行方不明になっていない。このまま田島を見捨ててひとりさまよっても良かったが、生還の可能性は未知数。たとえひとりが狂っていたとしてもふたりで行動をとった方が可能性があると森屋は悟った。

 だから森屋は田島の背中を追いかける。田島は後ろを向くことなくどんどん前進していった。まるで何かに吸い込まれるように歩く。森屋は何度も後をつけることを躊躇しかける。この先には何かの魔物のようなものがいて、田島はその誘惑で......。

 10分くらい歩いただろうか、突然田島は止まった。森屋は田島に追いつくと。「田島さん、いったい」ところが田島が立ち止まった目の前のものを見て森屋は次の言葉を止めた。そこには大きな川が流れているではないか?
「あのときの風の流れわずかな音......俺の勘が当たったようだ。森屋これで帰れるかもしれない」「え!?この川で?」驚きの表情の森屋に田島は自信をもって大きくうなづく。

「この川の流れは、川幅があり流れはそれほど急ではない。恐らくこの川を下れば最終的に行き着く先は海だと思う。ただその位置ははどこかはわからない。だが海であれば通信環境が改善し本部との連絡が取りやすくなる可能性があるし、ジャングルよりも救助隊も着やすいだろう」
 冷静沈着に状況を説明する田島。森屋は田島を疑って狂ったと思ったことを心の中で後悔した。

 そのことを知っているかどうかわからないが田島はなおも語る。「仮にこの流れの行先が海ではなく湖だとしてもだ。湖なら周りの森が途切れ視界が開けているから電波を本部に送れるかもしれない。ジャングルでさまようよりも可能性がある。行くぞこの川の流れる方向に!」

 こうしてふたりは川の流れる方向に向かって歩く。途中大きな木が何本かあったので、その場で簡単な筏を作ってそれで川を下った。途中で滝のようなものがないか心配したが、むしろどんどん川幅が大きくなりジャングルが開けてきている。そしてついに海が見えた。

「やった。海だ!」田島は初めて冷静ではない表情で喜んだ。森屋も同じである。川の河口付近は天然の砂浜になっており、沖合には島影が現れる。さらにその島には人が住んでいるようにも見えた。
 こうしてふたりは無事に本部と連絡が取れる。そのあとやってきた救助隊により助けられるのだった。


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