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宇宙への帰還 第679話・12.2

 ジェットの音を激しく鳴らす機体。小さな雲が混じった上空から青い海に浮かぶ沖縄の島々を眺めた妻は一言つぶやいた。「楽しかったね地球の旅」
「おう、この青い地球の中にある、沖縄という小さな島々。ここにはかつて俺の遠い先祖が住んでいたんだ」夫も満足そう。
「石垣島は本当によかったよ。やっぱり俺の見立ての通り、ご先祖の魂が呼んでいたんだ」と語りだす。「そうだ。お前にご先祖の話したっけ」
「えっと、確か宇宙飛行士だったという話ね」「そうなんだ。もう遥か昔、21世紀という時代のことの話だけどさ、俺も親からその話聞いて驚いたよ。俺の先祖の中に宇宙飛行士が出たんだってんだから」
「つまり日本人宇宙飛行士ね。そうかその当時は」「そう民間のシャトルなんて出ていない時代の話だ」


「今では私たちのような民間人でも、ちょっと2・3泊程度で簡単に星間移動ができるのに、当時は」「そうだよ。もう特別な訓練を得ないと飛行士になれなかったそうだ。それも星間移動どころか地球の上に小さなステーションを作って、そことの往復だけだってよ。月すら遠い存在だったって」
「ええ、月がそんな。す、すごい時代だ。私、とても信じられない」妻は何度も頭を横に振り、過去とこの時代とのギャップを感じている。
「それでさ、当時は地球から宇宙に行けるステーションが、日本にはなかったんだよ」
「ええ!ほんとに」「ああ、アメリカとかロシアから行くようになっていたそうだ。まあ、日本にも宇宙への出発口はあったそうだけどな。たしか、そう、種子島という沖縄の北にある島だったんだ。ただそれは周回させる衛星用のもので、人用ではなかったと聞いたな」夫はますます得意げにうんちくを語る。

「さっきからもう信じられないわ。そんな古い時代に生きていたら私、絶対発狂しそう」「ハハハア、それはどうだろうな。それにしても今ではこんな小さな島に、直接行ける宇宙船のフライトもできて本当に便利になった。少し前のように経由便で、別の星に立ち寄れって乗り換えするのも楽しいが、やっぱり地球とα星シグマタウンとの直行便は楽だな」そういうと、夫は座席のシートを座り直した。

「あ、雲が増えてきたわ。ああ、残念、沖縄の島が見えなくなる」「仕方ないさ。もうすぐ大気圏脱出だ。このまま成層圏を越えるとほぼ宇宙空間。あとは暗闇に浮かぶ星でも見ながら余韻を楽しもうか」
「もう、つまんない。私、もう寝よっかな」ふてくされる妻。
「おう、そうしろよ。俺もそうする。明日は仕事だ。そうそうβ星からの転勤者がうちのα星シグマタウンの事務所に来るんだ。多分俺が面倒を見る役なんだろうなあ。もう星の文明が違う相手だと、想像するだけで疲れるよ」
「何が星の文明の違いかしら!」妻の笑顔が戻る「どうせ私たちのα星シグマタウンに戻っても『すぐに地球に戻りたい。次はどこ行こう』って言うくせに!」と妻は笑う。
 ところが妻は、ここで背後から強い視線を感じた。一瞬通路側を見たかと思うと、途端に顔色が変わる。

「ちょっと、あなた」「うん、どうした。まだ地球の大気圏内だぞ」「じゃなくてちょっと、通路を挟んだ隣の席の人がこっち見てるわ」妻が我に返ったように小さくつぶやく。夫は通路側を見る。すると通路の人間は、夫の視線を避けるように慌てて前を向いたが、その表情がどことなく笑っているように見えた。

「おい、お前が、調子乗って大きな声出すからだ。こんなの人に聞かれたらものすごく恥ずかしいじゃないか!」夫は不快な表情。しかし妻は反論する。
「だって、言い出したのはあなたよ! 飛行機を宇宙船に見立てて、未来の星間旅行ごっこで遊んでみようって言ったのって。そりゃ石垣島から他の惑星のどこかの都市と直行便なんて、今のLCCとかの飛行ルートなんか見ていたら、十分にありえそうだけどね」

「だろう、まあ俺たちが生きている時代じゃ無理だろう。遥か未来の宇宙の旅を疑似体験できるのは、ジェット音が鳴り響いてたまに揺れを感じながら、こうやって島々が見える、飛行機の上がいちばんだからな」そう言って夫は笑う。同時に妻も笑った。

「でも、こうやって沖縄の島々見ていたら、またすぐに行きたくなったわ。川平湾とかほんと綺麗で良かった」
「川平湾のホテルもよかったな。プールとプライベートビーチだな」
「そうよ、あのホテル良かった。もう数泊したかったわね」妻は名残惜しそうに窓を見た。すでに飛行機は白い雲の絨毯の上を走行中。
「ああ、心配するな。そのうちまた行けるだろう。だったら次のセールの時にLCCのチケット取っておこうか」
「うん、そうね。石垣島の鍾乳洞とかまだ行ってないところも多いし、でも次は宮古島もいいかしらね」「宮古島か、沖縄本島の名護より北部もよいぞ」
 と、沖縄旅行からの帰路の便なのに、早くも次の旅のことで話が盛り上がる夫婦であった。


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