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ジャングルで聞こえる声?

「ん? 声がする」義男がいるのは山の中。いや熱帯雨林のジャングルの山の中というのが正しいようだ。

 ひとりでこんな山の中に来たのはほかでもない。彼は蝶の研究家。プロのカメラマンでもあった。カメラを片手に世界中の蝶を求めて、年に数回日本と世界の蝶のいる所を往復している。

 そしてこれは2015年の話。義男は東南アジアのインドネシアでも最も東。ニューギニア島の西半分の地域にいた。真ん中に国境があり、その反対側はパプアニューギニアという別の国である。

 日本から首都ジャカルタを経由し、この島にある小さな村までやってきた。「このジャングルの中に未発見の蝶がいるかもしれない」と新発見という夢を果たそうとやってきたのだ。

「やるからには、素早くだな」義男は、街に到着して宿に荷物を置くと、さっそく初日から町はずれにあるジャングルの中に入った。
 町からそれほど離れていないこと、それからこのような研究を十数年続けていたので、ジャングルのことなど手慣れていると思い込んでいた。

 そのため現地のガイドを雇うことなく単独でジャングルに入ったのだ。どうやらそれが失敗であることは、中に入って1時間もたたずにわかる。

 外は熱帯の暑い昼間であるが、ジャングルに入ると木々に覆われて直射日光はほとんど照らされない。だが温度が低いかといえばそうではなくやはり暑かった。汗がしたたり落ちてきたが、そのあたりは義男は百も承知。

 だがうっかりしていることがある。今この地域が雨季ということを忘れていた。その上ジャングルで蝶を探しているのに夢中になっている間に、無意識に奥に入っている。「ああ、結構行き過ぎたかな。いったん戻ろうか」と思っていたら、先ほどまで木の陰から差し込んできた光。そしてかすかに見えた青空が、気が付けば急に厚い雲に置き換わっているではないか。さらに突然雷鳴が大きな泣き声のように聞こえたかと思うと、今度は大粒の涙のような雨が突然降りだしたのだ。

 この地域の雨はスコールという強力なものである。瞬く間に視界が真っ白になり、上からは水の塊が容赦なく降り注ぐ。木が生い茂っているからまだましだが、それでも想像以上の雨が降ってきた。慌てて大木の陰に隠れるも、上から降る水の量は半端ではなく、あまり効果がないように感じる。

ただ救いはあった。この手の雨は1時間もせずに止むこと。「しばらく待てば収まるだろう」
 義男の言う通り、しばらく我慢すると雨は収まった。しかし服はびしょ濡れのよう。「今日は帰るしかないな」と村に戻ることにしたが、ただでさえジャングルの奥に入り込み、かつ突然のスコール。
 途中慌てて濡れにくいところを目指して無意識に走ってしまったため、ここがどこなのか全く見当がつかない。
「やっちまったかな」男は心の中で後悔をするが、もはやどうしようもない。

 取りあえず、歩いていく。すると正面から声が聞こえた。「誰かいるのか?」なにかの言葉を発しているようである。だが、ある程度この地域の言語をしている義男が聞いたことがない。
 どうやらインドネシアのこの地域の言葉ではなさそうだ。

「現地の少数部族だろうか 今時首狩り族とか?」このまま彷徨っていても仕方がないとばかりに、男は声のする方に向かって歩き出した。
しかし声はするが、いくらあるいてもジャングルの木々以外は何もない。

 すると目の前に見知らぬ蝶が目の前を飛んだ気がした。男が求めていた見慣れぬ蝶? 新種かも知れない。男はは振り向いた。しかしそれを追いかける余裕も気力も残っていない。カメラを構えようとかそんな気も起きなかった。

 そもそもカメラが先ほどの豪雨で、影響が出ているかもしれない。だがそれも今は分からない。ふと目の前が暗くなっていた。夜になるにしてはまだ早い。ただ定期的に声だけが聞こえる。男はその声だけが頼りであった。

しかし声は聞こえど、その先には何も見えない。ジャングルの木々だけ、蝶もあれから見ていないから気のせいだったのか。そして視界がどんどん暗くなり、気が付けばほぼ何も見えなく暗闇になった。
 男は不安が頭をよぎる。もはや生きている心地がしない。

するとまた声が聞こえる。どうやら女性の声のように聞こえるが、その瞬間体が急激に足が下の方向に引っ張られた。ひょっとしてこれは穴にでも落ちたのか......。

 突然頭に何かが当たった。


 ふと見ると急に視界が突然明るくなっている。
それも良く見ると飛行機の中? ジェットエンジンの音が聞こえる。さらに機内放送で女性の客室乗務員が英語で何か案内をしている声が聞こえた。
「あ、夢か」義男は今見たのは夢であることに気づく。頭をぶつけたのは目の前の椅子だったようで、それで目覚めたのだ。

 夢の中で聞こえた声というは客室乗務員の放送の声だったのか? しばらく気流の中に巻き込まれて飛行機が大きく揺れていたらしい。それがようやく安定した場所になっているような説明であった。

 義男は時計を見る。インドネシアの首都ジャカルタの空港にあと30分ほどで到着する予定だと分かった。
 つまり、今見たのはこれからの行動の予知夢だったのかも知れない。

 そして義男は思った。現地に着いた時。たとえ町の近くだったとしても、ひとりでジャングルに入るのはやめておこうと。



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シリーズ 日々掌編短編小説 446/1000

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