エアコンが壊れたら怖い話をしたらいいじゃない? 第564話・8.9
「え、マジなの?」松(まつ)は声を荒げた。この日は最高気温を更新する勢いの暑さ。すでに35度を超えているが、恐らくは37度以上39度くらいまで上がりそうなのだ。にもかかわらず、突然おかしなモーター音がしたかと思うと突然エアコンが停止。スイッチを何度も襲うが、コンセントを抜いて1・2分待って差し込んでも反応がない。
「とにかく電話しなきゃ」メーカーに問い合わせる。このエアコンは大手家電メーカーで購入した。そのため5年保証を付けていたことが幸いし、今年4年目のエアコンの修理費用は払う必要がなさそうだ。だから電話した。しかし修理業者に催促しても、最短でこの日の夕方。つまりこの日中はエアコンなしで過ごさなくなった。
「おい、松、お前の冷房壊れたのか?」「あ、之介(のすけ)!」松の部屋に入ってきたのは之介。ふたりは友達以上恋人未満という微妙な立ち位置だ。
「そうなの、ねえ、どこか出かける? カフェとか冷房効いているところ」
「外は、猛暑だぜ、出た瞬間、絶対水分が抜けていく」
「そんなこと言ったって、扇風機じゃ、ほら」松は扇風機の電源を入れる。扇風機は勢いよく回転し、風を部屋に吹き付けた。だがすでに室内温度も上昇しており、吹き付けるのは熱風に近く、全く涼につながらない。
窓のカーテンを全て閉めて日差しが入らないようにした。すると見事に真っ暗になったので照明をつける。
「そうだ。こういうときこそ怪談だ」「え、怪談って怖いやつなの」「そう怖い話」と何かをたくらんでいそうな目で松を見る之介。
「ちょっと、之介それは」実は松は怖い話が大嫌い。ホラー映画は絶対見ないし、スリラー系なども基本的に不可。子供のときに入ったお化け屋敷のトラウマが今でもあって、之介がいくら勧めても見ようとはしない。反対に之介は大のホラー好き。「松、今がチャンスだ。怖い話を克服しよう」「え!」
「そうなんだ。エアコンが壊れたのは、怖い話に対する耐性を作るため、これになれたら、今度ホラー映画観に行けるぞ」
之介の強引な説得に無理やり頷く松。ここで之助は不敵な笑いを浮かべると、静かに語りだした。
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「これは僕の同級生の話。大学を出て商社に就職した彼はいきなり海外勤務を命じられた。それは10年前のこと。同級生はある東南アジアの都市に赴任となった。そして空港に到着し町に向かう途中、いきなり嫌な事件に巻き込まれる。タクシーで町に向かう途中のこと、ちょっとヤンチャっぽい若者が運転手と言うこともあり、町まで相当なスピードで飛ばしてくれた。
客としては大変ありがたいと思っていたが、突然運転手が急ブレーキを引く、前のめりに倒れたときに衝撃音。周囲から悲鳴に近い声が聞こえると車は止まった。あろうことか人にぶつかってしまった。顔色が変わった運転手。目の前でぶつかったであろう人は倒れたまま動かない。慌てて周囲の人が集まって運転手を交えて現地の言葉で何かを話している。
だが同級生は来たばかりで現地の言葉が分からずじまい。こうして30分くらい待たされた後、代わりのタクシーが来たのでその場を後にした。ただ倒れている若い女性の姿、額から血が出ていたが、その苦しそうな顔だけははっきりと目に焼き付く。
町に到着後、現地で済む家を手配してもらった。ひとつだけ安い部屋があったので理由を聞くと、窓がないからだという。
『窓がなくても安い方がいい』と思い、その部屋にした。ところがその部屋に住んでから1か月ほどで、うまく行かないことが立て続けに続く。
仕事での失敗で重要な取引先を怒らせて、その対応に追われる毎日。その上、遠距離恋愛をしていたパートナーと突然別れてしまった。それが原因か、同級生は長期間にわたり咳き込むようになる。
そして原因不明のだるさに見舞われた。しかし熱はなかったし、医者に見せても明確な原因はわからない。『何でこうなるの?』未知の国にいて孤独な同級生は、相談相手も見つからずひとりで悩んだ。
そしてある日の夜、眠っていたらエアコンが突然止まった。『うわあなんで』と思ったが、体を起こそうとしても動かない。『え?』突然金縛りにあった。『か、体が......』目だけは開く。すると風が吹くような声が聞こえ、横に何かの殺気がした。そして『ヒ、ヒ、ヒ、ヒ』と不気味声がする。その方向を見た瞬間、1か月前に事故で倒れた人そっくりの顔が、何とすぐ目の前に『ぐぁあああああ!』」
「あれ?」之助が断末魔のような大声を出した直後、突然部屋が真っ暗に。
「え? ちょっと停電? 之介どこ」慌てる松。すると突然首筋に冷たいものが!「キャー!」
松は大声で叫んだ。心臓の鼓動が急に高くなり、全身鳥肌状態。松の唇は震えた。
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「松どう。涼しくなった。体冷えたかな?」之助の声が聞こえたと思うと、電気が付いた。「え、な、なに?」松は先ほど突然冷たくなった首筋を触る。そのあたりだけ確かに冷たい。
「これ、首につけてみた」と之助が見せたのは、部屋のすぐ横のキッチンにある、冷蔵庫の冷凍室に入ってあった保冷剤。
「それ、急に首にって。もう、びっくりした」「でも汗が引いただろう」「確かに。でもこれってほんの一瞬だね」
「仕方ない。あ、これ見つけたよ」と之助が先ほど保冷剤と同時に見つけたのはアイスクリーム。「とりあえずこれ食べて冷やそうか、続きはこの後で」「う、うん」こうしてふたりは、アイスクリームを食べるのだった。
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