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子どもの成長記録 第1157話・5.2

「ゆっくりと立ち上がるよ」両足の二本はどうにか地に着いた。あとは手を床から上げれば立ち上がれる。「そして歩かないといけないんだ」そう心に誓いながら起き上がろうとする。だがここで今回も躊躇した。

「いったい、これは?」生後間もなく1年がたつ。それは事実だ。なのになぜこんなに知能があるのだろう。周りの状況をほぼ把握している。
 だが正直わからない。これはあたかも前世の大人だった時の記憶?のようなものがそのまま今の体に宿ってしまったようなのだ。
「いつからこんなに記憶が」それはおそらく母胎から出た直後だと思う。さすがに母胎内にいるときは全く記憶がわからない。何らかの遮蔽された空間にはいたような気がするが、すぐに眠くなるためか、あいまいな記憶しかないのだ。

 だがある時、突然明るいところに出た。その瞬間見たこともない人たちの歓声が聞こえたような気がする。つまり生まれたということ。その時である。普通ならこのような意識はないのだろう。1年、2年と月日が流れ、この新しい環境になれながら自我が目覚めるのに違いない。だが違う、誕生して分娩室のようなところに出たときからすでに自我に目覚めていたのだ。

「いったい、どうなっている?この先どうなるんだ」直後に不安が襲う。そりゃそうだろう。誕生直後は首すら座っていない状況だ。一貯前に手と足それぞれ5本ずつの指はついている。ついてはいるが事実上使えない。歩くことはもちろんのこと、立つこともできなかった。両親に抱えてもらわない限り何もできないのだ。

 では前世に何をしていたのか?これは不思議なことにまったく覚えていない。もう忘れてしまった記憶である。なのに知能だけは受け継いだようなのだ。何しろ視界から見える文字が何と書いていて何と読むのかもわかるし、周りのいわゆる大人の会話も聞き取れる。両親たちはまさかこんなに知能があると思っていないから、「可愛い」と称して体を揺らすときは良いが、突然不機嫌になっているのもわかってしまうのだ。

「知能はあっても声は泣き声だけ」なんと不思議な知能なのだろう。でも結果的には幸いだったような気がする。もし大人と同じレベルの言葉を発することができようものなら、途端に両親は化け物扱いをするに違いない。
 直後にどこかの研究所に送り込まれるだろう。そこで実験台にされることは間違いないのだ。生かしてくれるならまだしも、「気味が悪い」と言って殺害しかねない。たとえ生きていたとしても、好奇心がすこぶる旺盛な研究者が担当ならば、苦痛を伴う実験をするのかもしれないのだ。

 このような不思議な心境を持っているが、現在の事実上の寝たきりのような状況からの脱却はどうしてもしたかった。いずれ立ち上がり歩くこともできるはず。そう思い努力をした。まずは柱を使って立ち上がう事に成功する。それを見た両親は大いに喜んでいた。まあ一般的な乳児であればそうなのだろう。だが大人並みの知能を密かに持っている身としては、立ち上がるだけでそこまで喜ばれても正直戸惑うばかりだ。

「次は歩こう、自らの力で歩かなければ」知能があるから意識しているとはいえ、おそらく本能的なことからもこれは自然に感じるものなのかもしれない。無意識からの何かが立って歩くことを促している。まずは柱なしで立つことから始めていた。柱に抱えて立っているようでは、二足歩行者としては失格だ。人間が動物に生まれ変わるあるいはその逆があるのかどうかはわからない。だが二足歩行をする両親のもとに生まれた以上、4つんばいで歩いて生活をすることなど許されるはずもないのだ。

「よしもう一度立とう」こうして再び立ち上がるために両手を放そうと大きく深呼吸した。間違えて後ろ向きに倒れないように、すでに立っている両足に力を入れる。こうしてゆっくりと片手から離す。離しただけではだめだ、ここから体を起き上がらせなければならない。
「恐れるな、行くぞ」思いっきり気合を込めた。声には出さないおそらく声に出せば鳴き声にしか聞こえないだろうから、両親がすぐに来るだろう。両親が来てしまえば、このチャレンジが中断されてしまう。それは避けなければ、この大人並みの知能をいち早く生かすためにも...…。

「よおーし」ついに両手を放し立ち上がった。柱という支えがなく立ち上がれたのだ。とはいえ体のバランスはまだ不安定である。知能がしっかりしているとはいえ、体はまだ1歳児になろうかという状況。すぐにでも手をひねられるかのように崩れ去ってしまいかねない。

「あの柱だ、あそこまで足を動かそう」思い切って次のミッションを目指した。片足をゆっくりと宙に浮かせる。体がふらつく、もうちょっとで足が動こうとしたら体のバランスが崩れてしまう。後ろに倒れては危険だ。後頭部を床に直撃したらどうなるのかわからない。慌てて前かがみになり、両手でカバー、今回は前のめりにひっくり返った。
「今回はこの程度か、次は必ず歩いてやる」そう思いながら、ここはしばらく横たわっている。そしてこれから続くであろう先の長い人生を、どう生き抜くのか考えるのだった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 1157/1000
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