サプライズな忘年会 第1044話・12.7

「思っていたのとはちょっと違うけど、ま、いいか。美味しいものをじっくりと食べよう」と、改めて山田は心の中でつぶやく。

 今年は3年ぶりに忘年会を開催することが決まったが、その幹事を山田が担当することになった。
「幹事か、やったことないけどどうするんだろう」さっそく山田は3年前に幹事をしたという先輩の太田に相談に行く。
「そんなに気にするな。適当に店の予約をして、みんなが払えるコースを選んで後は告知するだけだ。簡単だぜ」
 太田はそういうと意味深な笑いを浮かべる。「先輩は簡単と言うけども、うーん」考えても仕方が無かった。山田は酒は飲まないが食べ物にはうるさい。食べ歩きを趣味にしているような男だ。だからいくら味を楽しむのが目的ではない忘年会だとしても、まずい店を選びたくなかった。

「先輩からだと、ひとり当たりの予算がこれか。これじゃぁ行ける店本当に限られるよな」忘年会の出席者は、山田のような食べ歩きを趣味にしているわけではないから、食べ物に対して過剰に予算を出したいと思わない人も多い。だからそんなに単価の高い店は無理。となると山田は余計に悩む。

「何悩んでんだ。チェーン店の居酒屋でいいんだよ」「は、はあ」悩んでいる山田に対して太田が声をかけてきた。
「ていうか、もう日がないぜ。今年はどこも3年ぶりに忘年会をするだろう。うかうかしていたら店の予約取れなくなるよ」

 太田が危惧していたことが的中してしまう。忘年会まであと5日という段階で、山田はしぶしぶ納得できないものの、予算に似合うお店に電話をかける。「少しでも味にこだわるチェーン店」と思ってかけてみるが、「その日はもう満席です」という先方からの声。それが次々とどの店もそんな様子である。つまり完全に出遅れてしまったのだ。

「や、ヤバイ、どこもとれない。ど、どうしよう...…」山田はようやくことの重大さに気づいた。本当にどの店も取れない。一応キャンセル待ちということにはしているが、どこも忘年会をやるモード全開のようでキャンセルが出る雰囲気がしない。
「ちょっと予算を揚げて、最悪俺が出すしか...…」山田は予算オーバーの店にも連絡を入れたが、やはりそこもダメ。いろんな立場の人がいろんな予算で忘年会をする当たりの週末だ。結局壊滅状態に山田は、精神的に追い詰められたのかお腹に痛みを覚える。「当日もこのまま痛いのが治らなければ...… いやいや、まさか当日休んだら、俺終わってしまうな」
 
 こうしてついに忘年会まであと2日になっていた。「おい、どこになった?」心配そうに声をかけてくる太田。だが山田は本当のことが言えず、「あ、当日のサプライズでいいですか」とわざと明るい声でごまかす。
「お、おお、サプライズか、お前面白い発想だな。まあ期待しているぜ」といわれ、太田に軽く肩を叩かれた山田、その叩かれた瞬間はいつもと違って精神的なダメージがズシリと重みのように感じた。

「ど、どうする。これ?」太田は後が無くなってしまう。とはいえどうしようもない状況。もうどこの店も空いていない。こうなったらキャンセルが出ることを祈るしかないのだ。

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「面白い、こんな発想はなかったなあ」「しかし、寒いな。おい、真冬だぞ」「お前そんなこと言うな、この予算でこんな料理出るか普通」
「そうよキャンプみたいで私は好きよ!」
 忘年会当日、どうにか忘年会を成立させることができた山田は、想定外の忘年会に周りからいろいろと言われたが、成立させられただけでよかったと思った。
 
 サプライズ忘年会は山田にとってもサプライズ、前日の夜に奇跡が起こった。それは山田が断られ続けていたお店のひとつからの電話。
「あ、キャンセル出ましたか!」山田は思わず声のテンションが上がる。「いえ、通常の忘年会は満席ですが、実はうちの店で来年面白いことを考えていまして、ぜひ山田様にモニターになっていただきたく。ええ、もちろんモニターなので、料金は通常の半額でご奉仕させていただきます。

 こうして当日山田達忘年会メンバー一行はそのお店の前に来た。「山田様ですね。お待ちしていました。エレベーターで屋上です」
「屋上?」一斉にメンバーはざわついた。山田は黙って屋上のボタンを押す。この店はビル全体がお店になっていて宴会場は3階から5階まであるのだが、山田達はその上の屋上に案内された。屋上に到着すると「うわぁ、ナニコレ!」参加者は一斉に声を出す。

 屋上なので屋外、ビルからの風が吹きつける。しかし目の前にはコタツがいくつも並べられていた。「どうぞ、屋上のビアガーデン風のコタツ宴会をお楽しみください」
 店のスタッフにそういわれ一同がこたつに入る。この宴会はこたつに入っての鍋を食べるというもの。そしてビルの屋上からはきらびやかな夜景が見えるようになっている。風が強い事と雨の日が開催できないのが難点だが、この日は見事に雲ひとつない天気だ。月といくつかの星が輝いているのが見える。外は寒いがコタツの中は暖かい。それに酒を飲みながらアツアツの鍋をつつくので、参加者はそれほど寒さを感じなかった。

「山田、やるな、これは本当にサプライズだ」太田が嬉しそうに山田に話しかけてくる。こうして無事に忘年会が始まった。

「いろいろあったけど、とりあえずおいしいものが食べられる。良かった」山田は鍋をつつきながら心の中で喜んだ。

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